『パッチギ! love&peace』  井筒和幸 2007

イムジン河の不在
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本作には「イムジン河」がない。前作では北と南の間に流れた河を日本人と在日朝鮮人の間にある溝にトレースし、鴨川における名シーンに繋げた。塩谷瞬演ずる耕介が沢尻エリカ演ずるキョンジャと仲良くなりたい一心で覚え歌ったあの歌は、映画を纏め上げる最重要の装置として強烈に機能していた。前作にあって本作になかったもの、その象徴として「イムジン河」がある。無論、本作においてそれを中心に据える必要はない。それに変わる別の装置が必要だったのだ。軸となる武器がなく、芸能界や難病や劇中映画のテーマといった諸所の要素が最終的な統合を見出せないのだ。

民族的対立というマクロ、個人の繋がりというミクロ。マクロでぶつかり、ミクロで分かり合う。マクロは乱暴な衝突を続け、ミクロは繊細に接近する。耕介はキョンジャと恋し、桃子はアンソンの子を孕み、耕介はアンソンと友達になり、大友康平演ずる男気あるラジオディレクターは当時の放送ルールを打ち破って演奏を許可した。前作のキャッチコピー、「世界は愛で変えられる」をどれほどの本気さで井筒が打ち出したのかは知らないが、少なくとも物語はそのメッセージを忠実に打ち出していた。本作はどうか。「love & peace」が副題となっている。キャッチコピー以上に重要なコピーたる副題が、果たしてどう機能していたか。日本人にしろ在日朝鮮人にしろ、結局は双方とも自閉している。主人公たるアンソンもキョンジャも分かり合えた日本人といえば藤井隆演じる佐藤くんくらいのもので、寺島進演じる日本人は最終的に罠にはめるし、石原のカリカチュアなのだろうか、ラサール石井演じた三浦とも何も分かり合えなければ分かり合おうともしない。物語のフックを前作以上に散りばめながら、そのどれにおいてもloveもpeaceもない。反戦を訴えればpeaceを主張できるか。違うと思う。その点における工夫、前作にあったそれが何故か本作では姿を消している。

なおかつ、前作にあった1968年的風景、昔的風景の風味が著しく低下したのも残念だった。舞台は1974年。歌謡曲や流行アイテムを散りばめてはいるものの、前作を強く支えた風味が消えてしまっている。前作は京都という一都市を舞台にし、そこに空気をこめることで濃密な空間が描かれていたが、本作ではキョンジャがロケで地方に行ってみたり、アンソンが見知らぬ田舎に出て奔走したりと空気が分散し、街の風情が消えてしまった。

アンソンの父の受難を描いた過去のシーンはどうか。カリカチュア的な人物、映画まで登場させて同時期公開の映画に真っ向からぶつけた本作は、前作よりも格段に「反戦」の色合いが強い。にじみ出ているならまだしも、真っ向から描いた。ならばあのコラージュで正しいのか。僕の記憶力、集中力が乏しいせいも多分にあるだろうが、アンソンの父がどんな顔だったか、まるで思い出せない。空襲のシーンには強烈なインパクトがあった。しかしその主体となるべき存在の顔がない。その状態でクライマックスにコラージュされても、そのドラマ部分が活きてこないので、協奏曲にならない。幾度も前作の思い出を語るようだが、前作終盤の多元シーンの協奏は本当に素晴らしかった。本筋ではないはずの桃子の破水シーンが、実に短い瞬間でありながら力強い支えとなった。本作はその濃度を大きく失っている。キョンジャのドラマ部分がその要因でもある。

中村ゆりの演技はよかった。演技をしていない部分などは特によく、かなり素に近い演技に見える部分が多々あって好感が持てた。しかし、彼女の演じた筋が結局、ラストの濃度を高めることが出来なかった要因となってしまった。彼女は芸能界に入り、順風満帆かと思ったのもつかの間、在日ということで差別を受けたり恋人に裏切られたり枕営業で役を掴んだりと沢山の酷い目に会う。しかし、その部分が活きないのだ。嫌そうではあるが、辛そうではない。すごく嫌だ、と感じる気持ちが伝わっても、すごく辛い、というところにまで至らない。病院の前で「朝鮮人になんて生まれなければよかった」と号泣するシーンがあるが、嫌さはあっても辛さがないため、ちっとも伝わってこない。

子どもの筋ジストロフィーの話がよくわからなかったというのが正直なところだ。劇中、快方に向かう様子も知らせもなく、それでいて酷さのあまりどうしようもなくなる、ということもない。ということは、あの子ども、チャンスは映画が幕切れを迎えた後もっと酷くなっていくのだということを観客に予期させて終わる。希望がない。この希望のなさをどう処理すればいいのかということについては、鑑賞後の余韻でもう少し考えてみたいと思う。何故あんな形で終わらせたのか、僕にはまだちゃんと処理できないところだ。

ちょいと書き出したら案外沢山書いてしまった。期待値が高かったためかなりきつめに書いてしまうことになった。そういえば以前、前作を褒めたところ訳のわからないコメントが大量に書き込まれるという椿事があった。今回はそうならないように願う。おわり。
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by karasmoker | 2008-01-25 08:45 | 邦画 | Comments(0)
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