『SAW5』 デヴィッド・ハックル 2008

毎年つくって毎回このレベルに持って行くのは、すごいことだとぼくは思います。 
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 この『SAW』シリーズが大好きでありまして、今回で五作目ときりもよいため、DVD-BOXを購入しました。4は去年買ったのでだぶっています。欲しい人はあげます(4だけもらってもどうしようもないですね)。
 
 さて、今回で五作目を迎えるこのシリーズは2004年の第一作目以来、毎年のペースでつくられています。シリーズものでハイペースでつくられる映画は史上多くあります。世界的に有名なもので言うと『007』シリーズがありますね。日本においては『座頭市』、『男はつらいよ』などが有名で、今も『釣りバカ日誌』シリーズは毎年つくられています。
ホラー系では『13日の金曜日』が最も有名でしょうか。シリーズものをすべて観る、ほど惚れた作品はぼくの場合、今のところ『SAW』だけです。やはりリアルタイムで第一作の出現に出会ったことが大きいと思います。

『SAW』は一作目がジェームズ・ワン監督で(その後全作品で製作総指揮)、その後の2、3、4がダーレン・リン・バウズマン、そして今回の5はこれまで美術デザイン担当だったデヴィット・ハックルという人が監督です。4までの傑作度で言うと、1が一番いいという人が多いようですが、ぼくは2が一番だと思っています。1は初めての作品ですから観客の期待値もさほど高くなかったけれど、2は1の出来がよかったためハードルが上がった。今回はどんなオチなのだ? と注目が集まるところで、あの、ミステリーで言うところの叙述トリック(語りの内容ではなく、語りの形式で観客を欺くトリック)を用いていたのがぼくには驚きで、まあ叙述トリックなるものをちいとも知らぬものでしたから、余計に衝撃が大きかったのです。ダーレン・リン・バウズマンはやってくれる人かと期待した3、4は1、2に比べればやや劣りますね。残虐さ、見た目のグロテスクさに重きが置かれた感があり、構造的な面白さは減じてしまった。

 ただ、4までの『SAW』シリーズが好ましいのは、一貫してなんらかのオチをつくろうと努力している点です。そこにちゃんと拘っているのはとても嬉しいです。必ず最後に、お決まりのBGMと演出があって、そのときにはちゃんと締めるところを締めているのです。また、このシリーズの特殊にして豊かなる点は、前作までの歴史を完璧に受け継いでいることです。数多のシリーズものがその作品世界で閉じてしまう(一話完結ものである)のに対し、このシリーズは前作からの引用を全編にちりばめます。その意味で言うと、いちげんさんお断りのつくりになっています。5から観ても、ぜんぜん意味がわからなくなるか、もしくはその面白みがかなりの度合いで減じてしまうことでしょう。前作までの歴史を引用することで、物語に厚みを与えようとしています。これはこれでシリーズファンには楽しいものです。

 さて、5です。今のところほとんどネタバレをしていないはずですが、一応ここからはその注意を促しつつ、先に進みましょう。

監督が替わり、作風にも変化が見られました。3、4と観た後でこれが来ると、かなり抑えめの演出であるなあという印象を受けます。冒頭でどぎつい場面があって、おいおいまたこっちで行っちゃうのかよ、と思いきや、その点いい意味で裏切られた。それでも2以降に観られる、3、4で拍車のかかったグロテスク描写はあるのですが、この監督はその演出にそこまで執心しているとは思えない。この監督の演出は好きです。

 そのうえで、あの手のシーンが効いてくるんですね。あの手のシーンは、これまでの五作品における残虐描写の中でも出色の出来です。もっと派手なシーンはいくらでもありますが、それらの多くは派手すぎて見た目の恐怖にいきがちでした。ところがあの手のシーンは生命を即奪われてしまうほどのものではなく、3、4のものに比べればずっと地味で、でも観ている側の身体感覚に訴えかけてくるものがあり、ぼくは思わず身をよじってしまいました。オーディオコメンタリーで監督は「直感的な痛み」について話しているのですが、この監督の考え方は正しいなあと思います。

話の運び自体、ジグソウの教えの意味するところなどは、かなりわかりやすくなっています。ここの工夫は2に及ばなかった。2でジグソウがマシューズ刑事に対し、「ただ私と話をしろ。そうすれば息子は無事に帰す」と話す場面がありますが、怒り狂ったマシューズはその指示を結局のところ守れなくなります。そしてラスト、あの結末が示され、ああ、そういうことだったのかあ、となります。今回はそういう驚きがあまりなかった(ただ、1カ所だけはとてもシンプルかつうまいミスリードがあります)。オチという点ではシリーズ最弱です。というか、物語全体を包むオチにはなっていません。次回作以降においても、オチの美学は守ってほしいなあと思います。思い切り観る側のわがままですけれど。

 4の真犯人、ホフマン刑事が今回も暗躍するわけですが、ぼくはこのホフマンにはあまり惹かれないんです。そこが残念です。トビン・ベル演じるジグソウは『羊たちの沈黙』シリーズのレクター博士(アンソニー・ホプキンス)同様非常に魅力的で、3までのアマンダも好きだったんですが、このホフマンはあまり面白くないです。役者の顔立ちが作品の出来を大きく左右するのは史上類例数多のことであり、ホフマン役の選出にはもっと力を入れて欲しかったなあとも感じました。4のオチの構造上、あまりに悪役っぽくても成立しなかったのでしょうが、その分5のメインを張るにはどうも弱い。役者で面白いのは今回、最後まで頑張るあの女性です。大地真央にどこか似ている美熟女であって、次回作でもぜひお目にかかりたい女優さんであります。

 5は基本的によかったのですが、あからさまに次回作をつくろうとしている感じはちょっと危険なようにも思います。4はジグソウの死がはっきりしたものになり、今回で最後なのか、と思いながら観ていられるのですが、ホフマンが結局生き延び、なおかついくつもの謎が放り出されたままとあって、観ているうちから6ができるのが丸わかりになる。いや、6も観ますよ、観たいですよ。でも、5は5で完結して欲しいんです。6はできるのかなあ、と思いながら観たいのです。書きながらあまりにもわがままが炸裂しているなあと感じていますが、それはつまりこのシリーズへの期待の表れ、賛美の表現なのであります。

 ともあれ、『SAW』シリーズはアベレージが高いです。駄作というのは今のところ一作もないし、一本の映画としてどれも面白いです。時間的にも短くぴしっとまとめあげているのが好感が持てますし、この5レベルで続けてくれれば御の字、これ以上のものをつくってくれるなら、公平に観て何の文句もありません。
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by karasmoker | 2009-03-20 23:54 | 洋画 | Comments(0)
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