『かぞくのくに』 ヤン・ヨンヒ 2012

悲哀よりも何よりも、ただひたすら辛気くさいんだ。
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 キネマ旬報の2012年日本映画でベストワンだったんですが、キネ旬は前々から結構在日映画びいき、ないしは在日監督びいきなところがあるように見受けます。2000年代だけで言っても2001年の『GO』や2006年の『パッチギ!』が一位ですし、李相日監督は『フラガール』と『悪人』で一位を取っています。『パッチギ!』は大好きな映画ですけれど、今思えば劇中にえらい左寄りやなあというくだりがあるし、『フラガール』はまだいいにしても『悪人』を一位にするなんてちょっとどうかしています。で、今回の『かぞくのくに』ですけども、うん、ふうむ。

 断っておきますけれどもぼくは「ほら見ろ、メディアは在日に支配されているのだ、ふんぎゃあ」などと言うつもりはもうまったくなくて、むしろその手のことを言い出す連中はくるくるぱーの一種であると思っておりますので、キネ旬に対して別段の意思はございません。ただ、純粋に、これが映画として一位と言われると、どうも首をかしげます、はい。
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  北朝鮮への帰還事業によってかの国に渡った兄が、病気の治療のため日本の家族のもとへと戻ってきます。本作はその日々の生活を描いた映画です。
  作品の手つきから察するに、「ああ、これは日本人の監督じゃないな。あるいは女性の監督だろう」と思いながら観ていたらまさしくその通りで、ヤン・ヨンヒという女性監督でした。これは彼女の自伝的な映画だそうです。
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  どうして女性監督だと思ったのかを言えばひとえに、沈黙に依存する傾向があったからです。あくまで印象論なのですが、女性の監督は男性に比べてなぜか沈黙、ないしは静寂というもので間を取りすぎるきらいがあります。登場人物を静物画的に捉えるというか、ここでそんなに間を置かなくてもいいのに、と思わせる。あるいは、カットの切り方がやや説明的になるんですね。この台詞の後からシーンを始めればいいのに、なぜこの台詞を入れるの? というのが散見された。
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 監督は在日二世で日本で生まれ育ったようですが、そのわりには会話のやりとりに活気や切れ味がないんです。映画特有のアクティブさがない。なんというか、やりとりが小説っぽいんです。小説のペースだったらちょうどいいだろうけど、映画だとちょっと間がもたもたするよね、という部分とか、この台詞回しはないな、というのが気に掛かった。

 全体的な印象を一言で言うと、「辛気くさい」んです。
 なかなかに辛気くさかった。いや、話としてはそりゃ深刻な内容なんです。地上の楽園を信じてかの国に渡った兄が25年ぶりに帰国して、しかも重い病気を抱えているとなれば、それは深刻さも描かれてしかるべきですけれど、盛り上がってもいいはずの場面でも、ずっと辛気くさいんです。手つきに抑揚がない。ゆえに人々の生々しさが見えてこない。

 監督のインタビューと合わせ読むと、余計にそう思う。
 わかりやすいのがあの同窓会シーンです。25年ぶりに再開した友人たちと同窓会をするんですが、ここがなんともかんとも暗い。監督のインタビューを読むとね、実体験ではあんな辛気くさいもんじゃなくて、カラオケで大盛り上がりしたとのことなんです。でも、やっぱり周りの人は北朝鮮のこととかは聞けなかったと。
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 うん、じゃあそれでいいじゃん。
  そっちのほうがよっぽど豊かなシーンになるじゃないですか。なんであんなどうしようもないどよんとした感じにしたのか。この映画は夏が舞台なのにずっと曇っている。わかるんですよ、この映画は確かに曇り空の映画です。でも、あの曇り空を活かすためには晴れがいるんです。暑さもいるんです。その対比が何もない。ずうっと辛気くさい。
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 辛気くさいから駄目だ、というんじゃないんです。要は「ベースライン」の問題です。音楽でもベースというのがありますね。決して目立つ音ではないけれどそれがあることで音楽に厚みが生まれるわけです。この映画も、辛気くさいベースでいいから明るいところは明るくする。張りのあるところは張りを持たせる。それをやってほしかった。というかそれをしなかったせいで人物に厚みが生まれなかった。その抑揚がなくて、かといって深刻さにもそこまで踏み込んでくれない。記憶の変容が起こらない、トーンの決まり切った思い出話を、ずうっと聞かされているような気分になってくる。

 北朝鮮の帰還事業、それによって引き裂かれた家族、行ってしまった兄の人生、残された家族の悲哀。ぼくには何一つ実感を持ってはわかりませんけど、この映画を観てもやっぱり何もわからない。登場人物にぜんぜん立体感がない。監督にはそりゃ立体感はあるでしょう。自分の過去を思い出しつつ撮っていれば、記憶と重なっていろいろ思い起こされるのでしょう。しかし、であるがゆえに、それは他者にとってかなりわかりづらいものになっていると思えてならない。記憶を揺らすようなくだりを、なぜ何ひとつ入れない?
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 長回しを効果的に用いることもできるし、中途半端な構図のハンディならフィックスにしてもっと遠目から撮ってもいい。逆にもっと表情芝居をさせてもいい。沈黙を効果的に使いたいなら意味のない台詞のやりとりはもっと思い切って切らなくちゃいけない。台詞の間や言葉遣い、息づかいにもっと気を配らなくちゃいけない。素人ながらにそう思う場面がいっぱいある。
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 これが一位? どうして? と困惑します。褒めている人が多いならいいものなのでしょう。だとしたら、今のぼくにはまるで合わない映画だとしか言いようがないのですね。昨今の純文学新人賞で選出される類の、毒にも薬にもならない佳品のよう、という印象でございました。賢明なる皆々様に、御指南を賜れれば幸甚に存じます。


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by karasmoker | 2014-04-24 00:00 | 邦画 | Comments(0)
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