『2001年宇宙の旅』 スタンリー・キューブリック 1968

天才は亜流に絶望を与える
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キューブリックの有名どころは前々から少しずつ押さえていっているのですが、この作品は特別に理由もないままにずっと回避していて、やっと今になって観ました。最近よく行くようになったバーのマスターがこの映画をオールタイムベスト1だと言っていたので、そういうこともありまして。

そういえば公開から今年でちょうど40年なんですね。キネマ旬報によると1968年度版ベストテンでこの作品は第五位。ちなみに一位にはアーサー・ペン監督の『俺たちに明日はない』がランクされており、アメリカン・ニューシネマが勃興した頃でもあるわけです。かたやニューシネマが始まり、かたやこのキューブリックの才気大爆発があった。アメリカ映画の華やかなりし頃のひとつ、と言って許されるでしょうか。僕にはよくわかりませんけれども。一方、日本ではウルトラシリーズが権勢を振るっていた時代でもあります。ウルトラシリーズの最高傑作であるウルトラセブンがこの一年前に放送開始されており、社会的には大学紛争もあり、なんかもうそうなるといろいろありすぎてよくわかりません。密度の濃すぎる時代です。

さて、『2001年宇宙の旅』ですが、いまさら僕めがどうこう言う必要もないくらい語られているのですが、まあここは極私的なところなので、思ったことを書きましょう。映像的には、これがつくられた段階であとは何ができようか、ということだと思うんです。もちろん、40年の歳月の中でCG技術は発展の一途にあるわけですが、その発展を金字塔の頂点からせせら笑うかのように、この作品は今なお輝かしき光を放っているわけです。一番魅せられたのは、宇宙に放逐されてしまった乗組員がくるくると宇宙空間を回るシーン。あのイメージは言語では表現しえません。映像がいくら頑張ろうと小説に及べぬ領域があるように、小説がいくら頑張ろうと映像に及べぬ領域がある、のだとすれば、たとえばそのひとつがあのシーンでしょう。CG技術が発展して、VFXだかSFXだか知りませんけど、そういうのですごい映像が表現されている今日ですが、ああいうものはやはりキューブリックという人がいなくてはできないわけです。やはりそれは、まあ僕などが述べるのは僭越のきわみですけれども、映像に対する哲学というようなものがあってこそなのでしょう。技術や小手先のうまさが備われば、それなりに優れた映像はたぶんいくらでもつくれるのでしょうが、キューブリックという映像の哲学者がいなければ、あのような言語を超えるイメージにはたどりつけないと思うのですね。

その意味で言うと、僕の敬愛する小説家、映画評論家の阿部和重は『バリー・リンドン』(1975)をキューブリックのピークであると述べていますが、確かにあの映画においても、映像の一秒一秒がそれだけで絵画、美術作品になるような構図なのであって、あれは中世ヨーロッパという舞台でしたが、この『2001年宇宙の旅』においては我々の現実を超えるという意味でのシュールレアリスム絵画にまで至っているのであって、シュールが好きな僕としてはこちらのほうにそのピークを、多くの方々と同じように感じるわけです。

HALも面白いですね。この後の時代に続くSFアニメでもなんでも、コンピューターの声をかちかちの機械音声にするものが多いわけですが、この映画ではそんな段階はひょいと飛び越えられていて、完璧に人間的になっている。これをすると、もう、あの映画に登場する人間の人間性なるものは剥奪されるわけです。あの映画において最も人間的な存在であると僕が感じたのは、ほかならぬ、冒頭部分の猿たちです。彼らが一番人間的で、宇宙船にまつわる人々の誰一人をとってもそれが人間である感じがしなかった。それは映画全体の設計もさりながら、あのHALが人間そのものであったことが要因の一つです。あれを機械的にしておくと、人間が人間として対比される。その方向性を完璧に回避してあのようなコンピューターにしたことで、人間性さえ剥奪された人間がそこに配置され、ひとつの純粋すぎるまでの純粋な空間が生み出されていました。

この作品を観ながら考えたことはそりゃあそれなりにあるのですけれども、映像的なことで言うと、最近の世の中にあふれるクリエイターなるものが、どうにも安っぽく、また軽薄に思われて仕方がなくなる、ということですね。キューブリック的居住空間、というと言い方は変ですが、この映画に出てくる椅子や机などはいかにも、今のクリエイターなる人々が好んで使いそうなデザインなんです。また、ひどくゆっくりとしたテンポで描かれる映像の構図やその色調などにも、キューブリックの亜流がいかに今の世に溢れているかが見て取れる。そしてそのどれもがキューブリックに勝てるわけもない。キューブリックが持っていた、真髄を持っていない。

なるほど、その意味でキューブリックのこの作品は、現代の我々にひとつの絶望をさえ与えるような気がするのです。2001年を、とうに過ぎた今にしても。
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by karasmoker | 2008-02-02 10:41 | 洋画 | Comments(2)
Commented by 日向子 at 2012-04-13 00:32 x
キネ旬では『俺たちに明日はない』より四つもランクが下だったとは驚きました!キネ旬…昔はよく読んでいましたが、通りで自分が愛想を尽かしたわけだなと納得してしまいました。個人的には好き嫌いの問題ではなく、『2001年宇宙の旅』は映像表現の極致を極めたという意味では最高傑作だと思うので…私も分析感想文を書いてみましたので、気が向かれたら是非お読みください。
Commented by karasmoker at 2012-04-14 01:42
 コメントありがとうございます。『2001年宇宙の旅』をリアルタイムでは知らぬ世代ですが、映画史的に観ればその存在自体がひとつの事件だったのであろうなという印象がございます。
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