『ブロークン・トレイル 遙かなる旅路』 ウォルター・ヒル 2006

ちゃんとしていて、逆に語りにくいです。
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やまだむさんよりオーダーいただきました。ありがとうございました。



テレビ用としてつくられた映画で、内容は西部劇です。
 ロバート・デュヴァル主演のロードムービーで、三時間ほどあるのですが、飽かずに観られました。多くの西部劇から際だっているのは、中国人の奴隷を出してきたところじゃないでしょうかね。ぼくは西部劇を多く観ているほうではないのですが、これほどメインキャストのひとつとして持ってきた作品は初めて観たように思います。これが本作を大きく特徴付けていますね。
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 デュヴァルと甥のトーマス・ヘイデン・チャーチが馬を運ぶ仕事をしている道中、中国人女性五人を連れた男に出会い、そこからお話が膨らんでいくという形です。西部劇の風合いの最中に中国語が飛び交うところなんかは面白いですね。
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 すごく丁寧に作られた映画であるなと感じました。全編、荒野でロケを行っていますし、職人がきちっとつくった作品であるなというね。だからずうっと観ていられる作品ではありました。うん、それが一番大きいですね。なんだか、ずっと観ていられるなあという。
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 ただ、つまりそれは、がつんと持って行かれるものがないなあ、ということでもありましたね。残念ですが、ぼくはしばらくしたらこの作品を忘れると思います。中国人奴隷の出てくる西部劇、ということで覚えているでしょうけれど、細かい部分なんかは絶対忘れる。それだけ綺麗につくられすぎている感じがするんですね。なんというか、感想の言いようがありません。
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 いい部分は数多くあるんです。悪い部分も取り立ててない。だからこの映画はとてもいい映画です。ですが個人的には、このシーンはいいんだよねえ、ここをぜひ語りたい、ということにはあまりならない。ぼくはロードムービーという形式自体は好きなんです。なんというか、ロードムービーとはそれ自体が人生の戯画ですからね。一寸先は闇で何が起こるかわからない、どう転がるかわからない。出会いや事件の連続が面白さを生んでいく形式として好きなんです。
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 そのたとえで行くと、「ずいぶん真っ当な人生」を観た感じです。波瀾万丈があるわけでもなし、いざというときはうまく振る舞うし。それでまあ収まるところに収まる。それはぜんぜん悪いことじゃないですよ。真っ当ですよ。ただ、だからこそびびびっと来ないかなあとも言えますね。中国人女性たちに出会った以上のこと、それ以上の「思いがけなさ」がない。
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 書きながら思ったんですが、これはぜひ中国人の彼女たちの視点で描いてほしかったですね。彼女たちがメインで出てきてはいるんですけど、どうしても視点はロバート・デュヴァルのほうにあるんですよ。中国人の彼女たちが他者になってしまうんですね。象徴的な場面として、デュヴァルが彼女たちをワン・ツーと数字で名付ける場面がある。このシーンでは、デュヴァルが彼女たちとわかりあおうとする優しさが演出されていたりはするのですが、やはりどうしても彼女たちが記号化されてしまいますね。観ているほうは、名前よりも数字のほうで覚えてしまうんです。
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だから正直、途中で彼女たちから死者が出ても、それほど悲しくなれなかった。「ああ、さすがに五人いると映画的扱いに困るな。少しずつ減らしていったほうが話を絞れるな」と覚めた目で観てしまったんです。もう一つ言うと、酒場で出会った男がいましたね。スコット・クーパーですか。彼の存在感が薄々で、三時間もあるのにまったく印象に残っていない。一人一人のドラマみたいなもんが、なかなか見えてきませんでした。
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 あえて言えば、というのはそういう部分ですね。だからといってこの映画がよろしくない、というわけではぜんぜんないんです。この映画はこれでいいんです。なんか、年をとってから観るとさらに良さそうな感じですね。「肉より魚」というか、がつんとは来ないけども胃もたれもしないし、油も薄いし、落ち着いて食べられるね、みたいなね。おっさん好みの一本でありましょう。
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 この機会に申し上げておきますと、この手の映画は薦めてもらわないほうがいいように思いますね。「この手の映画」というのはすなわち、「普通に、いい映画」という種類のもの。だってこれはもう、そんなにめちゃめちゃ大絶賛しようもないし、かといってくそみそに言うはずもない作品です。長さという要素を抜けば、誰に勧めてもそこそこ面白かったと言ってくれるでしょう。一方で、あれはすごく面白かった、という感想も聞きにくいと思われます。三時間は間延びしているし、その分だけ密度は弱いし、そのくせずっと残るような濃さはないですからね。観終えたとき、どうしようかと少し困ったのも事実なのです。

 何かどこかに、過剰さを孕んだ映画。あるいは野蛮さを孕んだ映画。そういうものを、ぜひお待ちしております。



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by karasmoker | 2015-03-07 00:00 | 洋画 | Comments(2)
Commented by やまだむ at 2015-03-07 05:40 x
ご感想ありがどうございます。とても参考になりました。
知名度が低いゆえに大好きな映画なので独りよがりでは済ませたくありませんでした。

気づけば自宅にある映画円盤は景気良く人の首や体が吹っ飛び、爆発、ガンファイト、アクション、筋肉などを扱ったものがジャンル問わず山をなしており、その中で殆どが既に取り挙げられていたので、残り少ない球の中からブログ主様は西部劇に馴染みがないなどの事から選びました。

本作は結局、中国人が入らなくても馬を運ぶだけのロードムービーでちゃんと成立しますよね。それで終わりです。
おっしゃる通り本作を異色たらしめている要因はやはり中国人です。
私には中国人は単なる目新しいスパイスにしかすぎませんでした。
そうでなければ人生云々というテーマを扱った堅実なデュバル西部劇で済まされるでしょう。目新しさはないですね。
西部開拓時代の人々の生活模様を描いたドキュメンタリー風スター印の西部劇みたいな印象です。例えば、某時空ジャーナル番組の昔の人にもし高倉健が出たらみたいな感じです。(故人だけど)

人生や現実、時間の無情さ、それを伴う人生経験、振る舞い方の様なものを入れているのが本作で、このテーマを含んだ最近の西部劇で私がびびっときたのが『トゥルー・グリット』と『3時10分、決断のとき』であり、まさにこのブログで扱われていたので、どのような感想になるか急に興味がわいたので本作を推すに至ったわけです。

あと、先に書いた「それで終わり」というのはどの映画でも言えることですが、『3時10分、決断のとき』ではクロウの誘いに元歌手の彼女が乗れば彼はメキシコに逃げてベールと関わることもないです。『トゥルー・グリット』も一例としてマティが川を渡らなかったらそれで終わりです。
この三作にはそういったイフ的なものに繋げさせるような決断の線引きの顕著さが共通していると感じました。それも推した一因です。

あと、ロケは確か全てカナダなんですよね。デュバルは撮影監督かカメラマンだかに「君はたとえカナダでも見事に西部に見せてくれる」と絶賛したらしいです。

長文失礼しました。
Commented by karasmoker at 2015-03-11 23:53
コメントありがとうございます。
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