『ニュースの天才』 ビリー・レイ 2003

嘘というのは、それだけで物語。
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 原題『Shattered Glass』
 1998年に実際に起こった事件をもとにした映画です。有能な雑誌記者が、実は捏造を繰り返していたという事件で、本作ではその顛末が描かれています。

 ヘイデン・クリステンセン扮する主人公が、スティーブン・グラス。若手の彼は社内でも信頼が厚く、ヒット記事を飛ばす有望株。母校に出向いて後輩たちに、記者の心得を説いたりなど、セットアップでは絶好調の状況が描かれます。

惜しむらくはこのセットアップ。少しでも「凶兆」を仕込んでおくべきだったように見受けます。絶好調ぶりがわりと長く描かれるのですが、その中で不穏さがあまり香ってこないんですね。「この記事って本当なの?」と、たとえば同僚あたりにわずかでも疑いのそぶりを入れておけば、緊張感がより高まったのではないかと思います。

 彼の小さな失敗が出てくるのは、冒頭15分頃。記事に誤りがあって、そこを編集長に指摘される。これはいわば凶兆ですが、1時間半の話ではもう少し先に置いてほしいところでした。そして、彼がどれくらい活躍しているのかは、実のところあまり見えないんですね。社内では同僚たちから信頼されているのがわかりますが、その活躍ぶりと実社会のつながりがもうひとつ見えにくい。実話なので仕方ない部分もあるのでしょうが、彼をもっとヒーロー的に描かないと、終盤との落差が出にくいんです。第一幕の彼は単に、「わりとできる人」くらいにしか見えてこない。

第二幕への移行点は、編集長の交代です。信頼していた編集長が社長と衝突して現場を去り、代わってその座に着いたのが同僚のピーター・サースガード。彼は職場でもそれほど目立つ働きをしておらず、同僚からはあまり信頼もない男でした。

 最終的に、主人公の嘘を暴くのは彼です。だから映画としては、彼を第一幕でもっと印象的に描いておく必要がありました。「数いるうちの同僚の一人」程度でしかなく、実際そうだったかもしれませんが、もっと主人公と対比させておくほうがメリハリが利いたはずです。

 話が大きく転がるのは、主人公の飛ばしたあるスクープ記事。これを発端に、別の雑誌社が動き始めます。彼の記事が嘘であることが、次第に暴かれ始めます。記事に出てきた会社が実在していないとばれたり、取材したはずの人物がいなかったり、そういう経過が描かれていくのが第二幕。そしてついに、嘘を白状する次第となります。

 嘘が露見していく中で、なんとかして取り繕おうとするあたりは、リアルな印象を受けました。「自分は騙されていたんだ」と、最初は被害者を装おうとしたりですね。ただ、上に述べたとおりで、第一幕との対比がちょっと見えづらい。わりと流れるように進んでしまうんですね。お話自体は大きくなくとも、見せ方によってはもっと彼を大きく見せられたのではないかと思います。実話なので確かにさじ加減が難しいんですが、それが薄いと彼の転落劇がやや薄まってしまう。主人公が信頼していた編集長というのも出てきますが、彼の印象もさほど強くない。

 この映画に弱点があるとすれば、ひとつにはキャラクターの描きわけの部分です。後輩たち一人一人の印象も薄いし、鍵となるサースガードも役割的になっている。個々人の性格付けや個性があまりはっきりしていないので、人間ドラマの部分はどうしても弱い。

 だから終盤、主人公の同僚の女性が、彼を救うためサースガードにぶつかる場面も、あまり効果的ではない。個々のキャラクターを軽んじたツケは、後半で払わされてしまうのですね。女性の同僚記者を二人置いておいたのだから、あの辺はもっとキャラづけをすべきだったと思います。

 面白い仕掛けとしては、映画で描かれていたことが、妄想だとわかる場面。学校で生徒たちに向かい、得意げに喋っていたあの時間はすべて、妄想だったのだとわかる。ニュースの捏造を映画とリンクさせたあのアイディアは、とても素晴らしいと思いました。劇中、彼が取材したという場面がいくつか出てきますが、あれなども効果的な仕掛けですね。観客もまた彼に騙されてしまうという形で、メタ的な仕掛けを施している。こういうのはたいへん好もしい。

 実話を描いているので、ある程度抑制的にならざるを得なかった部分もあるのでしょうかね。特にこの映画は「嘘つきが落ちていく」話なので、作り手自身が行う脚色の幅も、それなりに慎重でなければならなかったでしょうし

 それにしても、嘘や捏造というのは興味深いテーマです。たとえばこの映画の場合、舞台は1998年で、ネットも今ほど普及していなかった。だからこそ成立している話であり、現代で同じことをすればすぐに露見してしまうでしょう。そして、ネットのなかった時代にはそれこそ、嘘が実際の出来事としてまかり通り、今もなお信じられているなんてものも、きっとあるのでしょう。

 じゃあ現代では嘘や捏造はすぐに暴かれるのかといえば、必ずしもそうではない。芸能人や科学者の嘘が話題になったりしますが、露見していない嘘も、この世には山ほどあるはずです。誰しもが多かれ少なかれ嘘をついており、それは場合によっては「良い嘘」であったりもするのでしょう。嘘というのはその大小を問わず、それだけで物語になるテーマだなあと、思わされる一本でありました。映画を見終えたあとで考えてみると、この『ニュースの天才』という邦題も若干、嘘ついてる感がありますねえ。

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by karasmoker | 2016-05-31 00:00 | 洋画 | Comments(0)
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