『複製された男』 ドゥニ・ヴィルヌーヴ 2014

マジックのタネがわかれば、その鮮やかさに触れる。
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小野さんよりリクエストいただきました。ありがとうございました。






 原題『ENEMY』
「映画は事前情報なしに観た方がいいんだよ」的な物言いがありますが、まったくないまま観てみたらなんとも掴みようがなく、途方に暮れるということもありますね。予備知識無しで観たのですが、正直なところわかりませんでした。この手の、雑駁に言えば不条理系、メタファびんびん系の映画というのは、それなりの構えが必要なのであります。

はっきり言ってしまえば、町山さんの解説を聞くに限る、ってなもんですね。200円かかりますが、わからなかった人は惜しまずに聞くべきです。そうしないとせっかく観た映画も、ぜんぜんぴんと来ないまま忘れてしまいますからね。映画評論家という人のすごさが素直にわかるなあと思わされます。

 本作を観て、解説を聞いて、自分の見方が偏っているな、と感じましたね。ひとえに、ぼくはエンタメ的な目線で捉えすぎていたのです。「あれ、何も起こらず20分も経過したぞ」とか「ミッドポイントまで来たけど、このペースでどうするつもりだ?」とか、まともな展開を追おうとしてしまう。この種の構えを戒めるうえでも、個人的には意義ある鑑賞でございました。

だから今回は、評するというより、「勉強になるなあ」という目線でしか語れません。そして本作について云々するとなると、どうしてもネタバレーション警報を鳴らさねばなりません。未見のまま図らずもここまで読んでしまったという人は、一度読むのをやめましょう。
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 さて、勉強になるなあのポイントですが、「二面を描く」というのがありますね。大学の先生のほうと、俳優のほうがいて、両方の視点をきちんと描いている。このために観ている側としては、(ネタバレーション!)同一人物の話であるとは思わないつくりになっているわけです。ドッペルゲンガー的なものでいえば、片方の目線が主軸で、もう片方は謎めいているというのが常套手段です。ところが本作は、そうじゃないわけですね。だからこそ、普通に観ていれば同じ人間だとは思わないようになっている。
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 邦題の(そして原作タイトルの)『複製された男』というのもミスリーディングですね。それでいて真っ当なタイトルでもある。ある意味でこれは確かに、複製された男の話でもありますからね。
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 冒頭の『アイズ・ワイド・シャット』っぽい秘密結社も、クモの存在も、なんとなく「外部の敵」を思わせる。何かの陰謀があるのでは、と思わされる。そうやって、内面問題から観客の目線を逸らしていくのは、勉強になるなあ、です。あの男の「中」の話であるとは、思いませんからね。
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 こういうのは気づく人は気づくかも知れませんが、ぼくの見方がやはり偏っていたのは、「理に落ちる」ことを前提に考えていた点ですね。理に落ちるとはすなわち、「非現実的な出来事にも、整合的で現実的な説明が与えられる」ということです。たとえばあの巨大グモにしても、エイリアンでも何でもいいから、その世界には本当にいるのだと思いたくなる。理に落としてくれるだろうと思い込みすぎていたために、ぼくにはさっぱりわからなかったわけです。

 などと言いつつも、これね、表面だけ観ていると理に落ちないんだけど、なるほど一つの寓話としては、ちゃんと筋が通っているなと思わせるんです。マジックのタネがわかって初めて、その手さばきの鮮やかさがわかったというかね。これは鮮やかですよ。
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 観ている間はなんだか、もやーんとした話だなあくらいにしか感じず、いつ面白くなるのか、いつ面白くなるのかと思っているうちに、終わった感が強いんです。違和感、違和感で攻めてきて、絶えず落ち着かない気持ちにさせられて、あのクモにぶつかってぽかーん、みたいなね。でも、こういう映画だとわかると、その設計が気持ちよく見えてきます。
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 夢というか憧れというか、そういうものが反映されて紡がれる映画なのですが、その目線で思い返してみると、確かに意識をぶらされるようなところがあります。たとえば、自分と同じような人間が、自分とは違う可能性としてこの世界に生きていたとしたら? そう思うと、足場の揺らぐような感覚に見舞われませんか?

 自分はさしあたり今の道を選んでいる。でも、悩ましく思うものも大いにある。もしかしたら別の自分は、どこかの分岐点で自分と離れ、自分とは別の時空を歩んでいるのかも知れない。そしてひょっこりと、どこかで顔を出すかもしれない。そんな風に考え始めると、自分の今が疑わしくなる。いつも当たり前にやっていることに、ふとした違和感を抱いてしまう。あれ、俺は何をやっているんだって。
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この映画は、漠然とイメージされるものを具体化して、しかも捻ってくる。ものすんごいものづくり偏差値の高いことをやっているな、と敬服します。この映画を観るなら、クリストファー・ノーランの『メメント』あたりを一緒にレンタルするのがいいんじゃないでしょうか。ぼんやりと映画を観る、エンタメ的に映画を観る、という態度を、今一度リセットさせてくれるような作品でございました。わからなければ、ぜひともわかるべきでしょう。


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by karasmoker | 2015-02-03 00:00 | 洋画 | Comments(2)
Commented by 小野 at 2015-02-04 10:33 x
レビューありがとうございます。

ワタシも初見はいろいろ考えながら見過ぎて、最後は「なんじゃこりゃ!」となったクチです。
こねくり回して考えた末いろんなブログで見解や解説を読んで、ようやく中身を理解しました。いや、もしかしたら完全に理解できていないかもしれない。
「灼熱の魂」「プリズナーズ」と重たいながら楽しませてくれた2作に続くのがこれかー!と、見終わったあと愕然としたなあ。
「映画は見慣れているよ」という人に対する挑戦状のような映画だなあ、と思いました。
Commented by karasmoker at 2015-02-04 23:59
コメントありがとうございます。
ぼくの好きな作家に阿部和重がいるのですが、彼の仕掛けるマジックにも似ていて、「そうきたか」感がいいですね。「頭の映画」と「体の映画」があるとすれば、完全に前者ですけれど、たまにこういうのを観てわからなくなるのも心地よいなと思いました。
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