『マジェスティック』 リチャード・フライシャー 1974

ただひたすらにブロンソンを愛でるための映画
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げこ野郎さんよりオーダーいただきました。ありがとうございました。



今後のためもございますので断っておきまするに、ぼくはたとえオーダー頂いた作品であっても、自分の基準で駄目だなと思ったら酷評してしまいます。そのため、ご不快な気持ちになることがあるかもしれませんので、大好きな映画についてはオーダーなさらないのがよろしいかもしれません。それでオーダーがなくなるようであれば、それはもう仕方のないことであるとこちらは心得てございます。

 チャールズ・ブロンソンというと『狼よさらば』に出ていたのしか覚えていないような人間でありまして、それほど惹かれる俳優ではないのであります。ブロンソンが格好いいんだよねえ、を期待されてしまうとこれはもう期待に添えません。申し訳ありません。フライシャー作品というと『ミクロの決死圏』は好きだし、『ソイレント・グリーン』の悪趣味さも好きです。『絞殺魔』も観ていますがよく覚えていません。
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 さて、『マジェスティック』ですけれども、これはなんというかもう「愛でる系映画」、あるいは一種のアイドル映画ではないでしょうか。ブロンソンの男らしさを愛でたり、74年のアメリカ映画の風合いを愛でたりという部分が強くて、ぼくがここで述べてまいりました「考えさせる」というのとは系統が明確に異なりますね。すなわち、なかなかに語るのが難しい。スイカが何かの隠喩であるとか、そんな感じも別にないですし。
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 先が読めない感じは前半、結構面白く観ました。スイカ畑を管理しているブロンソンがいて、でもそこに横やりを入れてくる若者がいて、ブロンソンは逮捕されてしまって、悪人に出会ってという風にして、どこへ持っていくのかわからない不安定さが楽しみどころのひとつです。反面、敵がくっきりしてくるとどうなのやという部分もあります。
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 アル・レッティエリ扮する悪人がいて、彼の仲間が刑務所の護送車を襲撃。ブロンソンが車を奪って逃げ出して、二人の駆け引きが始まる、みたいなところが大きな展開点です。ブロンソンは警察に対し、「レッティエリを渡すから自分の罪を放免にしろ」と持ちかけ、レッティエリは「この野郎、サツに売ったな。ぶっ殺してやる」と憤慨。二人の対立が生まれるという話です。
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 うーん、ちょっとこの辺が弱くありませんか? レッティエリがどうしてもブロンソンをぶっ殺したいと思う動機が弱い気がしました。だって結局レッティエリは腕利き弁護士のおかげで、保釈されているんです。ブロンソンがいたせいで失ってしまったもの、がそこに無いんです。しかも車を奪ったのがブロンソンだったからよかった、みたいなところがありませんか? もし仮にあのまま仲間たちによってレッティエリ脱走が成功してしまっていたら、彼の合法的解放、つまり保釈は難しかったんじゃないでしょうか。なんてことを考えていくと、「ブロンソンありがとう」の成分が多分にあるうえに失ったものがなく、レッティエリの動機が薄弱なんじゃないかと思うんです。レッティエリが払うと言った25000ドルを、ブロンソンが受け取ったわけでもないし。

 要は、「殺してやる」の動機が、「なめた真似してくれたな」というチンピラ的なものでしかなく、そうなると彼という悪が小さくなり、その分だけ話も小さくなる。そこは嘘でも、ブロンソンのせいで捕まった、なんとか脱走して復讐に行く、みたいなことじゃないと大きくならないんじゃないでしょうか(それでも小さいけど)。
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で、殺してやるなら殺してやるでさっさと殺しに行けばいいのに、移民に嫌がらせみたいなことをするんです。移民、関係ないんです。あの若者は何かしら恨みを抱いているかもしれないけど、レッティエリとブロンソンの関係に移民は何の関わりもない。スイカを撃つのもそうなんです。
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 あれね、やり方が違うんです。ブロンソンを脅す目的ならあれでいいんです。ブロンソンが何かの闇を暴こうとしている、これ以上深入りするなという意味ならあのスイカ撃ちも効果的だと思うんです。あれではただ、なんか遠回りしているだけですからね。もともとぶっ殺すと言って始まっているのだからさっさと殺しに行けばよい。移民に「ブロンソンの居場所はどこだ」と脅すんですけど、そんなものブロンソンは会社としてやっているわけだから、住んでいる場所くらいさっさと特定できるでしょう。移民の連中は知りませんよ。ただ雇われているだけなんだし。
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 敵のやることが基本的にしょぼいです。収穫したスイカの山をマシンガンでばんばん撃つのですが、結局表面しか撃てていないのでそれ以外は潰れておらず、あとでブロンソンにも「割れてないのも結構あるな」みたいに言われているんです。そこはもう、あの倉庫ごと燃やすってことでいいじゃないですか。一つ残らず駄目にしてやったぜ、じゃないとあの犯行がいよいよしょぼく映るじゃないですか。もともとがスイカ畑という小さな話なんだから、その分だけ徹底的に打ちのめさなくちゃ悪人じゃないです。ただでさえ動機がゆるゆるなんだから。
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 もう徹頭徹尾、敵がしょぼい。これではブロンソンのアイドル映画どころか、ブロンソン接待映画になってしまいます。終盤、レッティエリ一味は山荘に立てこもるのですが、ここでの彼の恋人の動きにはびっくりです。茂みに隠れるブロンソンがおり、レッティエリは自分の恋人を、「あいつと話してこい」みたいな感じでブロンソンのもとに向かわせます(何を話させるのかもよくわからないうえに、この女がレッティエリたちの人数までばらしてしまうというポンコツぶり)。で、最終的には何のドラマもなく、ふわあっと女はフェイドアウトです。そこはさあ、嘘でも最後までレッティエリとともにいなさいよ。どういうラストにするのか、生かすか殺すかは自由だけど、残しておけば悲鳴を上げる役割とかにして逼迫感を強められたじゃないのさ。
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この映画の最も致命的な点は、ブロンソンが序盤のバスのシーンを除いて、絶体絶命の窮地に陥らないところです。なにしろ途中でレッティエリと遭遇し、「ふふふ、殺してやる」みたいな感じで迫られたにもかかわらず、彼をどついて気絶させてしまい、なんらピンチに陥らない。何なのでしょうあのシーンは。嘘でもレッティエリの怖さを描かなくちゃ盛り上がらないでしょう。

 結局のところ、ブロンソンが格好いいねー映画です。しかも相当甘やかされた状態で、です。仮面ライダーでももうちょっと窮地に陥ります。彼は傷ひとつ負っていません。それが良さだと言われたら、いよいよアイドルでしかないじゃないですか。これを観て「いやあ、ブロンソンは格好いいなあ」と言っていたら駄目でしょう。もしもブロンソンが好きだとしたら、ブロンソンに失礼に当たるのではないでしょうか。彼に興味のないぼくとしては、そんなことを考えてしまうのでした。

……と、言いつつも、観ていて面白くないわけではないのです。ぼうっと観ている分には風合いもいいし、カーチェイスシーンなんかも盛り込まれているし、テンポはいいから飽かずに観ることはできる。上記の数々を全部「そこがいいんじゃない!」的に受け止めることができたなら、それはそれでよいのだと思いますし、他人がこの映画を観ようとしていたら「それ、つまんないよ」と止める気にはならない。そこはもう本当に「趣味の問題」でありましょう。数々のゆるさを味と受け取り、ひたすらにブロンソンを愛でる、きっとこれが正しい鑑賞法なのであります。


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by karasmoker | 2015-05-04 00:00 | 洋画 | Comments(3)
Commented by げこ野郎 at 2015-05-07 13:05 x
ありがとうございます!
自分はブロンソンは見まくっていますが、この映画はそれ抜きにアホと堅実さの触れ幅が大きすぎてなんとも表現に困る映画でした(笑)
ストーリーも人物描写も薄いが、ブロンソンをはじめ、各種アクションや爆発などは一切手を抜いていないというこのアンバランスさが良作なのか駄作なのか、本当になんとも表現に困ります(笑)
しかも『スイカ』(笑)
スイカ農夫が自宅のスイカの為に戦うというアホ丸出しの内容ですが、これはブロンソンだから華があるのでしょうね(笑)
Commented by karasmoker at 2015-05-09 11:47
コメントありがとうございます。
Commented by Buruma at 2016-04-02 00:49 x
なかなか鋭いコメントでした。
とても為になりました。
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