『ギャング・オブ・ニューヨーク』 マーティン・スコセッシ 2002

別の視点から描いたらさらに面白くなったのに、という感じがあります
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レオナルド・ディカプリオという俳優はどうも逞しい役として見られないんです、僕には。一時期、僕が中学生くらいのころでしょうか、ディカプリオとブラッド・ピットが双璧の人気を博していたような記憶がおぼろにあって、それで比較してしまいがちなのですが、断然ブラッド・ピットのほうが好きなんです。ディカプリオは日本の俳優で言うと、妻夫木聡のイメージに近いです。軽い役とかさわやかな役をする分にはいいけど、逞しさを見せようとするとどこか頼りない感じがするというか。

さて、『ギャング・オブ・ニューヨーク』ですが、二時間半以上あるけれど飽きずに見られました。ひとえにディカプリオの敵役、ダニエル・デイ=ルイスの功績です。『存在の耐えられない軽さ』(1988)の主役の人だったんですね、ネットで調べて知りました。あの映画はあまり好きじゃなかったし随分と前に観たので、同じ役者とはまったく思いませんでした。魅力的な敵役というのは時として主役を超えます。『レオン』(1994)に出てくるゲイリー・オールドマンしかり、『ブラック・レイン』(1989)の松田優作しかり。設定上、役柄上の魅力もさりながら、やはり役者としてその役にはまるとすごく印象に残る。今回の『ギャング・オブ・ニューヨーク』もいわばデイ=ルイスの映画であって、この映画で数々の賞を受賞したというのも頷けます。デイ=ルイス側の話として描いたら、別の面白さがきっとあるはずです。彼が上り詰めていく過程というのは非常に面白そうじゃないですか。そのほうが非常に活気ある街の全景が見渡せる気がしますし。ブラジル映画の『シティ・オブ・ゴッド』という映画はそういう目線で撮られていまして、これもなかなかよかった。ディカプリオの復讐劇になってしまって、どうも話が小さくなってしまったようにも思う。主役の座を完璧に食ったデイ=ルイスの魅力のせいで、ディカプリオが邪魔にすら思えてしまいましたね。

脇役としてはキャメロン・ディアスもよかったですが、役設定自体はそうでもなかったように思います。スリの女なのですが、あれがディカプリオの女になってしまうのは嫌ですね。ちょっと離れているくらいがちょうどよかったんですけれど、がっつり肉体関係を持ってしまうとあの女の魅力が出てこない。なんならもっとわかりやすく、最初からデイ=ルイスの女として置いたほうが活きたんじゃないかと、勝手に思っています。あるいはスリの女のあれこれをもっと知りたかったかな。ここでもディカプリオが余計なことをしたわけです。女性ということで言うと、ほんのワンシーンなのですが、切り取った耳をカウンターに置いて酒のサーバーから直飲みするあの女性は魅力的でした。ほんの一瞬だけど格好良かった。あの街はギャングの群れが沢山あるので、その中の人々の話ももっと見てみたかったというのがあります。ディカプリオが出ずっぱりでほとんど彼の話なので、その辺がちょっと残念でした。うん、なまじ恋愛を絡めてこられるとちょっと退屈してしまうところもあります、この種の映画だと。

ニューヨークの歴史に疎かったので、その辺は己の無知を恥じ入るばかりです。知識があればもっと面白くなっただろうなというのはありますね。徴兵暴動なんて史実さえ僕はぜんぜん知りませんでしたから。いやはや、何も知らぬ戯けであります。

総じて、街の世界観も好きだし、敵は魅力的だしということでなかなか楽しめました。その分、ディカプリオにもうひとつの働きを期待したかったところであります。世間的にはこの映画はディカプリオの映画とされてしまうのでしょうがとんでもない。明らかにデイ=ルイスの映画であって、イケメン俳優がどうたらという阿呆のような世間の見方は早くなくなってほしいものだと、切に願うばかりであります。
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by karasmoker | 2008-02-15 23:55 | 洋画 | Comments(0)
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