『ベイブ』 クリス・ヌーナン 1995/『ベイブ 都会へ行く』 ジョージ・ミラー 1998

物語の面白さは、規模に比例しない。
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 そういえばきちんと観ていなかったな、と気づく有名作品シリーズ。パッケージでも一瞬でわかる、豚のお話です。

 童話的なオープニングロールのあと、暗い養豚場の様子が映し出されます。この映画の最初の美点はやはり、豚という生き物の家畜性をちゃんと描いているところですね。オープニングの画にも、豚の解剖図が描かれていたりするし、「喰われる運命にある」動物だというのを、ごまかさず描いている。この点はとても好もしいところです。

 ベイブは偶然にもその養豚場から連れ出され、ジェームズ・クロムウェル演ずるホゲットおじさんに連れられていきます。彼は牧場を営んでおり、ベイブはそこで様々な動物に出会います。

 90分少々の短い映画ですが、合間合間で細かい章立てがなされていて、テンポよく進んでいきます。ベイブはアヒルのフェルディナンドと仲良くなったり、羊のメーと仲良くなったり、牧羊犬に目をかけられたり、動物たちとの関係を築いていく。

 サスペンスとして機能しているのは、牧場を営む夫婦の話です。
 彼らはとても善良な人なのですが、育てた動物を食べるということには遠慮もなく、ベイブもやがては食べられてしまうのでは、という凶兆が機能するわけですね。この映画がいいのは、彼らが決して悪人ではなく、普通の人間であるところ。ためらいもなく肉食に勤しむ人の日常を照らし、観客自身の生活をも照らし出すところ。

 子豚という生き物の特性を、うまく切り取っているのが素晴らしい。動物たちの間でも馬鹿にされているんですね。でも、彼らとわかりあったり助け合ったりしながら、やがて仲間になっていく。その過程でも過度な擬人化をしていないのが実に正しい。言ってしまえば童話的な話なんですけど、人間との距離感とか、動物的な愚かしさとかをちゃんと考え抜いているなあと見受けました。

 大方は牧場内での話なんですが、クライマックスは牧羊犬コンテスト。
 犬のコンテストなのに豚が出てくるので問題視され、案の定観客たちも大笑い。
 でも、最終的には仲間の牧羊犬に助けられ、ハッピーエンドを迎えるという構成です。

 脚本的難点としては、牧羊犬コンテストをもっと重めに描いておいてもよかったなという部分です。クライマックスに持ってくるからには、もっと全体にコンテストをまぶしておくほうが綺麗でしょう。あとは「羊の呪文」です。無愛想だった牧羊犬が最終的にベイブを助けてくれる、という部分はとても綺麗だし、物語に絡ませているのですが、その方法が呪文であるというのはやや唐突。必殺の呪文があるならば、劇中のどこかでそれをにおわせておく必要はあっただろうと思います。

あと、牧羊犬コンテストに賭けるおじさんの思いみたいなのがあまり見えてこないんですね。彼にとってこのコンテストはとても大事なものだ、というのがない。そこがあれば、ベイブの話とおじさんの話が絡み合って、素晴らしいクライマックスになっただろうなあと思うんです。ベイブが羊を追うとき、何のBGMも入れなかったのは面白い演出でしたが、脚本部分ではおじさんの物語にもっと密度がほしいところ。難しければ、「ほのめかし」を使うべきところ。

 とはいえ、作品としてのまとまりはよく、とても楽しい作品でした。
 とても楽しかったので、続編である『ベイブ/都会へ行く』も観ました。
 
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監督はあの『マッドマックス』シリーズを撮ったジョージ・ミラーで、ドタバタ劇は見応えもあるものでしたが、内容的にはドタバタコメディに依りすぎていました。

 一作目の核はやはり「ベイブの成長」にあったんですね。二作目はその核を引き継げておらず、どうしてもコメディ方向で膨らませてしまった。一作目のおじさんは序盤以外出てこず、おじさんの妻であるマグダ・ズバンスキーが旅の同行者になるんですが、この人のコメディパートが多いのも難点。本作の美点はあくまでも動物たちの活動にあるのであって、彼女が織りなすドタバタ劇は正直どうでもいい。

本作の重要な役どころとして猿の一家が出てくるんですが、猿というのは既に『猿の惑星』もあるので、そこの面白みはどうしても弱い。せっかく子豚の話にしたのに、人間に近い生き物である猿を前に出したのももったいない。しかも、彼らとドタバタは繰り広げたりしたものの、「魂の部分」で繋がれていない気がしたのです。

 物語における人間関係というのは、友情とか愛情とかいろいろな形で結びつきを得るものですが、それらはあくまで表面的なことで、大事なのは「魂の結びつき」のほうなのでしょう。一作目では、牧羊犬との間にそれがあったんです。メスの牧羊犬は自分の子供を引き取られてしまい、代わりにベイブが子供になる。大きな「欠損を埋める」存在としてベイブが機能し、ここに大事な結びつきがあった。オスの牧羊犬にしても、コンテストに出られない彼の「名誉を引き継ぐ」存在として、ベイブがいた。最初は馬鹿にされていたベイブが、彼らの大切なものを守る点において、魂の結びつきが確かにあった。

 かたや二作目では、生命の危機を救ったり、居場所を提供したりという要素はあったにせよ、魂の結びつきが弱い。ここが物語としての強さの違いになってしまった。物語の弱さを、物量で埋める結果になった。見た目には賑やかではあったものの、最後のパーティぶちこわしパートは物語全体と絡むものでもなく、大いに残念なところでした。

 ドタバタ劇に終始してしまった二作目を観て、「物語の面白さは規模に比例しない」という重要な事実を再確認できました。一作目における、「アヒルと猫」のくだりなんかは、ものすごい小さい世界だけどきちんとサスペンスフルだった。

 とはいえ、二作目には二作目にしかない面白さもありました。
 物語として強度の高いものを観たければ一作目を、ドタバタコメディが観たければ二作目を、ということでしょう。いずれもお薦めであります。

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by karasmoker | 2016-06-06 00:00 | 洋画 | Comments(0)
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