同性婚と憲法について。

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アメリカの連邦最高裁で同性婚が合憲とされたそうです。これにより今後全米において、同性婚が認められることになるそうです。個人的にはよいことだと思います。ヨーロッパでも同性婚やパートナーシップ制度が広く認められているし、ここでアメリカにおいても認められたとなれば、日本もまたその方向へとシフトしていく可能性が、高まったと思われます。今年の4月にはこれに先駆け、渋谷区での同性パートナーシップ条例が施行されました。
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日本ではなぜ同性婚が認められないのか。というと、ここには憲法の問題があるように思われるのです。過去に何度かツイッターで述べてきたのですが、今一度ここにまとめてみたいと思います。御意見を賜れればありがたいです。

婚姻にまつわる条文として、日本国憲法第24条があります。

第1項 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
第2項 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 公布が1946年である日本国憲法は、婚姻は男女間のものである、という前提のもとに書かれたものでありましょう。言い換えれば、同性婚という概念はそこで想定されていない。「両性」という言い方がそれを示していますし、同性婚の概念があれば「両性」ではなく「配偶者同士」などの書き方がなされるはずでしょう。

 つまり、ぼくはここで考えをはっきりさせておきますけれども、現憲法下において言えば、「同性婚は合憲ではない」と考えます。「婚姻は両性の合意のみに基いて成立」であり、「両性」という言葉の辞書的意味は「男女」であるからです。

 この件につきましては、憲法学者の木村草太さんの御議論が参考になります。ブログから引用させていただきます。
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「憲法24条は、男女が婚姻する場合に、男性の一方的意思のみでは結婚できないこと、
親族会の同意等は不要であることを確認したもの、と理解されています。
 したがって、憲法24条は同性婚については何も述べていないというのが通説的な理解で、たいていの教科書・コンメンタール類でも、同性婚禁止条項だという解説はありません。

*注
 また、憲法24条は同性間で「婚姻」は成り立たないと理解(憲法24条に言う「婚姻」が同性間で成り立つというのは文言上厳しい理解)しても、同性婚契約を「婚姻」と呼んではいけないというだけで、婚姻と効果が同じ「同性婚」という制度を作ることまで違憲ということにはならんでしょう。

「同性婚については何も述べていない」「婚姻と効果が同じ「同性婚」という制度を作ることまでは違憲ということにはならんでしょう」

 なるほど、同性婚というのは「婚姻と効果が同じであるが、婚姻ではない」ということなのでしょう。ここは重要なところです。まとめるなら、

①憲法の文言上でいえば、婚姻は男女同士のものに限定される。
②すなわち同性婚は婚姻ではなく、同性婚は違憲ではない。
③しかし、同性婚は婚姻と同じ効果を有するものとして認められる。

ぼくが引っかかるのが②と③です。「AはBではなく、違憲ではない」「しかし、AはBと同じ効果を有するものとして認められる」。では、AとBは何が違うのか。この論理を許してもいいものだろうか。
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 この点においては、安倍内閣の主張する集団的自衛権行使に似たものをかぎ取ってしまいます。安倍内閣の「『集団的自衛権の行使』は、『日本を戦争する国にすること』ではなく、違憲ではない」としている。しかし、反対派は「『集団的自衛権の行使』は『日本を戦争する国にすること』と同じ効果を有するじゃないか! 憲法違反だ!」と声を上げているわけです。何が違うんだよ、と。

 少しわかりづらくなったかもしれませんが、要するに、「同性婚は婚姻と同じじゃないか! 憲法違反だ!」という論駁を、許し得るのではないかということです。安倍内閣は今、憲法解釈の問題で揺れている。現憲法は同性婚について、同じ事態を惹起しうると思うのです。時代の変化に応じて、憲法解釈を見直し、同性婚を許可する。なるほど、だとするなら、時代の変化に応じて、憲法解釈を見直し、集団的自衛権を許可することにも、一定の正当性が与えられてしまうのではないでしょうか。

 回りくどい言い方はそろそろやめにしましょう。ぼくが最も言いたいことは、とても簡単なことなのです。つまりはこうです。

「憲法24条の改正によって、同性婚を堂々と認められるようにすればいい」

「両性」ではなく、「配偶者同士」に改正すれば、上に述べたようないちゃもんは一切つけられません。「同性婚は婚姻ではない」などと抜け道的に言うのではなく、堂々と「婚姻」であると言えるわけです。

 同性婚推進の立場の人はなぜこれを主張しないのか。ぼくには大変疑問です。
 おそらく、「憲法改正」の論議に踏み入るのが嫌なのではないかと思います。
だから現憲法下で可能な主張に留まっているのでしょう。ですが、その態度はどうも、ことに左派が忌み嫌う「憲法解釈」と同じものに見えてなりません。安倍内閣にぶつけられる批判として、「憲法解釈などの手段をとるのではなく、堂々と憲法改正に踏み切れ!」というのがあります。この文言は、護憲派の同性婚推進論者にも直撃するのではないかと思います。同性婚推進の人たちはなぜ、憲法24条改正に触れようとしないのですか? それが一番の真っ向勝負じゃないでしょうか。

 そして、自民党を初めとする改憲論者が、もしも本当に憲法を変えたいなら、まずはここです。「おためし改憲」だとかなんとか揶揄されている現状がありますが、「とにかく憲法を変えるということをやりたい」だけを優先するなら、24条で先鞭をつければよいのです。24条の改正には、左派は反対できません。ただ、その改正が「保守」の仕事かどうかは、大きな疑問ではありますが。

 ところで、同性婚の推進についてぼくはなんら反対するものではありませんけれども、ひとつだけ気がかりがあります。「同性婚を認めても、社会が壊れたりする心配はないんだ」ということが言われたりしますが、偽装結婚問題はどうなのかと少し疑問なのです。
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 現在の日本においては、外国人の「偽装結婚」が行われていると聞きます。日本人の配偶者と形式だけの「偽装結婚」をする外国人がいるというのです。なぜそんなことをするのでしょう。それは、在留許可の延長や永住権獲得のためです。日本人の配偶者がいると、外国人の在留許可要件、永住許可要件が緩和されるのです。これにより、ただ日本にいたいがためだけに籍を入れる偽装結婚が行われ、その斡旋業者たちが地下経済の一端を担っているというのです。

今は男女だけです。しかし、同性婚を認めると、男性同士や女性同士でもそれが可能になります。単純に、偽装結婚がやりやすくなるのではないかと思うのです。いちいち男女の組み合わせを考える必要がなくなり、障壁が下がり、男性の暴力団員が男性の中国マフィアと取引をする幅を増やしてしまうのではないかと思うのです。中国の黒社会の人間が、日本にいやすくなってしまう可能性を、広げてしまうのではないかと思うのです。同性婚に反対したい人に、論拠のアシストをしてしまいそうですが。

 むろん、偽装結婚問題はそれ自体として対処されるべき問題なので、同性婚に反対する主たる要因にはなりません。しかし、闇の部分を考えずに光ばかりを見るのは、不誠実であろうとは思うのです。

 繰り返しになりますが、ぼくは同性婚の許可に反対ではありません。排外的観点から同性婚に反対するという立場を取るものではありませんし、結婚は個々人の意思によってなされる自由があると強く思います。一方、現在の自民党による集団的自衛権行使には反対だし、現在の自民党による憲法改正にも反対です。

ただ、同性婚の推進について、24条をかわしていこうとする態度は、いささか不思議であるなあと思います。もしあなたが、安倍内閣の憲法解釈に反対であり、なおかつ同性婚許可を認める立場であるなら(これはたぶん多くの人に該当する立場でしょう)、さて、24条にどう向き合いますか?

小説もよろしく!

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by karasmoker | 2015-06-29 00:00 | 社会 | Comments(29)
Commented at 2015-06-29 17:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by karasmoker at 2015-06-30 00:50
コメントありがとうございます。
おっしゃって頂いたのは屁理屈ではなく、むしろぼくの考えのほうが硬直的なのです。世の中には、「A=B」ではないけれども、「A=B」として扱うもの、というのはありますからね。たとえば性転換して男性から女性になり、戸籍も変更した場合がそうです。厳密にはその人は女性ではないけれども、女性として扱われる資格があるわけです。

 あえて硬直的な考えを述べたのは、集団的自衛権を念頭においてのことでした。安倍内閣のもつ解釈の「柔軟性」を批判する場合、どの程度にぼくたちは「硬直的」であるべきなのか。そしてぼくたちはどの程度に柔軟であるべきなのか。その辺りのことを、生煮えではありますが考えてみたのであります。

 ところで、『桐島』をオーダーいただきましたが、今しばらくお待ちください。かの作品は実はぼくにとって、少々触れたくない作品でもあり、覚悟がいるものなのです。理由はそのときの記事で述べようと思います。
Commented by たにぞこ at 2015-06-30 01:01 x
どうも記事の大意を読み取っていなかったようでお恥ずかしい限りです。「桐島」はいつでも構いません、楽しみにしております。
Commented by Toby at 2015-08-24 05:15 x
はじめまして。

まず、木村氏が言っているのは
① 同性婚法制化は違憲ではないよね
② 仮に違憲だと考えるとしても、同性パートナーシップ法(仮)などの制定は違憲ではないよね
……ということだと思いますよ。
その上で、木村氏は①の立場を採られているわけです。

木村氏は『同性婚というのは「婚姻と効果が同じであるが、婚姻ではない」』と考えている……とするブログ主さんの解釈は誤解ではないかと思います。


私も、憲法24条第1項は同性同士の婚姻(「同性婚」)を想定していないと思います。
しかし、単に憲法制定時に想定されていなかっただけで、禁止されているわけでもないのならば、現行憲法下でも「同性婚」の法制化は十分に可能でしょう。

例えば、日本国憲法には「動物」という文言は存在せず、動物愛護の精神も想定されてはいませんが、動物愛護法は違憲ではありません。
憲法26条では「義務教育の無償」までしか想定されておらず、現在でも高等教育は義務教育ではありませんが、高校無償化法は違憲ではありません。
憲法26条第1項を「同性婚禁止規定」「同性婚排除規定」とでも解釈するなら話は別ですが、条文策定の経緯から言ってもそのような解釈は無理筋でしょう。
(言うまでもありませんが、法制化に際しては憲法上の根拠となる条文が必要です。「同性婚」の場合は、憲法14条、13条などが根拠条文になると思います。)

ブログ主さんは集団的自衛権の議論を引き合いに出されていますが、憲法9条では戦争や交戦権が明文で禁止されているので、憲法上禁止されているわけではない「同性婚」の議論とは話が異なると思います。
(もっとも私は、現在審議中の安保法制における「集団的自衛権の限定行使」は憲法の許容範囲内にあり、違憲ではないと判断していますが……。余談ですね。)


憲法24条を改正すれば意味が分かりやすくなるというのはその通りかもしれませんが、それは「より美しい日本語の憲法を作ろう」といった程度の話にすぎないでしょう。
同性婚法制化のために憲法改正は不要だと思いますよ。
Commented by Toby at 2015-08-24 05:25 x
失礼しました。
先程のコメントについて訂正させてください。

5段落目
誤  現在でも高等教育は義務教育ではありませんが、
正  現在でも高等学校教育は義務教育ではありませんが、


投稿ついでに申し上げると、このコメント欄におけるブログ主さんの一つ前のコメントにも違和感を覚えました。
『たとえば性転換して男性から女性になり、戸籍も変更した』人物は「厳密にも女性」なのではないでしょうか(少なくともそう考えるのが、性同一性障害特例法の存在から導かれる理解ではないでしょうか)。
そのような人物を「本来的には女性ではない」「厳密には女性ではない」「元男性」などと他者が判定することは、多分に侮蔑的なものだと思います。
Commented by Toby at 2015-08-24 05:29 x
度々失礼します。
2つ目のコメント訂正です。

5段落目
誤  憲法26条第1項を「同性婚禁止規定」「同性婚排除規定」とでも解釈するなら
正  憲法24条第1項を「同性婚禁止規定」「同性婚排除規定」とでも解釈するなら

お恥ずかしい限りです。失礼しました。
Commented by karasmoker at 2015-08-25 01:11
コメントありがとうございます。丁寧な御反応をいただき、とても嬉しく思います。
「憲法制定時には同性婚が想定されておらず、ゆえに禁止されていない」という考えはわかります。ただ、動物愛護や高等教育の件と違うのは、それらが「まったく触れられていない」のに対し、婚姻に関しては「両性の」「夫婦」という、明らかに男女に限定した書き方がなされていることです(「両性」は「男性と男性」でもいいのだ、などと言い出してしまうと、これは解釈問題をこじらせるでしょう)。

 ぼくの懐疑はここにあるのです。同性婚合憲論というのはつまり、「当時想定されていなかった事柄の場合は、たとえ憲法に明記されていても無視してオッケー」というものでしょう。ここにはえもいわれぬ恐ろしさを感じるのですね。たとえば当時は想定されていなかったサイバー兵器のようなものが開発されたとして、それを使えば敵国のインフラを完全に殺せるものがあるとする。これは合憲なのか。合憲だというしかなくなる。だって、当時は想定されていないのだから。「陸海空その他の戦力はこれを保持しない」と書かれていても、「当時想定されていた戦力とは異質なものだからオッケー」とかなんとか、いくらでも言えてしまう。

 ここから「自衛隊問題」に飛躍しそうになったのですが、やめておきます。要するに、現行憲法下における同性婚合憲論というのは先々、問題を生みだしてしまうのではないかと、ぼくは危惧しているのです。それこそ、「今は想定されていない問題」を。近しい話で言えば、脱法ドラッグがありますね。「法律では禁止されていないからオッケー」として放置された結果、蔓延を招いてしまった(規制は進んでいますが)。
Commented by karasmoker at 2015-08-25 01:12
 同性婚を合憲とする考えはいわば、現憲法を無視する考えではないのか。その点で、安倍政権の違憲的振る舞いと同根にあるのではないか。そしてそれは、憲法を重んじる態度として、適切と言えるのか。ぼくが言いたかったのは、そういったことです。ぼくは憲法を重んじるがゆえに、同性婚違憲論を語ったのです。

性転換の部分は言葉足らずでした。おっしゃるとおり、「女性」というのが社会的に生成された概念であるとするなら、確かに「厳密にも女性」ですね。ぼくが用いた「女性」という単語は社会的意味のみならず、生物的意味の「雌」の部分も含んでいたのです。捕捉して言い直します。
「『女性』という単語が社会的に生成された性概念のもとに用いられるものであるとするなら、性転換手術や戸籍変更によって『女性』と認められた個人は、紛れもなく『女性』である。他方、XX染色を持たず、Y染色を持っている点で『雌』には当たらないため、厳密な生物的観点から捉えたとき、社会における多くの『女性』とは遺伝子上決定的に異なる。よって、厳密な意味で女性と呼べるかどうか、その厳密性の観点によっては疑義が挟まれるけれども、社会的な概念に限定すれば、厳密にも女性」です。「元男性の女性」と呼ぶことが侮蔑的なのかどうか、ぼくにはよくわかりません。少なくともぼく個人は誓って、「元男性の女性」を侮蔑的に捉えたことは一度もありません。何が侮蔑的で何がそうでないのか、それは多分に、文脈によるものでしょう。
Commented by Toby at 2015-08-25 06:15 x
返信ありがとうございます。


>婚姻に関しては「両性の」「夫婦」という、明らかに男女に限定した書き方がなされていることです

ご主張の趣旨に即すならば、憲法26条でも無償教育は義務教育課程に「限定」されていますが、高校無償化法は違憲の法律ではありませんよ。
ブログ管理主さんは、すなわち「憲法24条第1項は同性婚禁止規定、同性婚排除規定である」とお考えのようですが、制定当時に想定すらされていなかったものをあらかじめ禁止することは論理としてあり得ないでしょう。
(それは、製作の噂すら立っていない映画作品をレビューするのと同じことです。解釈やモラルの問題以前に、純粋に不可能な行為ですよね。)
憲法24条を同性婚禁止規定、同性婚排除規定と解釈することは無理筋だし、その意味で「同性婚」法制化は憲法問題にはなり得ないと思います。


>同性婚合憲論というのはつまり、「当時想定されていなかった事柄の場合は、たとえ憲法に明記されていても無視してオッケー」というものでしょう。

憲法は同性婚法制化について何も言及していない、というのが憲法学上の常識的な理解であり多数説です。
今年2月の参院本会議では、安倍首相も「現行憲法の下では、同性カップルの婚姻の成立を認めることは想定されていない」と答弁している通りです。
「同性婚」の禁止・排除が「憲法に明記されている」という事実は確認されないので、「同性婚」法制化は「たとえ憲法に明記されていても無視してオッケー」という話ではありません。
(憲法で明確に禁止・排除されているならば、「同性婚」法制化は当然不可能に決まっています。憲法24条を理由に「同性婚」法制化に疑義を呈すならば、憲法が「同性婚」をあらかじめ禁止・排除していることを証明する必要があるのです。)
Commented by Toby at 2015-08-25 06:17 x
(続きです。長文となってしまい申し訳ありません。)


>たとえば当時は想定されていなかったサイバー兵器のようなものが開発されたとして、それを使えば敵国のインフラを完全に殺せるものがあるとする。これは合憲なのか。合憲だというしかなくなる。だって、当時は想定されていないのだから。

一つ前のコメントでも申し上げたのですが、日本国憲法には第9条が存在することを忘れてはなりません。
自衛の措置をめぐっては、憲法9条という「戦争禁止」「戦力不保持」を規定した条文が存在し、憲法上、戦争・戦力保持はは明確に禁止・排除されています。
制定当時に想定すらされていなかった「同性婚」とは、議論の性質が異なります。

「サイバー兵器」とやらにしても、憲法の許容範囲内にある使用ならば合憲ですが、許容範囲外にある使用ならば違憲です。
憲法は「この機器は使ってはいけないが、この機器は使ってよい」などと規定しているわけではないので(それは法律レベルの話です)、その「兵器」の存在が憲法制定時に“想定されていたか否か”は合憲性をめぐる議論とは関係がありません。
(それを言うならば、「兵器」に限らず、世の中にあらゆる新しい機器やサービスが登場する度に憲法を改正しなければなりません。)
憲法上の議論となるのは、あくまでも、その「兵器」の“使用が合憲か違憲か”をめぐってのことです。


>「陸海空その他の戦力はこれを保持しない」と書かれていても、「当時想定されていた戦力とは異質なものだからオッケー」とかなんとか、いくらでも言えてしまう。

ご指摘の「サイバー兵器」とやらは、「その他の戦力」に該当するのではないでしょうかね。
あるいは、少なくとも「あらかじめ想定されていた『その他の戦力』に該当するのではないか」という議論が成立するのだから、あらかじめ想定されていない「同性婚」をめぐる議論とは性質がまったく異なります。
Commented by Toby at 2015-08-25 06:18 x
(さらに続きです。)


>近しい話で言えば、脱法ドラッグがありますね。「法律では禁止されていないからオッケー」として放置された結果、蔓延を招いてしまった(規制は進んでいますが)。

この議論と何の関係があるのか分かりません。
刑法上違法でない行為をしても処罰を受けないのは当然のことですが(だからこそ脱法ドラッグの法的規制は進められているわけですね)、そのことが憲法をめぐる議論とどうつながっているのか、私には皆目見当がつきません。


>同性婚を合憲とする考えはいわば、現憲法を無視する考えではないのか。その点で、安倍政権の違憲的振る舞いと同根にあるのではないか。そしてそれは、憲法を重んじる態度として、適切と言えるのか。

日本国憲法では、「同性婚」は想定も禁止もされていませんが(24条)、戦争・戦力保持は想定された上で禁止されています(9条)。
(現在審議中の安保法制を違憲だと考えている人たちは、安保法制が後者に抵触すると考えているのですよね。)
両者の議論は性質がまったく異なるものです。両者を混同した議論を展開することは、「憲法を重んじること」というよりも、「憲法に対する理解が浅いままに憲法問題を語る」ことではないでしょうか。


>ぼくが用いた「女性」という単語は社会的意味のみならず、生物的意味の「雌」の部分も含んでいたのです。

まさに、生まれつきの身体がオスであるかメスであるかを基準として、個人の性別の「厳密性」を区分けしてしまうことが問題なのだと思いますよ。


>「元男性の女性」と呼ぶことが侮蔑的なのかどうか、ぼくにはよくわかりません。

「元男性の女性」というのはあくまでも戸籍上の話であって、その人からすれば「過去から現在に至るまで女性」です。
本人が自虐的なネタとして「私は『元男性の女性』なんですけど〜」と名乗ることはアイデンティティ表現の一つにすぎませんが、第三者が「あいつは『元男性の女性』なんだよな」などとコメントすることは侮蔑的なことでしょう。
Commented by Toby at 2015-08-25 06:32 x
投稿ついでに申し上げると、エントリ内で触れられていた「偽装結婚」云々は、「同性婚に反対する主たる要因にはならない」どころか「反対する理由にまったくならない」と思います。
そもそもご指摘の「偽装結婚」自体が違法であるか否かが不明ですが、「Aグループの違法リスクには目を瞑るが、Bグループの違法リスクは許さない」「だから、Aグループには引き続き法的権利を保障するが、Bグループには法的権利を与えない」という論理は、「法の下の平等」を保障する国家では不成立です。

「偽装結婚」発生のリスクを理由に挙げるのならば、ブログ主さんが「疑問」を抱くべきは「同性同士の婚姻(同性婚)」ではなく「婚姻制度そのもの」でなければならないでしょう。
Commented by Toby at 2015-08-25 06:49 x
それから、ブログ主さんがツイートしていた件についても若干の解説を入れさせていただきます。
(「同性婚」法制化の議論とは直接の関係がありませんので、余談となってしまいますが。)


>ということは、自衛隊は戦力ではないので、自衛隊をどのように動かしても、交戦権を行使することにはならない。なぜなら、戦力ではないものに交戦権は行使できないからである。

憲法9条における「交戦権」とは国家の交戦権のことなので、「自衛隊が『戦力』でないならば、自衛隊が何をしたところで戦争行為になり得ない」という理屈は成り立ちません。
むしろ、自衛隊には「戦力」を行使するに至らない自衛の措置しか許容されない、というのが日本国憲法から導かれる解釈です。
(ですから、仮に自衛隊が「戦力」を有したならば、その時点で自衛隊は違憲の組織ということになります。)


>また同様に、自衛隊を用いた戦争を行うことは不可能である。なぜなら自衛隊は戦力ではないからである。ゆえに、自衛隊がいくら他国に攻撃を仕掛けても、それは戦争ではないのである。戦力ではないのでそもそも戦争などできないのである。

これも先程申し上げたこととまったく同様で、日本国は自衛隊を用いて「戦争」をすることが物理的には可能だとしても、憲法上不可能です。
「自衛隊が他国に攻撃を仕掛けること」は日本国による他国への侵略戦争なので、違憲行為であると同時に、国際法上の違法行為です。
「自衛隊は戦力ではないので、戦争をしても戦争をしたことにはならない」という理屈は、失礼ながら、言葉遊びにもなっていないように思われます。


>ゆえに、自衛隊はいまや脱憲法的存在なのであり、憲法論議自体が無効になる。ゆえに、安倍政権のたくらみが違憲であるとすることができなくなる。これまた、政治的な考えではなく、リテラルな理路である。

ブログ主さんは「自衛隊違憲論」を支持しているということでしょうか。
それならばそれでも構いませんが、あくまでも自衛隊は憲法前文と第13条からその存在の正当性を根拠付けられていること、すなわち、「憲法論議」の上で合憲性が議論されてきたことは理解してもらいたいと思います。
Commented by karasmoker at 2015-08-25 16:44
逐一のご指摘、とてもありがたく感じております。なにしろ話し相手の乏しい身でありますゆえに、嬉しい限りであります。長くなってしまいますが、読んでもらえれば幸いです。

>憲法26条でも無償教育は義務教育課程に「限定」されていますが

 というのは、「義務教育は、これを無償とする」の部分ですね。これならわかるのです。これなら、「高等教育については何も言及していない」という言い方は成り立つし、その意味で高等教育無償化の違憲性など、一切問題にならない。他方、24条のほうはというと、「両性の合意のみに基いて成立」となっている。両性とは男女を差すのは明白でしょう。つまり婚姻が成立するのは、「男女の合意のみ」であると。こうなると、限定の度合いが異なるのではないでしょうか。 
Commented by karasmoker at 2015-08-25 16:44

>今年2月の参院本会議では、安倍首相も「現行憲法の下では、同性カップルの婚姻の成立を認めることは想定されていない」と答弁している通りです。

 首相答弁の細かい文脈がわからないので恐縮ですが、朝日新聞の記事に頼れば、「首相は『同性婚を認めるために憲法改正を検討すべきか否かは、我が国の家庭のあり方の根幹に関わる問題で、極めて慎重な検討を要する』とも述べた」としており、記事の内容から察するに、どうやら首相は同性婚に否定的な立場を取っているようです。「認めることは想定されていない」という言葉を素直に受け取るなら、「認められていない」の意味になるのではないでしょうか。
Commented by karasmoker at 2015-08-25 16:44
>「同性婚」の禁止・排除が「憲法に明記されている」という事実は確認されないので、「同性婚」法制化は「たとえ憲法に明記されていても無視してオッケー」という話ではありません。

やはりここなのですね。「両性の合意のみ」の力点が、「合意」のほうにあり、一方的な婚姻は駄目ですよ、という意味合いなのだろうということはわかります。当時想定されていないから、禁止ではないという言い方もわかる。ただ、少なくとも日本国憲法は、「両性」「夫婦」という言葉からしても、当時の価値観からしても、婚姻を「男女のもの」として明確に規定している。
Commented by karasmoker at 2015-08-25 16:45
 ぼくが引っかかっているのは、やはり記事で述べたことです。同性婚は当時想定されていなかった、禁止じゃないし排除されてもいない、だから違憲ではない。そんな風に物語るのではなく、同性婚肯定派は真っ向から、堂々と合憲だと言えるように、24条の改正を訴えればよいと思うのです。同性婚論議がもっと盛んになれば、たとえばぼくのようなツッコミをして、とやかく言い出す連中も出てくるでしょう(現に首相答弁はそのように読めます)。そういう人間がぐうの音も出ないような条文をつくろうという動きに、なぜならないのか。同性婚を想定していない憲法ではなく、同性婚を想定して許可する憲法へ。憲法規定外のこととして下位法で認める社会ではなく、憲法に明示されて肯定されている社会へ。そういう風になっていないことが疑問なのです。「より美しい日本語の憲法をつくろう」という話ではないのです。同性婚は今、いわば「脱憲法」的位置に置かれている。そうではなく、文字通りの合憲にするほうが、実りあるのではないかと思うのです。

 なぜその議論をしないのか。そこにはやはり、「改憲論議」を生み出すことが怖いという護憲派的意図があるのではないか。だとするなら、同性婚にまつわる議論もまた、それとは別の政治的意図とともに語られてしまうのではないか。もしそうではないとしたら、なぜ改憲を考えようとしないのか。ここがぼくにはわからないのです。

 憲法9条との違いについては、大変勉強になりました。今後、日々ものを考えていくうえで、大きな糧となりました。どうもありがとうございます。
Commented by karasmoker at 2015-08-25 16:45
さて、本筋とはそれますが、言及していただいたところについて述べたいと思います。
 
>「元男性の女性」というのはあくまでも戸籍上の話であって、その人からすれば「過去から現在に至るまで女性」です。本人が自虐的なネタとして「私は『元男性の女性』なんですけど〜」と名乗ることはアイデンティティ表現の一つにすぎませんが、第三者が「あいつは『元男性の女性』なんだよな」などとコメントすることは侮蔑的なことでしょう。

ここがよくわからなかったのです。
 確かに、その人の自意識からすると、「過去から現在に至るまで女性」という場合も多いと思います。しかし、客観的な男女の分類からすれば、そこにはどうしても「元男性」であることは拭えないのではないでしょうか。残念ながら我々は他者を判断するとき、戸籍や外形的特徴に基づいてしか男女をはかれないし、その人が社会的に男性として認識されていた過去は消せません。「厳密には女性ではなかった」のは、本人の自意識は横におくとしても、社会的には事実なのです。「女性」というものが、社会的に生成された概念であるならばなおのこと、です。
 それでいいじゃないか、とぼくは思うのです。本人が「元男性」であることを物語るのが、「自虐的なネタ」とおっしゃる考え方のほうが、むしろ侮蔑的に思えてしまうのです。なぜそれが「自虐」なのでしょう。「私は東京都出身の女性です」「私は元看護師の女性です」とまったく同じところに置いてもいいのではないか。そして第三者は、「彼女は東京都出身だな」「彼女は元看護師なのだな」、そして「彼女は元男性なのだな」と語っていいのです。「社会的に男性であった過去」をタブー化する必要を、ぼくは感じません。それはその人が生きてきたことをも否定するように思えてしまうのです。その態度を一概に侮蔑的とされるのには、疑問を感じます。
Commented by Toby at 2015-08-25 21:00 x
返信ありがとうございます。


>他方、24条のほうはというと、「両性の合意のみに基いて成立」となっている。両性とは男女を差すのは明白でしょう。つまり婚姻が成立するのは、「男女の合意のみ」であると。こうなると、限定の度合いが異なるのではないでしょうか。 

ブログ主さんも示唆しているように、「同性婚」は憲法制定時に想定されておらず、想定されていないものをあらかじめ禁止することは純粋に不可能です。
「両性の合意のみに基づいて」という文言は、あくまでも戦前の家制度を否定したものであり、女性の「婚姻の自由」を男性と同権のものとして保障するためのものです。以上の24条策定の経緯に関しては、もはや議論の余地はないでしょう。
いわば、ここでの「のみ」は「両性間=異性間」ではなくあくまでも「合意」にかかっているのであって、憲法24条を同性婚禁止規定と解釈することは無理筋です。「憲法24条―同性婚」の関係は「憲法26条―高校無償化」の関係とまったく同趣旨であり、根拠条文さえあれば、同性婚の法制化は現行憲法下で十分に可能であると解釈するのが自然でしょう。
憲法24条第1項を、家制度を否定したものではなく同性婚禁止規定だと解釈するならば、逆に、なぜあらかじめ想定すらされていないものを禁じることができるのか、その理屈を教えてもらいたいです。また、憲法草案作成の過程において、どのような経緯があって同項が“同性婚禁止規定として”盛り込まれることになったのかを教えてもらいたいです。
動物愛護法や高校無償化法を違憲だとは考えない人が、どうして同性婚の法制化を違憲だと考えるのか、私にはまったく理解できません。
Commented by Toby at 2015-08-25 21:01 x
(続きです。)

>記事の内容から察するに、どうやら首相は同性婚に否定的な立場を取っているようです。「認めることは想定されていない」という言葉を素直に受け取るなら、「認められていない」の意味になるのではないでしょうか。

過去に昭恵夫人へのインタビューでも語られていたことですが、言わずもがな、安倍首相自身は、個人の政治姿勢としては「同性婚」に極めて慎重な立場でしょうね。そのことについては、ここで何らかの言及をするつもりはありません。
憲法に話を戻すと、憲法制定当時は「同性婚」自体が想定されていなかったのだから(憲法草案を作成した米国にも「同性婚」制度やそれに準ずる制度はありませんでした)、「認めることは想定されていない」のは当然でしょう。
憲法上「認められていない」ことと憲法上「禁じられている」ことはまったく異なる趣旨であり、「認められない」を「禁じられている」と曲解する行為は許されません。


>ただ、少なくとも日本国憲法は、「両性」「夫婦」という言葉からしても、当時の価値観からしても、婚姻を「男女のもの」として明確に規定している。

ブログ主さんは、事実判断と価値判断を混同しているようです。
繰り返しになりますが、「想定されていなかった」ことは「禁じられている」ことを意味しません。これまで「男女の婚姻」しか法的に保障されてこなかったことや、「男女ペア」として一般に「夫婦」が認識されてきたことは、これからも現憲法下でそのような保障しか許されないことを意味しないのです。
「婚姻」を「男女のもの」と限定した想定が不合理であることが確認される以上、権利保障の範囲を現実に合わせて適正化することは、むしろ憲法の要請でしょう。
Commented by Toby at 2015-08-25 21:01 x
(続きです。)

>そんな風に物語るのではなく、同性婚肯定派は真っ向から、堂々と合憲だと言えるように、24条の改正を訴えればよいと思うのです。

おっしゃっていることの意味が分かりません。
私は現行憲法に基づき、「真っ向から」「堂々と」、現行憲法下における「同性婚」法制化が合憲であることを説明しているのですが……。
現行憲法下では「同性婚」を法制化できないというのは、「高校無償化法は憲法26条違反」と同趣旨のあなたの思い込みなので(だからこそ私は、ブログ主さんが「高校無償化法は合憲」と判断していることをダブルスタンダードだとみなしています)、だからこそ私は、「同性婚」法制化のために憲法改正が不要であることを説明しています。
自身が納得できないからといって「つべこべ言わずに憲法改正しろ」などと言い返すのは、相手の主張を受けた反論というよりも、もはや感情的反応でしかないと思います。


>同性婚論議がもっと盛んになれば、たとえばぼくのようなツッコミをして、とやかく言い出す連中も出てくるでしょう(現に首相答弁はそのように読めます)。そういう人間がぐうの音も出ないような条文をつくろうという動きに、なぜならないのか。

憲法24条第1項を同性婚禁止規定だと誤解している人がいるならば、誠実かつ丁寧に説明していけばよいだけでしょう。
「このレストランでの私語が許されるならば、店の看板には『私語OK』と大々的に掲げろ!」という個人のクレームに、レストラン側が隷従しなければならない理由などないはずです。
Commented by Toby at 2015-08-25 21:02 x
(続きです。)

>同性婚を想定していない憲法ではなく、同性婚を想定して許可する憲法へ。憲法規定外のこととして下位法で認める社会ではなく、憲法に明示されて肯定されている社会へ。そういう風になっていないことが疑問なのです。「より美しい日本語の憲法をつくろう」という話ではないのです。

それは、「憲法の国語をより美しくしよう」という話にすぎません。
本来的に憲法は個別の法制度を逐一例示するような性質のものではないし、日照権や環境権、高校授業料無償化や動物愛護など「明示されていない権利・義務」は数え上げたらキリがないし、憲法制定時にそれらが想定されていなかったからといってそれらが「劣った権利」「肯定されていない権利」として扱われるわけではありません。
婚姻制度にしても、単に憲法上保障されているだけでは実効性はなく、憲法という最高法規と比較すれば「下位法」である民法の存在ゆえに、法制度として成立しているのです。
たとえ憲法制定時には想定されていなかったとしても、個別の法制度において法的権利は整備されていればよいのですし、逆に言えば、憲法上の明示の有無ではなく、あくまでも個別の法制度においてこそ法的権利は整備されている必要があるのです。


>なぜその議論をしないのか。そこにはやはり、「改憲論議」を生み出すことが怖いという護憲派的意図があるのではないか。だとするなら、同性婚にまつわる議論もまた、それとは別の政治的意図とともに語られてしまうのではないか。もしそうではないとしたら、なぜ改憲を考えようとしないのか。ここがぼくにはわからないのです。

Windows8でできることなのに、パソコンをWindows10にアップデートしなければならない理由が分かりません。
ましてや、憲法はパソコンとは異なり、「新しいものは良いもの」と言えるものではありませんし、「古いから悪いもの」と言えるものでもありません。「新しいものは悪い」と言えるものでもなければ、「古いから良いもの」と言えるものでもありません。
「改憲論議」はそれはそれとして展開すればよいだけであって(余談ですが、私個人も別に「護憲派」というわけではありません)、「改憲論議」に「同性婚」問題をいたずらに巻き込む人こそ、隠された「政治的意図」の存在を疑われてしまうのではないでしょうか。
Commented by Toby at 2015-08-25 21:03 x
(続きです。)

>しかし、客観的な男女の分類からすれば、そこにはどうしても「元男性」であることは拭えないのではないでしょうか。残念ながら我々は他者を判断するとき、戸籍や外形的特徴に基づいてしか男女をはかれないし、その人が社会的に男性として認識されていた過去は消せません。「厳密には女性ではなかった」のは、本人の自意識は横におくとしても、社会的には事実なのです。「女性」というものが、社会的に生成された概念であるならばなおのこと、です。

ブログ主さんは、以前、「(その人は)厳密には女性ではなかった」ではなく、『厳密にはその人は女性ではないけれども、女性として扱われる資格があるわけです』と記していたはずです。
性転換手術をした人が、かつて戸籍上「男性」だったことは私も否定しませんが(それは単なる事実判断です)、ブログ主さんの場合は、「元男性」であったか否かを「現在、厳密に女性であるか否か」の基準として設定しているはずです。
(だからこそ、現在の視点で「厳密にはその人は女性ではないけれども、女性として扱われる資格がある」と記していたはずです。)
「その人」は、自らの意思で生まれつきの戸籍上の性別を選んだわけではありません。不本意にも「厳密には女性ではない」状況が存在していたからこそ、「その人」は、自らの性自認にしたがって身体や戸籍を「適正化」したのです。
しかしながら、ブログ主さんの「厳密にはその人は女性ではないけれども、女性として扱われる資格がある」という文章は、過去ではなく現在の視点に立った上で、過去の事実を材料にして個人の性別の「厳密性」を価値判断しているものとしか見受けられません。
Commented by Toby at 2015-08-25 21:03 x
(続きです。)

>本人が「元男性」であることを物語るのが、「自虐的なネタ」とおっしゃる考え方のほうが、むしろ侮蔑的に思えてしまうのです。なぜそれが「自虐」なのでしょう。「私は東京都出身の女性です」「私は元看護師の女性です」とまったく同じところに置いてもいいのではないか。

私は、「その人」が自身の過去の戸籍上の性別を述べることは「自虐的なネタ」でしかない、などということは一切申し上げていません。
例えば、本人が「私は『改造済み』だから」などというネタで笑いを取ろうとすることと、第三者が「あの人は『改造済み』だから」などというネタで笑いを取ろうとすることは似て非なる行為であることを指摘したのです。
単に「私は元男性です」という発言だけでは「ネタ」になり得ないのは当然でしょう。


>「社会的に男性であった過去」をタブー化する必要を、ぼくは感じません。それはその人が生きてきたことをも否定するように思えてしまうのです。その態度を一概に侮蔑的とされるのには、疑問を感じます。

これも同様で、私は、「その人」自身が自身の過去について言及することを「タブー化」すべきなどということは一切申し上げていません。
過去の身体や戸籍を材料にして「あいつは女性として扱われる資格はあるが、厳密には女性ではない」などと指し示す行為を、私は「侮蔑的」だと申し上げているのです。


(以上です。)
Commented by karasmoker at 2015-08-25 23:17
コメントありがとうございます。自分の放言に対し、つぶさにご指摘いただける機会は大変にまれでありまして、自分の不勉強と言葉づかいのいい加減さを痛感する限りであります。

 同性婚は憲法制定時、想定も禁止もされていないので違憲ではない=合憲である。
 この指南をいただいたとき、ぼくの頭には再び集団的自衛権をめぐる論議が持ち上がってくるのですね。そして、安保法制が違憲であると思ってきたぼくの考えはぶらされることにもなりました。

 9条において、戦争と武力の行使は禁止されている。戦力も認めないとしている。しかし他方、自衛のための措置は禁止されておらず、自衛隊の存在も許されている。だとすると、集団的自衛権はどうなってしまうのか。集団的自衛権は、想定も禁止もされていなかったのではないか。ここで、「いや、戦争と武力の行使は禁止なのだから違憲だ」ということもできるけれど、「自衛のための措置に関しては許されるのだから合憲だ」とも言えてしまう(現に政府がそう言っている)。憲法は自衛のための措置について何も言っていないので、「同盟国を守ることは自衛の措置の範囲内」ということになるのではないか。こう考えていくと、安保法制違憲論に素直に賛成することが難しくなってくるのです。

 記事でも述べたとおり、ぼくは同性婚には反対ではありません。多くの人もそうでしょう。そして、ぼくは安保法制は違憲だと思っていたし反対です。多くの人もそうでしょう。しかし、果たしてそういう立場が成り立つのかどうか。憲法を自分の都合の良いように解釈してはいないか。同性婚の合憲性を認めるなら、安保法制の合憲性も認めなくちゃいけないのではないか。そういったことを、考えさせてもらう契機となりました。
Commented by Toby at 2015-08-26 06:58 x
返信ありがとうございます。


>だとすると、集団的自衛権はどうなってしまうのか。集団的自衛権は、想定も禁止もされていなかったのではないか。

「個別的自衛権」「集団的自衛権」とは、あくまでも国連憲章上・国際法上の用語であって、特に「集団的自衛権」についてはその定義も複数存在します。
政府によれば、現在審議されている安保関連法案は、「他国を守るために他国を守る」権利としての「集団的自衛権」を自らに認めたものではなく、「自国を守るために他国を守る」権利としての「集団的自衛権」を自らに認めたものであって、少なくとも政府の説明する論理においては、同法案は「違憲」ではありません。
(もっとも、日本国が「自衛の措置」を取ることすら憲法上不可能であると解釈するならば、議論は根底から噛み合わなくなってしまいます。)

以上の政府の説明をどのように判断するか、受け入れるか拒絶するかは各自の判断です。
しかし、政府はあくまでも憲法9条(戦争・戦力保持の禁止規定)との兼ね合いから「今度の『集団的自衛権の限定行使容認』は違憲ではない」「今度の安保関連法案は違憲ではない」との論理を導き出しているのであって、「憲法で明示的に禁止されていないことであれば、国家は何をしても許される」という乱暴な論理を振りかざしているのではありません。
(一部の政治家や評論家らには、そのような乱暴な主張を展開する人もいますが……。)
すでに申し上げた通り、「同性婚」についても、単に「想定されていない」から法制化が可能になるのではなく、立法に際してはあくまでも憲法上の根拠となる条文が必要です(「同性婚」の場合は、憲法14条や13条が根拠条文となると考えられます)。
Commented by Toby at 2015-08-26 06:59 x
(続きです。)


>憲法は自衛のための措置について何も言っていないので、「同盟国を守ることは自衛の措置の範囲内」ということになるのではないか。こう考えていくと、安保法制違憲論に素直に賛成することが難しくなってくるのです。

私は、ブログ主さんに安保法制の賛否いずれかの判断を促す者ではありません。
「今度の安保関連法案が合憲か違憲か」については、「自衛の措置」と憲法9条との関係を見極めた上で、あくまでも各自が個別に判断すればよいと思います。
(少なくとも、「自衛の措置」と冠せばあらゆる行為が許されるという話ではありません。)
(ちなみに、「自衛の措置」の根拠条文は憲法前文や13条です。)


>しかし、果たしてそういう立場が成り立つのかどうか。憲法を自分の都合の良いように解釈してはいないか。同性婚の合憲性を認めるなら、安保法制の合憲性も認めなくちゃいけないのではないか。

すでに何度か申し上げた通り、「同性婚」は現憲法下で想定も禁止もされていませんが、防衛・安全保障政策は憲法上の禁止規定に抵触する可能性があり得るものです。
高校無償化法の合憲性と「同性婚」の合憲性はリンクしているとしても、「同性婚」と「安保法制」とでは憲法上の禁止規定との関係が異なるのだから、「同性婚」の合憲性と「安保法制」の合憲性はリンクしていません。
(現憲法に「同性婚」禁止規定が存在すると考えるならば話は別ですが、憲法24条第1項を「同性婚」禁止規定と解釈することが無理筋であることは指摘した通りです。)
また、もしも、相手の主張に対して「あなたにとって都合の良い解釈にすぎないのではないか」と疑義を呈すならば、それを「都合の良い解釈」にすぎないと判断した理由を説明しなければならないでしょう。


(以上です。)
Commented by karasmoker at 2015-08-26 21:38
コメントありがとうございます。
これまで、Tobyさんほど真摯に、かつ詳細に解説してくれる方はいらっしゃいませんでした。ぼくとしては、今回はとても有意義なやりとりでありました。今後同性婚論議が盛り上がったとき、そして24条が取り沙汰されるときがもしもあったときに、有用な問答集になるのではないかとも、勝手に考えたりしています。どうもありがとうございました。
Commented by Toby at 2015-08-27 21:55 x
返信ありがとうございます。

こちらこそ、突然かつ長文のコメントに対し、丁寧にご返信いただいたことを感謝申し上げます。
言葉足らずの点も多々あったかと思いますが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今後ともブログ主さんのご健勝をお祈りしております。
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