『白い花びら』 アキ・カウリスマキ 1998 /『紳士は金髪がお好き』 ハワード・ホークス 1953

起用した女優が映画を決めた二作
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『白い花びら』はモノクロのサイレントスタイルです。もともと寡黙なカウリスマキ作品ですから、自然に見えます。ただ、どうしても女優カティ・オウティネンが気になってしまいましたね。オウティネンはカウリスマキ作品の常連です。『浮き雲』『過去のない男』などでは、すごくよかったんですけど、今回は役柄的にどうなのやと思ってしまいました。この役はオウティネンではないでしょう。

オウティネンのマルヤとその夫ユハが田舎で細々と、しかし幸せに暮らしています。そこに一人の男がやってきます。車の修理を依頼するためたまたまやってきた男なのですが、その男はオウティネン演ずるマルヤを目にして、夫を捨てて自分と来なさいと誘惑するんです。マルヤに一目惚れしたように見せるわけです。

でも、悪いけど、オウティネンは一目惚れをさせてしまうような美貌じゃないんですよ。この映画ではそこが大いに引っかかってしまった。いつものカウリスマキ作品はそれでいいんです。いや、むしろそれがいいんです。『浮き雲』にしても『過去のない男』にしても、冴えない人々の冴えない日々が豊かに見えるというのがカウリスマキ作品のすばらしいところで、だからこそオウティネンのような女優がいい働きを見せる。別の女優ですが、『街のあかり』にしたって、大して美しくない女性が登場したことでよりいっそう意味深い映画になっていました。でも、今回のオウティネンはいただけません。夫婦のもとにやってきた男は彼女を見て、「娘さんかい?」などと聞くのです。オウティネンは「夫婦ですよ」と返して、男は「そんなまさか」と言わんばかりに笑うのですが、これがねえ、ぜんぜん娘には見えないわけで、むしろ彼女のほうが夫よりも年上に見えるんですよ。後の展開を考えてみても、これはどうしたってもっと若い女優を使ってほしいところでした。綺麗じゃないところがよかったんですけど、それを綺麗な役として配置されると、どうしても違和感は生まれますね。

話の内容的には、ほかのカウリスマキのほうが好きです。僕の中では、最新作の『街のあかり』がベスト。『過去のない男』もよかったし、カウリスマキ作品の波長が、回を重ねるごとに僕の波長とマッチしてきている感じで、次回作が楽しみというところ。今回はオウティネンを外してほしかったなあという気持ちです。
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さて、女優つながりですが、次はぜんぜんまったく作風の違うもの。ハワード・ホークスの『紳士は金髪がお好き』。オウティネンは美しくないからいいのだ、という話をした後でなんですが、ノーマ・ジーンは綺麗ですねえ、マリリン・モンロー。べたべたですがマリリン・モンローは好きです。この作品でもマリリンのコメディエンヌぶりが好ましいです。カウリスマキの登場人物とは好対照に、マリリンは煌びやかだから素敵というのがあります。彼女はやはりスポットライトが似合うというか、ありていに言ってスターなんですね。あごを上げた下目づかいの顔がよく出てきますが、彼女の場合は上目づかいがとってもプリティです。彼女が一番素敵に見える映画は僕の知っているところで言うと(そんなに知らないけど)、ビリー・ワイルダーの『お熱いのがお好き』。もっと言うとその映画の前半部分。髪をあまり固めすぎずに、少々ラフな感じで天真爛漫に振舞う姿が絶品ですね。

今回の映画で言うと、ジェーン・ラッセルも綺麗でした。ちょっと山本モナに似ていますね(余談ですが、山本モナは顔の綺麗さだけで言うと、芸能界でも相当なハイランクにあると思うのですがいかがでしょう)。二人の美人女優を中心として、周りに登場する紳士たちが阿呆になるこの構図は娯楽映画として正当で愉快。子供の役者も面白かったですねえ。

やっぱりマリリン・モンローという人は不幸だったりひなびた感じだったりはどう考えても似合わなくて、その分だけこういう輝く映画では誰よりも輝く。ハワード・ホークス作品に登場したのはこれだけなのでしょうか。よくわかりませんけれども、ハワード・ホークスやビリー・ワイルダーといった名匠たちのコメディで彼女は最高に輝いているわけです。ワイルダーソウルの継承者でもある三谷幸喜には、早く現代のマリリンに出会ってほしいと願うばかりですが、なかなか日本にそういう女優はいないものです。このへんで。
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by karasmoker | 2008-02-09 19:22 | 洋画 | Comments(0)
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