『ウィズネイルと僕』 ブルース・ロビンソン 1987

悔しいですが、ぼくには旨味が感知できませんでした。
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ponさんよりオーダーいただきました。ありがとうございました。





□英トータル・フィルム誌「史上最高のカルト映画34本」:5位
□米EW誌「隠れた名作ベスト100」
□英タイム・アウト誌「ベスト・コメディ映画100」:7位
□英国映画協会「イギリス映画100選」:29位
□米EW誌「カルト映画トップ50」:35位
□英テレグラフ紙「ベストフィルム100」:4位
□英エンパイア誌「史上最高の映画キャラクター100人」:64位(ウィズネイル=リチャード・E・グラント)
□英ガーディアン紙「最近25年のイギリス映画トップ25」:2位
□英エンパイア誌「最高のインディペンデント映画50本」
★ジョニー・デップが最も愛した映画!

 以上のように、アマゾンによればイギリス本国で大変高評価を得ている一本でございます。これは、これは、これは困ったことになりました。

 ぼくには何のこっちゃさっぱりわかりません。
 この映画の何を褒めればよいのか、皆目見当がつかぬというのが本音であります。この辺がきっとぼくの「映画オンチ」なところなのでしょう。みんながいいと言っているのだからきっと何かがあるに違いないのに、それが掴めないのです。食べ物で言うと、ウニとスイカとビールがそうですね。ウニの何が旨いのかわからない。スイカの何が旨いのかわからない。みんながビールで乾杯していてもあんなものの何が旨いのかわからず、一人だけジントニックを頼んでしまう。

だからぼくには今回、自信があるんです。この文章は何ひとつ生みだしやしないと!

 映画とはひとつに、その空気感を楽しむものであったりするのでしょうが、あいにくぼくにはてんでぴんと来なかったのです。褒めている人の文章などをちら見すると、「60年代の終わり、ひとつの時代が終わる頃の…」云々、「役者志望の二人がもがく姿が…」云々、「随所でクスッと笑えるコメディで…」云々。ああ、なんてことだ。どれひとつ感知できなかったなんて!

 主人公のウィズネイルと僕は役者志望らしいのですが、別に何をしているわけでもないんです。この映画はどこに向かっていくのかな、この二人は何をしたいのかな、というのがわからないのです。役者志望という設定が途中から一切出てこないんですね。田舎みたいなところに行って、地元の人に食い物を請うなどしているのですが、彼らがなぜそんなことをしているのかもよくわからない。何をしたいのかがわからなかったんです。

 おそらくこの映画が好きな人からしたら、そもそもぼくのこのスタンス自体が違うのでしょう。映画が醸す空気感自体を楽しむ、という必要があるのでしょう。その辺はわかります。だから正直、乗れるかどうかがすべてなんじゃないかと思います。たとえばぼくはアキ・カウリスマキが好きですけど、彼の映画がつまらないねと言われても、あまり抗弁する気にはならない。ああ、残念だなあ、この味わいがわからんとは。という思いはあるにせよ、こればかりは味覚みたいなもんです。いくら説得したところでされたところで、わからないものはわからないのですね。

 そういうのってたまにあります。みんなが褒めててもわからないというやつ。ぱっと思いつくのは『バグダッド・カフェ』とか『バベットの晩餐会』あたりです。そこにまたひとつ加わることになってしまいました。

 空気に乗れると、何が起こっても起こらなくてもいいんですね。いやむしろ、何も起こらないほうがいいとさえ思える映画もある。是枝和広監督の『歩いても歩いても』なんかはそうで、何も起こってくれるなと積極的に思いさえする。反面、空気に乗れない人間は何かが起こることを期待してしまうんですね。この映画はずっと、三幕構成でいう第一幕がずっと続いている感じで、何も転がっていく感じがない。だからぼくはやきもきが募るというか、何か、何かくれよと思い続けてしまいました。 

 この主人公二人が好きになれるか、というのが大きいと思いますが、どこを好きになればいいのかがわからなかったんですね。好きになれたら何をしてても観ていられるんでしょうけど、いかんせん何もしていなすぎる。いや、いいんですよ、別に何もしてないくても、それはそれでの痛々しさがあるんですよ。だったらそれを観たかったですね。

 役者志望だという彼ら。特にウィズネイルのほうは、せっかく仕事が入っても「代役なんか嫌だね」と突っぱねてしまったり、ちょっと痛いんです。だったらもっとそこをついてほしいんです。二人でいるときに役者論をぶってみたり、テレビの役者を観て散々にこき下ろしてみたりしてくれれば、もっと痛くなった。その分だけ彼の空虚さが出てきて、好きになれたと思うんです。ところが彼は役者になりたいのかどうかもわからないんです。いや、それならそれでいい。それならば、なりたいと言いながら何もしていないやつの痛さというのが観たかった。にもかかわらず、彼らはその鬱屈から逃げるように片田舎に行ってしまう。あそこに60年代の終わり感を感知することは、ぼくにはできなかったのです。

 しかもそこで、やってきたおっさんがゲイかどうかみたいなことでごちょごちょ言っている。そこに何の物語的重きがあるのか、これまた首をかしげてしまう。いい年こいて結婚もしてない二人が確かにどこかゲイっぽく映りはするし、冒頭部でも思わせぶりな新聞記事が出てきたりはするけれど、かといって別にこの映画でそこをそんなに押されてもというのがどうしてもある。

 ウィズネイルの臆病者感はいいんですよ。レストランで凄まれたら逃げ出すし、田舎のカフェでも悪ぶったくせにすぐ逃げ出すし、警察に怒鳴られたらすぐさまお縄頂戴するし、ちょっと喧嘩した相手が殺しに来たんじゃないかとびくつくし。そのくせ「僕」の前ではちょっといきったりしている。実を言えば、このウィズネイルの痛さはぼくは身をもってわかるところがある。だからこそ残念なんですね。もっともっと虚勢を張ってほしいんですね。ラストみたいな虚勢が、中盤にもっと観たかった。ゲイのくだりなんかどうでもいい。

 うん、書きながら思ったんですけど、この映画は都市部でやってくれていたら、また違ったのかなあと思います。都市の中でぐずついて、くすぶり続けていたら、またきっと風合いが違ったし、ウィズネイルの空虚さも否応なく浮き上がってきたと思うんです。それがなんでまたあんな田舎のほうに行っちゃったのか。

 ぼくは常々思うのですが、人は独りでいるときより、誰かといるほうが孤独になるんです。引きこもるってのは孤独じゃないんです。孤独を遠ざける営みなんです。だって、人と一緒にいたら他人が見えてきて、すなわち自分が見えてきて、孤独感がくっきりするじゃないですか。だからね、ウィズネイルの抱える孤独感だったり閉塞感みたいなもんは、都会のほうが見えてくるんじゃないかと思う。田舎に行ったことでちょっと逃避できてしまっている。そこが個人的に乗れなかった大きな要因かなと思います。都会でやってくれていたら、ぼくは真逆の感想を述べていた可能性もある。

と、いうのが乗れなかった人間の感想ですが、乗れた人間にしてみれば無意味な物言いでしょう。ビールが好きな人に対して、「ビールの味はぼくにはぜんぜんしっくりこない! もっと甘味があってもいいのに!」と叫んでも、本当に意味がないですものね。好きな人は満足しているのだから。だからねえ、これはちょっと、いかんともしがたいもんがあります。この映画が好きな人は、どうか文句をつけないでいただきたい。それはつまり、ビールが飲めない人間にビールの良さを説くようなものですから。結局理解できないと思います。年をとったらわかる味かも知れません。悔しいですが、こんなところなのであります。

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by karasmoker | 2015-02-21 00:00 | 洋画 | Comments(2)
Commented by pon at 2015-02-24 22:28 x
こんにちわ。ほんと ドンピシャでした 誰も書いてな無かったウィズネイルレビューでした ランキングまで書いて頂いてほんとにスッキリしました あっちこっちのレビューを読んで見ましたがほぼ絶賛されてましたね これ、どのへんがおもしろいねんみたいな(笑) こんな有名な作品なのにキョトンとしてしまう不思議な映画 気持ちのいい腑に落ちた気がします ありがとうございました オーダーした映画をレビューして頂いたのでまた新たにオーダーしてもいいですか?
Commented by karasmoker at 2015-02-25 00:22
コメントありがとうございます。
わからないものにはもう、素直にわからないというしかないですね。その辺で背伸びする季節は過ぎました。『複製された男』などに対する「わからない」とはぜんぜん違っていて、ほとんど趣味の問題かなと思います。

オーダーは歓迎でございます。
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