『危険なプロット』 フランソワ・オゾン 2012

スパイシーなヘルシーメニューですね。
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豆村さんよりリクエストいただきました。ありがとうございました。






原題『Dans la maison』
 オゾン監督の作品は『8人の女たち』と『ぼくを葬る』くらいしか観ておらず、後者に至ってはどんな話だったかさっぱり覚えておりません。個人的にはそれほど惹かれる監督ではない、というのが正直なところです。

 高校の国語教師と男子高校生のお話です。国語教師のじいさんは生徒に作文の課題を出しますが、提出されるのはどれもこれも駄目なものばかり。そんな中、彼は一人の男子生徒の作文に文才を感じます。そうして、この生徒とのやりとりが始まっていきます。
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 原題は「家の中」というような意味でしょうが、この男子生徒は友人の家の内部とか、その家族について丹念な描写をしているのです。教師のじいさんは次第に、この続きはどうなっていくのだろうかと、生徒の作文の虜になっていくのです。
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興味を持続させる要素としては、友人の母親ですね。どうもこの男子生徒は友人の母にそこはかとない性的魅力を感じているらしく、観客もまた、彼女と少年の背徳的な何かを期待する構成になっているのです。
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 ここはひとつポイントなのですが、生徒の通う学校には女子生徒が少ないです。フランスの高校では制服がないそうですが、この作品では皆が制服を着ている。そんなときぼくなどはどこを観たくなるかといえば、そりゃあもちろん、フランスの女子高生の制服姿であります。むふふ、ブロンドフレンチガールの、あるいは若きマドモアゼルの生足などを拝みたい。遥か極東にて眼福を得ん、とこう期待したわけですが、映るのはなんとも男ばかりなのです。残念至極でありますが、これは要するに、友人の母親(あるいは教師の妻)に注目させるためですね。あとはちょっと同性愛のにおいかな。そりゃまあ、若い女子高生がいっぱいいたら、観客はそっちが観たくなりますからね。ふむ。

 この教師と生徒をめぐる話にフォーカスするために、他の世界をあえて魅力の薄いものに仕立てています。教師の妻は画廊をやっているのですが、なんともしょうもない芸術作品ばかりを展示しているのです。これによって対比が生まれ、教師が文学の世界、生徒の小説世界にとろけていく様がくっきりしてきます。主軸にフォーカスするための細工としては、あの友人の佇まいもそうですね。見るからになんとも「ぽやーん」とした顔をしています。なんとも脇役くさい顔なのです。その分だけ、母親を引き立てていると言えましょうか。
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 ぼくはそういう経験も嗜好もないのですが、ちょっとわかります。「友人の母親」というのは確かに、ちょっと危険な距離感ですね。特にこの主人公の場合は、母性に飢えている設定でありまして、母性的なものと女性的なものを同時に備えた相手に惹かれる危険さは、観ていてはらはらするものがありました。

 ただ惜しむらくは、この友人の母親にもうひとつ迫ってくれないところでもあるんですね。なんというか、見た目には結構きれいめのお母さんなんです。でも、そこを超えていかないというか、うわ、こんなところ見ちゃったよ、というのが乏しい。女性の生々しさみたいなもんがあったら、もっと入り込めたのになとは思うんですね。ここは実は結構大事で、この作品自体が、他人の家の中に入り込むという話ですよね。だったら、外からは決して見えないその家の因習とかその人のくせみたいなもんをもっと見せてほしいんです。
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 確かにありましたよ。脊柱のレントゲン写真とか、靴を履き替える場面とか、でもそういうんじゃないんです。林檎をかじるくだりとかありましたけど、もっと生々しいものがほしかった。たとえばわかりやすいところでいえば、においですね。この母親のにおいがほしいんです。
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 個人的性癖に走っているんじゃないかおまえ、と言われそうですが、要するにこの母親の実在感ですね。肉体感というか。その辺がもっとあると、危険度が増した気がする。個人的にはちょっとかわされた、すかされた感がないでもない。別にエロに走れということではないんですけど、やっぱりぼくが観たいのは、ふらりと迷い込んだ世界で、狂ってしまう感覚なんです。園子温がうまいあれです。この話、教師は狂っていく感がそれなりにあるんですが、生徒のほうはどうにも客観的というか、もう一歩踏み込まない。

むろん、小説家が描写していく以上、対象を客体として見つめる冷静な距離感は重要でしょう。でも、そんなものを観たくて映画を観ているわけじゃないですからね。距離感は監督が取れていればいいんです。監督自身が、踏み込んでいない気がする。最終的には結局、家族は丸く収まったね。僕はその様をぼんやりと遠くから見ているよ、ってなもんですから。
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危険なプロットという邦題がついていますが、劇中、プロット的な観点からも話がされます。教師と生徒は空き教室で、物語の作り方について話をする。葛藤が大事だ、目的に至るまでの障害はどうだというね。その話はとても正しい。ただ、それを言うなら、クライマックスの話もしてほしいですね。映画にせよ小説にせよ、乗り越えちゃった後の第三幕が肝ですから。生徒は母親とキスをしてしまうけど、その後がどうにも盛り上がらないんですよ。あれは第三幕に至るうえでの第二ターニングポイントで、あの後が大事なのに。
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 教師の妻と生徒が接触したり、物語に没入した教師が最終的に憂き目を見たり、最後はまた別の物語を予感させたりという点で、非常にまとまりはいい。よくまとまっていると思います。だからどこか、純文学小説の新人賞っぽい感じもするのですね。でも、だからこそどうも、満腹感はない。ここでアクセルを踏んでくれ、ブレーキを壊してもかまわない、というポイントで安全運転になるので、無事故ではあるけど強く響いてはこないね、という感じがあるんです。
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ほどよく危険な感じのお話、という意味ではよいと思います。ああ、なるほど、オゾンってこんな感じだったなという印象でございました。ちょっとスパイシーなヘルシーメニューという味わいで、カロリーが気になる女性にはお勧めではないでしょうか。ぼくはまだまだ、もっとがっつりしたものを食べたい年なのですが。

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by karasmoker | 2015-01-24 00:00 | 洋画 | Comments(2)
Commented by 豆村 at 2015-01-25 07:56 x
さっそく素敵なレビューありがとうございます。
これは男女で目のつけどころが違ってきそうですね〜。わたくしは20代女性ですが、エルンストウンハウワー君の美しさに終始目を奪われてしまい、バイアスのかかり具合が半端なかったです。
園監督に撮らせたら、クライマックスはもうぐっちゃぐちゃのドロドロ、血しぶきピューピューになることでしょうね!
Commented by karasmoker at 2015-01-25 22:06
コメントありがとうございます。
なるほどこの世の映画を「女性向け」と「男性向け」に分けるとしたら、間違いなく前者であろうなあと思わされる一作でありました。
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