『ラブ・アクチュアリー』 リチャード・カーティス 2003

多幸感系。切なさはスパイス程度で。
d0151584_16514481.jpg







 ヒュー・グラント、キーラ・ナイトレイ、アンドリュー・リンカーン、コリン・ファース、リーアム・ニーソンそのほか、十名以上のメインキャストによるアンサンブル型ラブストーリー。

 アンサンブルの利点は、ひとつひとつの物語を要点のみ抽出して、組み立てられること。そしていくつもの物語を取り入れることで停滞を防ぎ、観客の興味を持続させやすいことなどが挙げられます。 

 舞台はイギリスで、ストーリーは多層的です。
①首相と秘書、②小説家と家政婦、③新婚夫婦の妻と、友人の男、④会社の社長とその妻、そして不倫相手の社員、⑤イケメン男性社員と地味な女性社員、⑥妻を亡くした男、⑦妻を亡くした男の息子による幼い恋愛、⑧濡れ場のスタンドインで疑似セックスを行う男女の役者、⑨過去に成功を収めたロック歌手の老人、⑩恋を求めてアメリカへ旅立つ若者。微妙に絡み合う構成を取りながら、各々は独立したシーンを紡いでいくスタイルです。
 
 構成上、ひとつひとつに長い時間は割けませんので、各々の話のハイライトだけを切り取っていくわけです。であるがゆえに、物語はかなり省略的に描かれることになっています。

 恋愛映画というと、「うまくいっていた男女の関係が壊れ、その後のなんやかんやでまた関係を修復する(危機の超克)」というタイプや、「片思いの相手をどうにかこうにか振り向かせる(関係の構築)」などのタイプが広く見受けられ、そこの山あり谷ありを描くものですが、この映画のひとつひとつにはその要素は薄いです。

 たとえば⑧はまったく恋愛の危機を迎えることもないままに、疑似セックスの仕事における会話を通して、親しくなっていくだけ。びっくりしたのは⑩で、イギリスからアメリカに渡った若者は、たまたま行き着いた酒場で美女三人に出会うのですが、はじめからモテモテになります。これは何かあるに違いない、危険な目に遭うぞ、と誰しもが思うような展開なのですが、なんと何の事件も起きず、楽しく相手を見つけて帰ってくるのです。あんなにうまく行くならはじめからイギリスでモテていてもよかったのに、と思わされます。⑩に関していえば、物語としてほとんど成立していないレベルですが、「とにかく飛び出せばいいことあるぜ!」というのがこの筋のメッセージでありましょう。

 ⑨においても、既に全盛期を過ぎたロートル歌手なんです。歌詞だけ変えて昔のヒット曲をリリースし、そのうえ本人はその曲をぜんぜんよく語ろうとしない。世間的にも、受け入れられにくいような言動を働きます。にもかかわらず、終盤では大ヒットして大成功、みたいな終わり方。

①に関しては一度、二人が離ればなれになるものの、その要因も非常に不明瞭なものであるうえ、首相という設定がリアリティを持って語られるものでもなく、単に物語を先延ばしにする遅延的な構成でしかない。④は不倫相手の存在によって、熟年夫婦に危機が起こる展開もあるんですが、感情が爆発するのはただ妻のほうの涙のみで、男のほうはなんとなくの格好で、不倫の終わりを約束するだけ。

 ②は愛を実らせる話、⑦は愛を告げる話で、この二つは片思いの成就のような展開になりますが、気になったのは⑤です。地味な女性社員がイケメン男性社員に恋をし、結ばれかけるのですが、彼女には心を病んでいる弟がいて、せっかくのベッドインも邪魔されてしまいます。結局、男性社員と彼女は結ばれなかったことがほのめかされ、話からもフェードアウトしてしまう。この意味がよくわからない。

 多幸感みなぎっている映画において、⑤のような暗い要素を入れているにもかかわらず、一切救おうとしていない。まるで、みんなは幸せになったけど彼女と病気の弟だけが、放っておかれたような格好です。どういうつもりなのかよくわからない。なんなら、この映画で一番救われるべきなのは彼女であろうのに。病気の弟が電話で「パーティをしてる」的なことを言わせたみたいですが、なんとも「救ったそぶり」のエクスキューズ

 ことほどさように、ひとつひとつを取り出すと物語的快楽はきわめて薄く感じられてしまうのですが、世間の皆様の評価はすこぶる高いもののようです。先ほど「多幸感」という言葉を使いましたけれども、この映画はそこを刺激してくれるのかなと思います。要するに、恋愛にまつわるリアルな悩みみたいなものだったり、複雑な感情だったりというのは、多少描かれこそすれあくまでも「切なさ」のスパイスであり、スイカの甘味を引き立てる塩程度のものに過ぎない。首相のリアリティのなさがこの映画のトーンを示しているのであり、この映画にリアルな痛みなどを求めるのは甚だ間違っているというわけです。

 切なげなスパイスを横目に観た上で、こういう素敵さもあるよね、それからこういう素敵さもあるよね、というものを少しずつ見せていくことで、観る者に多幸感を与える仕様となっています。ぼく個人は惹かれませんが、こういう映画も人気を集めるのだなとわかったのは勉強になりました。やはり暗い気持ちだけではやっていられません。物語的な定石を念頭に置くと、随所随所で肩すかしを食らってしまいますが、「世界をとにかく肯定しようじゃないか、称揚しようじゃないか」という、限りなくポジティブな映画であろうと思います。これを観て素直に楽しめるのは、あなたが幸せな証拠であると申し上げていいでしょう。

[PR]
by karasmoker | 2016-05-28 00:00 | 洋画 | Comments(0)
←menu