『ファーゴ』 ジョエル・コーエン 1996

地味な話ですが、相当濃度が高いです。

 この作品はその冒頭で実話ベースと語られるのですが、後に実はそうじゃなかった、と言われて物議を醸したらしいですね。なぜコーエン兄弟がそんなことをしたのか、映画の手腕を見る限り、単に話題性をつくりたかっただけとも思いがたくて、不思議な感じはします。これがどうしようもない駄目な映画なら、「実話ベースとかいい加減なこと吹いてんじゃねえやい」と言いたくもなりますが、いやはや面白い映画でした。なぜあんなことを冒頭で言ったのでしょうね。このことについて、「じゃあ実話ベースって何やねん」と考えてみたくもなりますが、今は回避します。

この映画は、男が妻の狂言誘拐を依頼することから始まります。妻の狂言誘拐で身代金を義父に払ってもらい、それをせしめようという目論見があったわけです。しかし後に、金の工面ができてそれをする必要がなくなる。しかし、依頼を受けた悪たれ二人はそれを知らず、実行してしまう。この設定の時点で、面白くなるのは確定的でしたね。これは佳作です。

風景の切り取り方がいいんです。雪一面のミネソタ州が舞台なのですが、印象的なカットが随所に挟み込まれていました。雪に包まれているせいで余計な夾雑物がなく、その分アイテムの配置とカメラ位置の工夫でとてもユーモラスなカットがつくれる。そういうのを示した後で先ほど述べた設定を駆動させていて、ああ、これは信頼できるぞ、と安心してみることができます。

 そしてまた、登場人物がいいんですね。アキ・カウリスマキよろしく、人々がいい感じで不細工なんです。美男美女みたいなのは一切出てこなくて、ああ、ええ感じの田舎っぽさやなあと思えます。やっぱり田舎を舞台にしたとき、その人物たちには垢抜けていてほしくないんです。格好悪いほうがいいんです。主人公の男もその妻も身重の婦人警官も、とてもいい顔をしています。あれが美男美女だったら絶対あの味わいは出ません。最近の日本映画は何かにつけて必ず美男美女を出しますが、余計なんです。この映画に出てくる人々はいいですね。ちょっとだけ出てくる娼婦もブスなんです。うわあ、娼婦のくせに不細工やあ、というところで田舎くささが出るじゃないですか。おまえ都会だったらやっていかれへんで、とつっこみたくなる。婦人警官の旦那もはげているし。キャスティングが秀逸。なおかつこの映画の良さは、そうした人物をかなり大写しで出すんですね。そこに妙な滑稽味がある。この滑稽味について語り出すと、笑いについてかなり深い話をすることになります。しかし面倒なので今回はやめます。

 そんな中で、ただの田舎くささにとどまらなかったのが、悪たれ二人のうちの寡黙な男ですね。あの男だけは変に格好いい。もちろんぺらぺらのイケメンなんかじゃなく、ああ、こいつは怖いなあという感じの、真っ直ぐな凶暴さがあるんです。お喋り男との対比も実によかった。ああ、こいつはどうしようもないぞ、あかんやつやぞ、というにおいがぷんぷんします。前半で警官を打ち抜いた時点で、すべてわからせます。だからこそ最後のあの場面が効いてくる。すわ決戦かと思いきや、間抜けに逃げて撃たれるところに、決戦とはまったく別種のカタルシスがある。うん、この映画では格好よくては駄目ですね。あの場面であの男は格好悪くあるべきです。格好悪いから、いいんです。

 それが逮捕後のやりとりにつながる。婦人警官に捕まった車の中で、「どうしてあんなことをしたの」みたいなことを一方的に言われるのですが、このときの男の表情がいい。ああ、なんか、わかるなあ、というか、いやわかっては駄目なんですけど、うん、でもいやわかるぞ、っていう、ああ、言い方が難しいですね。「ちっぽけなお金のためにあんなことを」的な説教を喰らっている男ですが、お金のためではないですよね、きっと。そんな直線的なことじゃなくて、っていう、それこそ町田康『告白』の熊太郎的な気分が、あの男にはありました。何も喋らないところが、言うまでもなくすばらしい。こんな風に書くと殺人犯をいいと言っているように誤解されそうですが、無論そうではありません。ただ、ぼくのうちにある、あるいは多くの人々のうちにある、日々の生におけるえもいわれぬ気分の悪さ、倦怠感が、彼に見えるのです。以前、吉田修一の『悪人』を取り上げましたが、あの中に出てくる悪人よりずっといい。あの男が出てくるのは正味十分かそこらでしょうが、映画全体の空気感も手伝って、非常に良く描かれていた。長さもいいです。100分弱ですから、話のサイズをわきまえてくれています。

まだまだ語っていないことは多いです。この映画はすべてが収まりよく収まっている。それでいてただ収まっているだけではなく、後に引く臭気のようなものも帯びている。多分に印象的な言い方ですが、実際に観て確認してもらう以外に、手立てはありません。
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by karasmoker | 2009-02-02 23:16 | 洋画 | Comments(2)
Commented by よもぎ at 2011-12-05 02:26 x
かなり昔の記事に、すみません。
ツタヤ100円レンタルを機に、見逃していた秀作を一気借りしたもので。
私も、出演者のいい具合の不細工加減が大好きです。
犯人ブシェミの人相を聞かれた人が、「とにかく変な顔」というのがツボでした。悪人だけど、人間味があるブシェミと対照的に、容赦なく暴力的な整備工と無口な相棒の対比もよかった。
旦那のダメダメな感じ。マージが、唯一切れ者でかっこいいんだけど、パートナーがなんとなくダメな感じ。昔の恋人?に嘘をつかれるエピソード。妊娠中で、とにかくよく食べること。
機械に押し込まれてる犯人の間抜けな靴下と、無表情にマキで押し込む仕草。どのシーンも無駄がなく、映画全体をうまくつなげてまとまりよく仕上げている。おっしゃる通り、すごく収まりがよいですね。
ラストの3セント切手のコメントに、マージの包容力が集約されてて、作り手の言葉選びの妙を感じました。
エンドロールが始まるあの感じは、確かに観てみないとわかりませんね。
夜中に一人鑑賞した後、無性にこの映画についてしゃべりたくなって、お邪魔しました。今さらな話題ですみません。
本格的に寒くなりました。ご自愛下さいませ。
Commented by karasmoker at 2011-12-05 08:18
コメントありがとうございます。
 ぼくの近所のツタヤも年末まで100円レンタルで、ますます新作よりも旧作に目が向いてしまう今日この頃であります。
 この記事の後にコーエン兄弟の作品をいくつか観ていますが、『ファーゴ』がいちばん好きなのは相変わらずなのであります。
 映画の感想について教えてもらうのは大歓迎でございます。古い記事は最近のものよりもなお浅さや荒さが目立つため気恥ずかしいのですが、「夜中に一人鑑賞した後、無性にこの映画についてしゃべりたくなって、お邪魔しました。」の一文にはそこはかとなく萌えるのであります。寒さも吹き飛ぶのであります。
 またのコメントをお待ちしております。
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