『ザ・フライ』 デヴィット・クローネンバーグ 1986

ザ・フライと言いつつ、蝿ではないところが巧みです。

 もちろん存在を知ってはいたのですが、きちんと観たことがなくて、くだらない映画なんじゃないかと勝手に思っていたのですが、まったくお見それしました。これは傑作ですね。

 ハエと融合する話というのは知っていたのですが、その描写が大変すばらしかった。最初のほうで実験に使われたヒヒが死ぬのですが、そのときのグロテスクさがいい。ここはぼくにとっていい掴みの部分でした。それまで大したインパクトもなく、なんなら普通の恋愛映画っぽく引っ張ってきた分ハードルが下がっていて、そんなところにあのヒヒを出してくる。あれで手腕がわかるというか、グロテスク表現に信頼が持てて安心できます。ゾンビ映画なんかでは、メイクが安っぽくて入り込めないことがあるのですが、この映画ではそんな心配は要らなかった。細かい部分の描き方が秀逸です。毛のくだり、腕相撲のくだりもいいですね。爪や歯が抜け落ちるところも絶品で、何より安易にハエにしなかったのがよかった。これは1958年の『蝿男の恐怖』という映画のリメイクらしくて、そちらのほうは観ていないのですが、監督の談話では、そちらが蝿の頭にしたのに対し、まったく別の生き物になるようにしたとのことです。これがいいんですね。

科学的合理性とかそういうのはどうでもいいんです。主軸はあくまでも主人公の変貌ぶりにあるわけですから。蝿でも人間でもないようわからん生き物、という状態で引っ張ったのは正解で、グロテスクさが引き立ちました。蝿、というのがいいチョイスですね。あの羽音が不快さを引き立てる。考えてみるに、蝿というのはあまり実害のない生き物なんですが、あの羽音が生理的な不快感をもたらして、それと融合する不快さを演出しています。夢のシーンもいい感じでした。

ラストも好ましいです。だらだら引っ張らず、すぱっと終わっている。時間的にもちょうどいい。これは鑑賞後のポイントとしてとても高いです。あの助けに来る男はかわいそうでした。腕と脚を溶かされてしまったのですが、それにしても建物に来る前に銃は組み立てておけよという話です。ぼくの気になった突っ込みどころはそれくらいのものです。どうして病院まで追跡できたのかとか、飛ぶことはしないのかとか、そんなのはどうでもいい。というか、飛ぶシーンを描かなかったのが、いいんですね。蝿というと飛ぶもの、というところをうまく裏切っている。その一方、強力な酸など、地味なところを有効に描いている。繰り返しになりますが、描写の加減がとてもいい。

 最後のシーンは見入っていました。女性記者が主人公に融合を迫られるくだり、そしてついに主人公が完全に人間でなくなるくだり。ここは素直に引き込まれていました。なおかつ巧みなのは、あの主人公が最終的に自分に銃口を向けるところ。あれがもし、単純に襲いかかる蝿になっていたら、絶対後味が悪いんです。そこを、まだ人の心が残っているのだ、という風に描いたのは、非常にいい。ホラー系の映画ではその多くが、たとえばゾンビになった人間を悪者のまま殺してしまいます。80年代というゾンビ映画隆盛の最中にあって、この映画はゾンビ的存在とのビジュアル的類似性を示しつつ、その道を選ばなかった。最後の最後に、恐怖の存在だった主人公が自滅の道を選ぶ。あれは持って行かれました。ぼくは素直な観客になっていたので、襲いかかってくると思い込んでいましたから。とてもいい映画だと思います。
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by karasmoker | 2008-12-22 06:23 | 洋画 | Comments(4)
Commented by しめじ at 2011-10-11 09:13 x
初めてコメントさせてもらいます。
以前から借りようかまよっていたのですが、karasmokerさんの感想を最初の方だけ読んで後押しされて、やっと見ました。
傑作ですね。鑑賞後に全文読んで、うなずきました。
最初の方で、そんなに綺麗でもない主人公の肌を 赤ちゃんみたいで気持ちいいと言っているのに違和感を感じていたのですが、のちのち、見る人が変化に気付きやすくするためだったのか、と納得しました。
因みに、鏡の前で爪の横?から皮膚を引っ張るシーンと背中から硬い毛が出ている画に既視感を覚えて、あ、ブラックスワンだ。と思ったのですが気のせいでしょうかね。

映画に詳しくない私は見たあとにモヤモヤした原因を自分ではなかなかわからないままだったりするので、こちらの文章を読んで納得させて頂いています。

これからもレビュー楽しみにしています。
Commented by karasmoker at 2011-10-11 18:43
 コメントありがとうございます。
 『ブラックスワン』を観たエイガミはその多くがこの『ザ・フライ』を連想したことでしょうね。そして幻視ではないぶんだけ、こちらのほうがぞぞっと来る。世間では時として難病もの、余命ものが流行ったりしますが、そのジャンルにおけるぼくにとっての傑作はこの映画です。
 『ザ・フライ』には2もあります。1のようなものを期待すると裏切られてしまいますが、脚本には『ショーシャンクの空に』『プライベートライアン』などを担当したフランク・ダラボンが関わっており、トラウマになりかねない容赦なさも用意されています。
Commented by なめこ at 2011-10-11 22:45 x
2見るか迷っていたので、アドバイス嬉しいです。

ザ フライはSFやホラーなジャンルなのでしょうが、私はラストで、自分の愛しているひとの容姿が醜くなってしまっても(映画では中身も変わってましたが)愛せるのかなぁ とか女なことを思いました。確かに難病ものですね。しかも安い美談に陥られない。

最近こちらのサイトを知ったばかりなので、過去の記事から順番に読んでいるのですが、お陰でツタヤ通いの忙しい毎日です。
感謝しています。
Commented by karasmoker at 2011-10-11 23:18
 コメントありがとうございます。
 数年ほど続けているため、古い記事にはやや恥ずかしさもあるのですが、映画選びの一助となれば書いた甲斐もあるというものです。今後もお気軽にコメントください。
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