『3-4x10月』 北野武 1990

反復がもたらした秀逸なリズム
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僕は、北野映画というものに対する感度は鈍いほうかもしれないです。名作といわれる『ソナチネ』、『HANA-BI』について、ほとんど反応できないというのが正直なところなんですね。『HANA-BI』は随分前に観たので今観れば別かもしれないけれど、『ソナチネ』はどうも今の段階ではそのすごさを感じられない。じゃあどういうのがいいんだよおまえこのやろうと言われれば、『その男、凶暴につき』とか、あとこれは世間のキタニストには不評かもしれないけれど『BROTHER』。はじめてまともに観た北野映画が『BROTHER』だったのでその印象が強いのかもしれません。『キッズ・リターン』とかも僕の中ではもうひとつなんですねえ。

 さて、『3-4x10月』です。これはいいです。この映画のリズムはすごく心地よかった。何がいいのかなあと考えると、あの反復のイメージなんですね。この映画には多くの反復がちりばめられていて、それが随分と快いものになりました。反復は早い段階で示されます。まずはあの草野球のシーンがそうですよね。柳ユーレイがバッターボックスに立って三球三振する。繰り返し投げられ続ける球に対し、それを見送り続けてしまう態度という反復。ガダルカナル・タカとベンガルのやり取り、「井口だろ?」「井口さん」の反復。あと、これはこじつけになるかもしれないけれど、パチンコという遊び自体にある反復など。もっとも美しかった反復は、たけしが女に向かってボールを打ち続け、それを女が拾い続けるシーン。往復運動を細かく切り刻んだあの場面は、僕がこれまでに観た北野映画の中で最も充実したワンシーンに思えました。

反復というのは運動と停止を同時に内在させる事象です。反復運動という形でそれは絶えず動き続けている。一方、その反復運動を外側から眺めたとき、それは新しい展開を呼び込まない停止でもある。古来、停止的な、静物画的なショットを効果的に収める監督というのは数多いて、北野映画でも停止的ワンカットは多用されているのですが、この反復は停止的なイメージを残しつつも映像の強みである運動を同時に喚起している、ごく単純ではあるがきわめて効果的な技法であるなあと思うわけです。

ではその反復は何をもたらすのか。申し述べたとおり、運動と停止を同時に行う技法であるがゆえに、次の場面に移る場合は、必ず別の動きを生み出すことになる。つまり「反復→停止」にもなりえ、「反復→運動」にもなりうる。僕がこの映画のリズムに惹かれたのはまさにそういう要因のためです。反復運動が繰り返し用いられるおかげで(それはメタ的な反復でもあるわけで)、この映画では運動と停止の絶妙なバランスが生みだされているのです。

ちょいと堅い話が長くなったので、もっと簡単なことを話しましょう。
石田ゆり子がいいですねえ。この映画に出ている頃は20か21歳、今の石田ゆり子ももちろん抜群にいいわけですが、女子大生的な魅力を持つこの頃の彼女はもうとんでもないわけでして、映画の中とはいえ柳ユーレイに嫉妬さえ覚えるわけです。柳ユーレイの試合を石田ゆり子が見に来る場面がありますが、あれはねえ、もう本当に、「ええとこ見せたろ」と思いますね、男ならね。「ええとこ見せたろ」と素直に思ってしまう場面というのは、なかなかありません。あの石田ゆり子が観戦している試合で「ええとこ見せたろ」と思わない男がいたなら、それはもう男ではありません。そんなやつはくるくるぱーのぷっぷくぴーです(なんのこっちゃ)。柳ユーレイが石田ゆり子とともに電車に乗っている場面がありますが、僕があの柳ユーレイと同じ状況にいたら、多幸感がきわまって死んでしまうかもしれません。だからこそ、あの終わり方は嫌でした。石田ゆり子を巻き込んで欲しくないのです。彼女には幸せになってほしいのです(あほか)。

北野映画では笑いが邪魔になることがあります。『ソナチネ』でも『キッズ・リターン』でも、笑いが鬱陶しかったりする。僕はビートたけし世代ではないので、彼の芸人的な面白さに思い入れもなく、べたべたさにきつさを覚えたりもするのですが、この映画ではそんなことがありませんでした。笑いの場面も素直に受け入れることができた。それはあの反復あってのことだと思いますね、映画における笑いはやはり、リズム感をつかめなければどうにもならないんです。笑いとは空気あって生まれるもので、その空気の醸成には世界観の構築とは別の、リズム感の獲得が必要になるのです。この映画のリズムには申し分がないので、非常に楽しめました。ちなみに、ラストの夢オチですけれども、あれはまああれこれ言われるのでしょうけれども、考えてみればこの映画にとって自然なことなのです。なぜなら、この映画は反復を配した映画であるわけで、あの柳ユーレイもまた、いつもどおりの野球場に向かって戻っていくのは当然なのですから。
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by karasmoker | 2008-02-24 13:07 | 邦画 | Comments(0)
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