「森友学園」にまつわる所感

 大阪の「森友学園」という学校法人が、近頃何かと問題になっているようであります。
 園児に教育勅語を暗唱させたり、軍歌を歌わせたりということで注目を集めた「塚本幼稚園」が、その進学先として設けようとしている学校が「瑞穂の國 記念小學院」。その土地購入に際して、不当に安く払い下げたのではないか、という疑義が持ち上がり、国会でも質問が繰り返されています。
 
 その細かな経緯については他に譲るとして、ここでは、ネット上に見られる多くのリアクションについて、考えてみたいと思います。この件についてツイッターなどを見ますと、批判する側、その矛先を逸らそうとする側に別れている印象を受けます。大まかに言って、いわゆる「左翼」の側が問題視しており、「右翼」の側が追及を嫌っている感じです。この辺の振る舞いについて、気になることをつらつらと述べてみます。

渦巻く「ホワットアバウティズム」
 これはつい最近知った言葉で、ぼくの中での流行語になっているのです。皆さんはご存じでしょうか。
ホワットアバウト。英語で書けばWhat about. 「~についてはどうなんだ?」というときの言い回しです。
You criticize them so loudly, but what about that?
[君はこの問題についてうるさく言うけどね、じゃああの問題はどうなんだ?]

 お見受けする限り、今回の問題について、いわゆるネトウヨ系の人たちは、このホワットアバウティズムを多用しています。
「じゃあ朝日新聞の土地はどうなんだ?」「じゃあ大阪の朝鮮学校はどうなんだ?」「じゃあ国会の無断欠勤はどうなんだ?」「他にももっと審議すべき問題がある!」
 実際に、ツイッターで検索をかけてみてください。ホワットアバウティズムの例を、実に多く見つけることができます。

「ホワットアバウティズム」の誘惑と実態
 実は、このやり方というのは、いちばん簡単なんです。かく言うぼくも、過去にこのブログやツイッターにおいて、この手の言い返しを使ったことは何度もあるわけです(その点の自戒の意味でも、この文章を書いているのです)。
このやり方は、非常に便利です。なぜなら、防御と攻撃を同時に行えるからです。
 自分サイドの問題について突っ込ませず、なおかつ相手の弱みを突ける。一挙両得の手法であり、たいへん使い勝手がいいのです。これは何も、今回の森友学園の問題に限らない。とても広範に使われる手法で、相手を煙に巻きたいとき、実に重宝します。


 しかし、この手法には問題があります。
 なんというか、建設性に乏しいのです。
「おまえサイドにも問題があるのだから、この件について触れるな」という態度は、根本的な解決を生みません。「お互いに探られたくない腹はあるだろう」と、クリンチに持ち込んでやりすごす態度は、何も発展性がないのです。ゆえにこの手法は、「その場の論議に負けたくない」場合に絶大な効果を発揮する反面、あまり建設的な議論を生み出さないのです。このホワットアバウティズムという手法を煎じ詰めると、実に意味のないやりとりに行き着きます。

A「○○は問題だ! 追及するぞ!」
B「ふん、じゃあ、地球規模の環境汚染についてはどうなんだよ?」
A「は?」
B「おまえの扱っているのは所詮は小さな問題だ。この世界には大きな問題が横たわっている。地球規模で進む環境汚染について論議せず、そんな小さな問題にこだわるのか? もっと論じるべきことはあるはずだ!」

 ちょっと飛躍的に映るかも知れませんが、ひたすらホワットアバウティズムで矛先をかわしてみてください。ホワットアバウティズムを多用していくと、(それが環境問題かどうかは別として)最終的には実りのない部分に辿り着いてしまうのです。

「○○について批判するんですね。じゃあ、××についてもお願いします」というのは、どこかで一度くらいは見覚えのある言い回しでしょう。
 しかし当然ながら、人や組織の動ける範囲には限界があります。すべての問題について平等に追及することなどできません。
 だからこそ、それぞれがそれぞれの問題意識の中で、追及していけばよい。ホワットアバウティズムで逃げていては、ある問題についてきちんと取り組むことができなくなります。「じゃあ××についてもお願いします」というなら、「じゃあそれは君がやってね」で終了です。
 ホワットアバウティズムを仕掛けて、言ってやったとにんまりするのがゴールというのは、どうにも発展性に欠ける論議です。

これは誰の問題なのか?
 さて、ここで冒頭の森友学園問題について戻りますけれども、ぼくにはとても大きな疑問があります。なぜ右派は、あるいはネトウヨ系の方々は、この問題について触れるのを避けたがるのでしょうか? ホワットアバウティズムで逃げたがるのでしょうか?

 今回の件では、いわば「愛国」的な学校法人が問題となっています。であればこそ、日頃「愛国」とか「日本が好き」とかってことを言明なさっている方は、なおいっそう批判すべきなのではないでしょうか。なんなら左翼の方以上に、「愛国者を騙りながら、いいかげんなことやってんじゃねーぞ」と、息巻いてもいいはずなのです。

 問題となっている学校法人が、国家の財産たる国有地を不当に安く購入した疑いがある。
 その法人の幼稚園では、登園する園児や保護者に対して、虐待的・差別的言動を行っていた疑いがある。なればこそ愛国者は言うべきであります。「愛国者の面汚しが!」と。
 民進党や共産党など、「愛国者」の方々が「反日」と罵る相手に任せるのではなく、「愛国者」の筆頭たる自民党のほうこそが、この問題を激しく追及してもよさそうなものです。「日本政府の代表者たる安倍首相の名を使って、疑われるようなことをするな!」と、威勢良く森友学園に突っかかってもよさそうなものです。
 
 しかし、それはしない。やるのは、ホワットアバウティズムの繰り返し。
 ぼくには本当に、その一点がわからない。
 この問題を、朝日新聞や民進党になど扱わせるのではなく、産経新聞や自民党といった「愛国」的組織にこそ糾弾の先頭に立ってもらいたいし、ネトウヨ系の皆さんも怒りにたぎるべきなのです。しかし、それはしない。本当に、なぜなのでしょう?
 これは徹頭徹尾、愛国者の問題なのです。民進や共産や朝日新聞ごときに、先鞭をつけられてどうするのです。
 
憲法改正、教育無償化の問題
 近頃に進んでおります憲法改正論議。その重要項目のひとつとして、教育無償化というのが上げられております。法律で整備できるのだからそれでいいんじゃないかと個人的には思うのですが、自民党、日本維新の会、民進党細野グループなどは、「教育は国の柱」と考え、法律ではなく憲法に書き込むのだというお考えのようです。

 なるほど、実に高邁な考え方です。
 
 はて、そうなるとぼくには疑問です。それほどまでに教育に熱心な各党の方々が、どうして今回の問題、それも「愛国」を旨とする学校法人に関して、ほおかむりを決めているのでしょうか。そのような学校で差別・虐待的言動があったなどとすれば、教育無償化の憲法改正を進めようというほど熱心な方々は、いの一番に注視すべき問題でありましょう。国を愛するなどと言いながらそんないいかげんなことをしているのか、獅子身中の虫ではないかと、誰よりも早く駆けつけて、事態を精査すべきでありましょう。

 だが、断る。それはしない。

 なぜなのか。
 合理的に考えると、実に恐るべき結論が導かれます。

 自称「愛国者」は、愛国者ではない。
 教育無償化の憲法改正を訴える人間は教育に興味がない。

 領土問題についてうるさく叫びながら、国有地の不当廉価売却を無視。
 教育について憲法改正を主張しながら、教育現場の問題を無視。
 では、彼らは何に興味があるのか。

 自分は国を愛しているのだ! と叫ぶ美しき自己像。
 自分たちの力で憲法を変えるのだ! と叫ぶ逞しき自己像。
 それ以上のものは、何もない。理想の鏡に、現実は映らない。

 まさか、よもや、そんなはずは。そんなはずない!

 でも、実際にそうなんじゃないか?

 最後に
 昨年に発生した相模原障害者施設事件について、先頃、犯人の鑑定結果が公表されました。いわく、「自己愛性パーソナリティ障害」。自分は特別であり、他者に危害を加えても許されるとまで考えたであろう犯人の姿に、今の日本の「愛国」と重なるものを見てしまいます。ニッポンすごい! 中韓は死ね! と叫ぶ、自称「愛国者」の姿と。

 あれ?
 そういえば。
 あの犯人も、「愛国」的な思想に、共鳴していたそうで。


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by karasmoker | 2017-02-23 22:00 | 社会 | Comments(0)
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