『ハッスル&フロウ』 クレイグ・ブリュワー 2005

久々にどっぷりと入り込みました。
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 伊集院さんと宇多丸さんがラジオで話していて、どんなもんじゃろかいと観てみました。  これはとてもよかったです。久々に、その映画空間にどっぷりはまる時間を過ごしたという感覚です。気づけば没入しているといった具合で、大変見応えがありました。
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  売春のポン引きをしながら売春婦の生活の面倒を見ている男。テレンス・ハワードが演じているその彼が、かつての夢を思いだし、ラッパーになろうと動き出す話です。「負け犬たちのワンスアゲインもの」と宇多丸さんは表現していましたが、ワンスアゲインに限らず、人生の活路をなんとか見出そうとする映画というのはやはりぐっと来ます。金字塔は『ロッキー』でしょうが、個人的には『息もできない』が思い出されます。自分の人生を変えようとしてもがく人間の姿には、身につまされるものがあるわけです。『タクシードライバー』もその一種だと思いますね。どうしようもない境遇の最中で、なんとか自分にできることはないか、自分の人生を変えるにはともがく。その結果がどうしようもない末路を招くとしても、動かずにはいられないものがあったわけです。

 売春のポン引きという設定がまずいいなと思いました。テレンス・ハワードは車に女を乗せて客を取るのですが、結局のところ彼の存在って、何の役にも立っていないんですね。いやそりゃ売春婦の用心棒だったり世話役だったりという意味はあるけれども、彼自身は求められていない。いざとなれば女が前に立って客を取れてしまうというのがそれを示していて、「ああ、俺の人生は、存在は何だというのだ」というのがよく表されている。
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 そんな彼が自分の言葉で勝負してやる、というのがやはり来るじゃないですか。自分は与えられた役割に徹しているだけなのか、違うんだ、俺には言いたいことがやまほどあったはずなんだと創作に取り組むその様は、それだけでも感動的なのです。
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 この映画に限らずですが、ひとつの空間にぐっと熱がこもる作品というのは観ていて引き込まれます。家の一室をスタジオにして、そこで楽曲作りに励む。一緒に暮らしていた売春婦もそこでそれまで見せなかった表情を見せる。そこに寄り集った連中が、なんとかしてやるぞと知恵を絞る様。その中で生まれる音楽。あれが完成したとき、ぼくはほろりと来ました。ふいに涙の漏れる場面がいくつもあります。

  素敵な面だけを描いていないのもいいのです。同居していた売春婦は乳飲み子もろとも追い出されてしまうんですね。ある面からすればね、赤子のいる女性を放り出すなんてひどいやつだ、応援できない、という反応があるかもしれない。でも、そこはもうしょうがないというか、綺麗事だけじゃねえぞ、という話です。そこに厚みが生まれるんです。再び希望を見出して歩き出した素敵な話、に収めていないというのは特筆すべき点です。
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 綺麗事だけじゃ渡っていけない、というのを状況と絡めながらきちんと描いている。高性能のマイクを買うくだりもそうですね。タリン・マニング演じる売春婦を使ってマイクを手に入れるのですが、そこでちゃんと彼女の悲哀も描くし、この男がぜんっぜん素敵じゃないってことをしつこく描き出す。
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  相棒になるアンソニー・アンダーソンの奥さんを描くのもいいじゃないですか。あれによって、主人公だけではない事情、バディ感が出てくるし、状況に深みが出る。奥さんがこれまたいい味を出しているんです。アンダーソンがちょっとうんざりしているのを示す一方で、彼女は彼女で頑張っている。きちんとした夫婦であろう、と頑張ってる感があるんです。ああいうのを効果的に放り込むってのはたやすい芸当じゃないんです。この映画の人物の作り込みは本当に素晴らしい。あの怯えた表情の妊婦にしてもね。ああいう周辺があればこそ、あのぼろい家のスタジオが本当に濃密な現場になるわけです。
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  クライマックス。
 主人公は自分たちのつくったデモテープを、同じ地元出身の有名ラッパーのもとに届けようとします。これを聴いてくれ、俺たちの情熱をわかってくれ、という念をこめて向かうんです。しかし、ぜんぜんなめられてるんですね。ここがとてもいい感じでした。ああ、すっげえなめられてる、というあの感じ。主人公が相手とかわす会話も絶妙ですね。褒め言葉には本音もあるんだろうけど、ちょっとなんかどこか、取り入ろうというニュアンスもあるよねっていう。処世術も覚えているこの主人公がそれをなんとか活かそうとしているような間合い。

 そして、その後の展開。
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 突き放した言い方をするなら、あの有名ラッパーにとって主人公なんて、数多いる自分のフォロワーの一人でしかないんですね。だからあんな風に、主人公の気持ちを粉々にしてしまう。でも、引き込まれている身としては、「俺たちが一生懸命つくったんだぞ、畜生、畜生、畜生!」というのも痛いほどよくわかる。ラスト近くの展開にはびっくりしましたね。正直、酔っぱらった有名ラッパーがトイレに行った段階でなんとなく先は読めた。しかしその後の顛末までは読めなかった。ああ、なるほど、そこまで持っていくかとびっくりして、涙をこぼしました。
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 物語的に言うと、主人公がああなるのは「報い」なんですね。それは犯した罪に対するものというより、売春婦を我が事のために扱ったことへの報い。でも、まだまだ目はある。希望は十分に開かれている。この辺のバランスもいい。ニューシネマ的な絶望でもない。ちゃんと、タリン・マニングにも花を持たせていますしね。AV女優を愛する者として、ああやって売春婦ちゃんが自分の人生の活路を見出してくれるラストというのはとても好きです。伊集院さんも指摘していましたが、細かいところで劇中、彼女が「換気扇を止める係」になっていたのもいいですね。細部細部で、登場人物を大事に扱っているなあとわかる。
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  黒人の役者たちが持つ肉体的な存在感や表情の豊かさ、原色的な世界で光るか弱き白人たちのコントラストも含め、非常に見応えある映画空間であったなあと感じます。エンドロールでばしっと彼らの曲が流れる終わりも含め、言うこと無しの作品じゃないでしょうか。

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by karasmoker | 2014-04-27 00:00 | 洋画 | Comments(0)
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