『神さまの言うとおり』 三池崇史 2014

バラエティ的に、ひたすら押せばよかったのに。
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 もうすぐ園子温監督の『リアル鬼ごっこ』が封切りとなるようですが、この種、「不条理な状況における殺人ゲーム」というのはそれなりの引きがあるのであって、リアリティに重きを置くのではなく見た目の面白さに注力すればメディア的な受けもよい、というのがあるのかもしれません。

 本作は漫画を原作としていますがそちらは読んでいないので、あくまで映画の話だけをしようと思いますけれども、これはなかなかに香ばしい映画です。いろいろとっちらかっていて、なんともつっこみどころが多いですね。
 
 ただ、内容の不条理さやリアリティの無さについてつっこみを入れるという見方は、ぼくはもう興味がないんです。そうじゃなくて、全体の作りの問題がいろいろあるわけですね。ここら辺を考えていくことにしましょう。
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 映画はと言うと、登場人物の高校生たちが「だるまさんが転んだ」や「かごめかごめ」などのゲームを強いられ、妖怪的な存在にその命を弄ばれるということの繰り返しです。

 冒頭部からいきなりゲームを始めているのは大変好感が持てるんですね。余計な説明を排して、まず不条理な状況で掴みを入れる。そして少しずつかつての日常を織り交ぜておくというのはつくりとして非常にいい。
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 ゲームも面白かったんですが、あれは一種バラエティ的な面白さですね。ここがこの映画のある種の本質だと思う。この映画の何が面白いかと言えば、バラエティ的に面白いんです。バラエティ番組でもいろんなゲームが出てきますが、あれと並立する面白さがある。というか、もうこの映画はそこなんです。
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 主人公のカップルを除けば、登場人物たちへの思い入れみたいなもんはさせないつくりになっていて、最初のゲームで主人公以外のクラスメイトは全員死んでしまう。そして次から次に新しい生き残りが出てきて、また死んでいくを繰り返していきます。サバイバル要素のある映画というのはまずもって、最初に多くの人間がいて、それが次第に減っていくというつくりになりますが、この映画は仲間になった人間もばんばんいなくなっていく。ゲーム自体の面白さが優先で、人間ドラマ的なものはないのです。なくていいのです。
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 で、不条理な状況に押し込められた主人公たちとは別に、現実の状況も描かれる。実際の世の中でも怪異が起きていて、世の中がパニックになっていてというのがあるんですね。 この辺が非常にもったいないところであるなあと思うんです。

 結論を先に言うなら、この映画は要らないものを入れすぎです。外の世界を描く予算があるなら、内部だけに留めて、全部ゲームにすればよかったと思うんです。そうしたらこの映画はすごく面白くなったと思う。いやあ、もったいない。前田敦子の猫声は可愛かったし、個人的にはああいういい「おふざけ」を投入してほしかった。
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 きっと、原作にあるんでしょう、外側の世界のパニック描写というのは。でも、何巻もある漫画原作を全部入れるのは無理なんだから、面白い部分だけ取り出せばそれでよかった。はっきり言って外の世界描写は要らないし、大森南朋のところは完全に要らない。原作で大事な要素でもこの映画では何も大事じゃない。だから切ればいいんです、ばっさり。

 この映画はもうバラエティ的な勢いで押すに限る。それで100分に圧縮すればよかった。100分でゲームまみれの時間を作り出していれば、濃密な作品になったのになあと思えてなりません。途中にちょいちょい挟まれる恋愛要素みたいなもんも要らない。すごく中途半端な描かれ方だし、スピードを落としてしまうだけです。方法論としては『SAW』でいいんです。『SAW』と同じつくりで、まったく違う見栄えでやるしかない。なのに、余計なもんをいろいろ放り込んでいたのが残念です。
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 ただ、観ながらずっと感じていたこととしては、これはかなり中高生向けにカスタマイズされているなあということですね。たとえば神木隆之介のキャラクターはわっかりやすくザ・中二病じゃないですか。それにあの何の性的喜びもない恋愛にしても中高生向けですし、妙に決めぜりふっぽくしたがるのもそうだし、この映画のメインターゲットはあからさまに中高生です。そういう目線で行くと、社会を描いたのもわかるんですよ。ああ、中学生の妄想っぽいなあって。中学生には楽しい映画だったんじゃないでしょうか。にもかかわらずR15ですからこれはちょっとよくわからないですが。
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 いろいろ思わされるところの多い映画なのですが、正直、『バトル・ロワイアル』というのは本当に偉大だったのであるなあと思いますね。あれを超えようとあの手この手を打ちますけど、あれがもうひとつの答えになっていて、あとは全部亜流化してしまう。あれとは違うものをつくろうとすると、今度は要らないものを足すことになったりする。本作は「バラエティ化」という点であの映画とは違う見せ方をしていたけれど、結局はあの映画が持っていた美点をうまく超えられない。
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 原作に気を遣う必要はまったくないと思うんです。なぜなら原作というのは映画用につくられていないし、まして連載漫画というジャンルは映画とは設計思想が違います。本作を作るとしたら、殺人ゲームの部分だけを頂いて、あとは映画用に組み立てればそれでよかったんです。名もない登場人物がばんばん死んでいくところに余計な人間ドラマを入れる必要はないし、外の世界も要らない。バラエティで押して100分で収める。それができていればこの映画はもっと筋肉質な出来上がりになっていたはずです。日本映画の悪いところとはひとえに、それができぬことではないかと、少し考えたりもします。
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 勢いと不条理でただひたすらに押す。そういう映画を、観たいものであります。

 小説もよろしく!

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by karasmoker | 2015-06-26 00:00 | 邦画 | Comments(0)
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