『アヒルと鴨のコインロッカー』 中村義洋 2007

原作にはない美点を、ひとつでもつくれれば勝ちなのですが。
d0151584_17074816.jpg
しんぺーさんよりリクエストいただきました。ありがとうございました。






 伊坂幸太郎作品はちょぼちょぼ読んでいますが、熱心な読者ではありません。好きではあるんですが、他の本をいろいろ読んだりしているうちに、後回しになっているところがあります。映像化は既に十作以上を数えているんですね。映画のほうはといえば、『陽気なギャングが地球を回す』を確か観たんだよなあ、でもなんかよく覚えてないなあ、というくらいです。

うまいなっ、とは思うんですね。物語配置もうまいし、知識を絡めた会話なんかも、それを伏線に用いるありようもうまくて、エンターテイメントの総合力としては申し分ないなと思う。勝てないと思う。ただ、いつまでも心に残るなあ、というのとは違っていて、熱烈に好きであるとはならないのです。そして何より、そもそもの話、ぼくは読んだ小説の中身を、わりと忘れやすい。

そんな中でも、本作の肝の部分はよく覚えていて、どう映像化したのかと気になりました。これは映像化が難しいんじゃないか、というタイプの話ですね。ミステリー小説の叙述トリックというやつで、映像にしたらすぐわかるのに、読んでいる限りは気づかず、タネがわかるとあっと言わされてしまうやつ。最近読んだのだと、早坂吝の『○○○○○○○○殺人事件』という作品。メフィスト賞受賞作なのですが、これなどはまさに、映像化不可能ですね。映像化したらもう仕掛けもへったくれもない。あとは有名なのだと歌野晶午の『葉桜の季節に君を想うということ』、殊能将之の『ハサミ男』などがありますね。そういえば『ハサミ男』の映画は観ていないな、あれはどうなっているのだろう。

 ただ、この手のトリックというのはミステリーのみならず、1001の話を作った男、星新一がかつて、いろいろやっていますね。ぼくは世に言うミステリー好きではちっともなくて、それは星新一が好きだからかなあとも思うんです。何百ページもかけず、たった数ページであっと言わせる。余計な技巧を凝らさず、発想だけで勝負する。その潔さのほうに惹かれるんですね。

 前置きが長くなりました。ネタバレせずには書けません。ネタバレーション警報です。
d0151584_00461384.jpg
 原作は過去と現在を交互に綴る形式で、その人物の正体がひとつの仕掛けになっています。河崎という男と、ブータンからの留学生ドルジがその核心を担います(ネタバレーション!)。原作では、現在における「河崎」が、過去における「ドルジ」と同一人物であるという仕掛けがなされていて、小説だと読者が気づかないようになっているんですね。顔が見えない小説ならではのところで、これをどう映像化するのだろうと気になりました。

 とりあえずその話は後にするとして、まずは主人公の椎名が濱田岳、「河崎」役が瑛太というところから始まります。映画のトーンはリアリティを少し欠いている感じ、もしくはあえてリアリティを減じ、演劇的にしている感がありますね。伊坂幸太郎の小説の人物は、ちょっと気の利いた会話なんかをするので、芝居がかった雰囲気にはしやすいのかもしれません。それと本作の瑛太ですね。彼の正体の絡みから、自然な日本語で進めていくと彼が浮き上がってしまう。そこを補うためにも、あえてとつとつとした調子にしたのかなとも思います。
d0151584_00461649.jpg
 濱田岳は大学入学したてで、一人暮らし始めたての少年なのですが、あの演技はいろいろと加味するとあれでよいのかな、と思います。一言で言うと、童貞丸出しみたいなやつです。喋り方もちょっと違和感があるんですが、ああいう感じのやつって案外いるんじゃないか、とは思えてきました。東京に暮らしているとあの牧歌的な風情に距離感を覚えますが、地方の大学に行くため一人暮らしを始めた少年というのは、あんな風にぽけえっとした顔立ちをしているものかもしれないな、と思えます。映画のトーンは、これはこれでいいのかな、と感じました。
d0151584_00462078.jpg
 しかしひとつ、観ながら違和感を抱いていました。今、原作で確認したんですけど、やっぱりそうだったんです。この映画が原作より弱いなという部分が明白にあるんですね。それはあの「ペット殺し」のくだりです。原作だとかなり早い段階で、ペット殺しが出てくるんです。書き手として、そこは考えているわけですね。早めに死の予感を漂わせておくべきだと。つかみを入れておくべきだと。ところが本作では50分くらいになるまでそのシーンは出てこないんです。これがひとつ、この映画の弱さになっているなと感じます。
d0151584_00462203.jpg
 原作だとかなり不気味に映ってくるんですね、ペット殺しが。しかも早めに接触しているので、後々までその影が作品全体に緊張感を与えてくれる。この映画版ではそこが明らかに弱いんです。動物殺しの連中の嫌さがぜんぜん現れてこない。あとあと脅迫電話みたいなのをしてくるんですけど、序盤のうちにその空気をつくっていないのがまずくて、それほど怖さが迫ってこない。
d0151584_00461944.jpg
ただ、これは仕方ないんです。現在と過去を行き来する原作の仕様を、映画では「現在と想像」にしています。過去の部分は、濱田岳が瑛太から聞いた話の想像としてなされている。こうなると、序盤からペット殺しを出すのがどうしても難しくなるんです。脚本を作る段階で、これは仕方ないと泣いたところでしょう。あるいは、「きっかけはペット殺しだ」みたいな話を、序盤にねじ込む手もあったかもしれません。でもね、なかなか難しいでしょうね、はい。
d0151584_00462615.jpg
 河崎=ドルジの種明かしは中盤になされます。こうなると「想像」ではなく「実際の過去」が描かれ、瑛太がドルジとなって出てくるんです。原作からの移植で、最も困難だった部分、頭を使う部分ですね。うん、原作ほどの鮮やかさみたいなもんは、ないんです。そういう風にするほかにないか、という感じがしました。

 ある種、理には適っているんですよ。濱田岳の想像というのは、小説を読んでいた人間の想像と同じですよね。つまり、頭の中では河崎とドルジは別人物になっている。でも、種明かしをした瞬間に一気に書き換えられ、実際の河崎=ドルジとなって現れてくる。理に適っているという点では、正しい選択です。これよりいい手法が思いつくのかよと言われれば今のぼくには思いつきませんし、原作を知らなければびっくりしたと思います。
d0151584_00462442.jpg
 原作を読んでいると、感動は得られないんですね。「原作を映像化するうえでの上策」ではあるけれど、「なるほど、その手があるかあ!」という感動はない。その意味で、「原作と映画、どっちを先に?」という問いには明確に答えられる。この作品は原作が先です。

彼女役として関めぐみが出てきますが、個人的には別の女優にしてくれたほうがよかったですね。表情にあまり幅がないんです。前回、池脇千鶴の「汎用性の高さ」を称賛したんですが、関めぐみはどうにも深みがない。モデルとしての見栄えがいいタイプ、だと思います。あるいはテレビドラマ向きですね。映画向きではない。
d0151584_00463141.jpg
後半は瑛太=ドルジになって、河崎は松田翔太になるんですが、ここも映画の弱点ですね。正直、松田翔太が「横入りしてきた」感じが強いんです。彼が出てくるのは映画開始から一時間以上経ってからなのです。そのせいで、彼が死ぬシーンなんかでもそれほど重みが伝わってきません。横入りしてきた人が死んだ感。
d0151584_00462981.jpg
映像化しにくい仕掛けがあって、会話やなんかできめ細かくつくられている原作だと、どうしても超えがたいものがあるのだな、と思わされます。小説より映画が勝れる点として音楽が挙げられますが、「風に吹かれて」にもなんだか重みがなく、最後にコインロッカーに入れるくだりなどは逆に、ああ、映像にしちゃうとなんか違うんだよね、というのが強く残る。そんなことするかよ、と思ってしまう。
d0151584_00463292.jpg
大塚寧々のつくりもの感=役割感も含め、原作のうまみがだいぶ減じられてつくられた映画だなあとどうしても感じてしまいます。本作に限らず、300ページ以上の原作を2時間足らずの映画にする場合、当然ある程度の要素は切っていくことになる。だからある面では絶対的に原作に劣る。だけどそれはある意味、映画を作る側にとって有利にも働くんですね。幅の制約がある分、「これは原作にはない美点だ」というのをひとつでもつくれれば、それで勝ちとも言えるんです。残念ながら、それが見出せませんでした。
 今回はこれまでにしたいと思います。

[PR]
by karasmoker | 2015-02-15 00:00 | 邦画 | Comments(1)
Commented by pon at 2015-02-15 14:40 x
こんにちわ。 河崎が文盲なのは最初からわかりましたよね けっこうがっかりでした その辺がちょっと演出がクドいです 椎名の家族の話もただの迷彩だったし 原作を読んで無いせいかもしれませんが、タイトルにもなってるコインロッカーのエピソードも全然ピンとこなかったんですよね 濱田岳が出るとコメディになってしまうあのあくの強さもちょっとノイズになりました 警察の対応がリアリティ皆無ですし、警察官が目撃した死亡ひき逃げ事件で犯人が釈放されますかね 事件の根っ子ですからもうちょっと丁寧な演出をしてくれないかなと思いました とにかくドルジの「風に吹かれて」だけが哀しかったなっていう印象でした
←menu