『素晴らしき哉、人生!』 フランク・キャプラ 1946

What is a wonderful life?
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zekiさんよりリクエストいただきました。ありがとうございました。






 原題『It's a Wonderful Life』
五年くらい前に観た覚えがありまして、二度目の鑑賞です。この手の有名古典作品は、あらためて何かいうのが難しいですね。だから取り上げることもなかったのですが、この機会に考えてみようと思います。

 本作はアメリカにおいてのクリスマス映画として定番らしく、昨年にロッテン・トマトで選出された「クリスマス映画ベスト25」でもトップだったそうです。アメリカ人の国民的映画みたいなもんなのでしょう。
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 正直なところを言えば、日本人のぼくの感覚にはぴんと来ないところもありますね。
 主人公は住宅金融を家業にしていて、敵のおっさんがそのライバル的存在になるのですが、この辺は現代日本で生活する人間にはあまりなじみのないものでしょう。

 ともかくもこの映画の力点のひとつは、主人公のジョージがみんなから愛されて頼りにされる存在なのだ、ということにありまして、敵のポッターさんは嫌われ者としての役割を担うわけですね。そのジョージが後半、不幸な目に遭って、不思議な体験をして、人生のすばらしさを知るというお話であります。
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 70年前のアメリカ映画ということもあって、あらためて観てみても、個人的には大きな感興はありませんでした。「いやあ、今観ても素晴らしい作品ですね」というのはたやすいし、これを人に勧めておけばなんとなく良識がある人のように思われそうですが、心からぐっと来る作品、というのではない。
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 ぼくは偏屈ぼうやなので、むしろポッターさんのほうのお話を観てみたくなりました。天使はむしろあの人のところに行って、「あなたは力があるのだからその力をもっとよいことに使いなさい」と言ってやってもいいのじゃないか、なんてことを感じました。むろんそれでは国民的な支持を受ける作品にはならないんですが、「とても綺麗な話」すぎて、どうにものめりこめないのですね。
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 この作品が受けた大きな要因は、やはりあの童話的な第三幕でしょう。
 ジョージはポッター氏に金を盗まれてしまい、事業がやばくなって、「生まれてこなければよかったんだ」と自暴自棄になり、身投げしようとします。そこに天使が現れて、「君がいなければこんな世界になっていたんだよ」というひどい世界を見せます。その後またもとの世界に戻り、今まで助けた人が協力してくれて、ハッピーエンドを迎えるのです。
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あらためて観てみると、このくだりは後半の二十分そこそこなんですね。もっと長いイメージがありましたが、実は短い。やはりこのくだりの印象が強かったんですね。それまではずっとリアルなお話だったのに、一気に世界観が書き換わるので、インパクトがあります。
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「みんなが支持しているのだからそれでよいのだ」ということを前提にしつつ、個人的な感覚を申し上げると、この第三幕をもっと観たいというのがあるんですね。
 せっかくファンタジーテイストを入れたのだから、ここを第二幕で膨らませて、第三幕は現実にすれば、もっと面白かったなあと思うんです。正直、いつあのシーンに行くのだっけ、なかなかいかないなあとじれてしまう部分もありました。
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 もう一つ言うと、百分近くのタメがあったにもかかわらず、ジョージが「生まれてこなければよかった」というほどの絶望もあまり感じなかったんですね。で、「君が生まれてこなければこんなひどい世界だったんだよ」というのもあまりぴんと来ないところがあります。ある意味、メッセージ自体にぴんと来ないというか。


 人生それ自体の素晴らしさというのは、「その人がいなかったら、みんなが幸せになれなかった」という類のものではないと思うんです。そいつがいようがいまいが世界は変わらない。いやむしろそいつがいないほうが、世界はよかったかもしれない。それでも人生というのは素晴らしいのだ、というのが、人生そのものに対する称揚ではないのか。
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人生ということを考えるときに、ぼくがいつでも思い出すのが、『オトナ帝国』の「ひろしの回想」です。あれもいわば、今までの人生を呪う映画なんですね。だからこそ、ひろしは過去の世界に引きこもろうとした。でも、回想がそれを引き戻す。そこに描かれたのは本当にありふれた、どこにでもある、世界にとっては何の意味もないようなちっぽけな営みです。でも、それでも人生は素晴らしいものだと思わせてくれる。ぼくはあのシーンだけをくりぬきで観て、何度も涙しているくらいです。
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その点で行くと、本作には一つ弱点があるんですね。子供をもっと効果的に使えばよかったと思う。あの子供をもっと描いておけば、「君が生まれなければ、この子たちもこの世に存在しなかった」感がもっと出てきたと思うんですが、そこは大団円でわりと流されっぱなしです。スペルを訊いてくる子供なんかは、もっと使いようがあった。初めは憂鬱な言葉のスペルを訊くけど、最後にいい言葉のスペルを訊いてきて、主人公がそれに答えるとかね。その辺の小技は、百三十分もあったんだからできたと思います。だから薬屋のおじさんとのエピソードはいいんです。弟の墓もいい。ああいうことが主軸になっていい。

この映画の持つ力は、それほど普遍的なものじゃない気がしてしまいます。
 だって自分はジョージのように、たくさんの人を救ったなんて言えないもの。みんなに愛されているとは言えないもの。彼のように素敵な奥さんや子供たちがいるわけではないもの。そう感じた人間がこの映画を観ても、人生は素晴らしいとは思えないんじゃないか。
だから今となれば、「『そもそも人生は素晴らしい、と感じているけれど、少しへこんじゃってるのよね最近』な人が観る映画」に見えます。その意味で、国民的映画になっているとも言えましょう。
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人生の素晴らしさとは何かを、逆説的に考えさせてくれる一本でございました。


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by karasmoker | 2015-01-26 00:00 | 洋画 | Comments(2)
Commented by zeki at 2015-01-27 23:46 x
取り上げていただきありがとうございます。神奈川在住の男です。

結構好きな作品なのですが、後半天使が見せる「もしも」の世界に対しては「う〜ん……でも彼がいない世界が必ずしもこう、とは限らないんじゃ…?」「奥さんだってひょっとしたら他の男と幸せになる可能性もあったんじゃ…?」という、ちょっと残酷かもしれない疑いは確かにありました。
けれども、なるほどあの子供たちに関しては、ジョージがいなければ存在し得なかったんですよね。記事を読んでて「あー確かに」と思いました。
「あれ、変だな こっちの耳が聞こえる…」という導入の描写は好きなんですけどね。
Commented by karasmoker at 2015-01-28 01:21
コメントありがとうございます。
このたびのぼくの見方は(何か言わなくちゃという思いゆえに)ちょっと意地悪なものになりましたが、それでも毎年クリスマスに、この映画を流すアメリカには敬意を抱きます。
「生まれてこなければよかったなんて、言うなよ」
というメッセージをしっかり放ち、70年前の作品を今も活かし続けるかの国の映画的土壌には、甚だ感服いたすのでございます。
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