『ノーカントリー』 ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン 2007

『ファーゴ』に似ている。そして『ファーゴ』のほうが上。
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 原題『No Country For Old Men』
 昨年アカデミー賞を受賞した本作、コーエン兄弟の作品とあって期待したのですが、ぼくが期待しすぎたのかもしれません。それほど強い印象を与えてくれる作品ではなかったです。

麻薬取引の金を持ち逃げした男と、それを追う殺し屋、それを追う保安官のお話です。
 コーエン兄弟のものはまだこれと、『ファーゴ』『ブラッドシンプル』しか観ていないのですが、『ファーゴ』はやはり傑作で、どうしてもあの思い出に引きずられます。本作の目玉であるところの、ハビエル・バルデム演ずるアントン・シガー。宇多丸のラジオでは、このアントン・シガーのキャラクターがすごいと言っていたのですが、このシガーよりも『ファーゴ』でピーター・ストーメアが演じたゲアという男のほうがぼくはずっと印象深く感じました。内面が欠落しているような男、なおかつ容赦なく人を殺す存在として『ノーカントリー』のシガーと『ファーゴ』のゲアは共通なのですが、シガーはどうもロボットっぽいんです。大金とともに逃げ回る男に撃たれ、シガーは怪我を負うのですが、この治癒を自分で行うときもあまり人間っぽくない。いや、それでいいんですよ、本作のシガーってそういう存在だと思うんです。でも、『ファーゴ』のゲアの思い出があるぼくとしては、あのゲアのどうしようもなくけだるそうな表情のほうがずっと印象的で、このシガーが期待したほど面白くなかった。

要するにシガーはロボットであって、それはあの武器にも象徴されていますよね。普通の武器ではないんです。名称はわかりませんが、自転車の空気入れの強力版みたいな牛殺しの道具や、あのでかいサイレンサー付きのショットガンなど、ハードボイルドの殺し屋が携行するようなピストルとはまったく違う武器であり、いかにも破壊兵器といった位置づけになっている。彼は次から次に、それこそ軽々と人を殺し続けますが、この点においてはぼくが観た『ブラッドシンプル』や『ファーゴ』に連なる、事件の無意味さが表されています。コーエン兄弟のひとつの大きな武器って、無意味さにあると思うんです。空疎さ、というか、必然性を欠いた出来事に振り回される人々の様が面白いんです。でもこのシガーはあまりに無着色すぎて、そのくせ決して無敵なわけでもなくて、なんだかすごく惜しい感じがしてしまいます。

 アメリカはテキサス州が舞台となっているわけですが、ああ、このショットはすごいなあ、愉快だなあというのも本作には特別感じられなかった。ショットに違和感を感じませんでした。何度も『ファーゴ』の話で申し訳ないですが、あの映画は雪景色をうまく用い、非常に味のあるカットがいくつも散在していた。この映画、テキサスの荒野や街並みなど、それなりのものではあるとは思うけれど、今までどこかで観たような風景、あるいは風景の撮り方に収まっているなあという気がしてならない。少なくとも、コーエン兄弟の作品の中では取り立てて面白いものではないのではないでしょうか。いや、まだぼくはこれを含め三作しか観ていないんですけれども。

 保安官のトミー・リー・ジョーンズ。彼がどうにも面白くない。タイトルの『No Country For Old Men』、彼はまさにそのオールドメンの一人として存しているわけですが、役割あるいは存在として趣がなく、ただ疲れているだけの老人に見えてしまう。いつもなんだか疲れているんです。やる気があるのかないのかわからない。ゲアには劣るとしてもシガーのキャラクターはいいし、逃げ回る男は役割上絶対に必要な存在だからいいにしても、この保安官が本当に必要だったのでしょうか。追いつけなくていいんです。目標に追いつけなくても、それはぜんぜん構わない。でも、その分その旅の過程に面白みがほしいわけです。

 たとえばサム・ペキンパーの『ゲッタウェイ』では、追っ手側の男がすごく面白いんです。あれも組織の金を奪って逃げる話ですが、追う側を見てもただの追跡劇ではなくて、その過程で起こる異常事態が楽しいんです。追っ手の男はある夫婦を脅迫、支配して目標のマックイーンたちを追跡するのですが(このマックイーンとアリ・マッグローの夫婦のバランスもいい。ボニーアンドクライド的な良さに加え、マッグローを離れられないマックイーンの感じも楽しい)、追跡中に関係性がおかしくなって、妻の女が追っ手の男とラブラブになってしまうんです。夫が哀しすぎて大変に愉快でしたし(ただその分、あの夫には簡単に死んでほしくなかった)、追跡、逃走の過程がどちらも面白く描かれていた。

『ノーカントリー』においては、保安官はやる気があるんだかないんだかわからず、殺し屋はロボット的でありながら過去の殺人機械たちに比べて妙味に乏しく、追跡劇のわりにその点の白熱が弱かった。逃げる男をシガーが銃で撃ちまくるシーンはすごく迫力があるんだけれども、あの濃度が映画全編を通して言うとさほどではなく、映像的風合いも過去の作品のほうが高い。

 きっと、隠された魅力というか、じっくりと作品を読み解くと見いだせる面白さはあると思います。ラストシーンの、トミー・リー・ジョーンズの夢の話とか。ただ、それを読み解きたいと思えないのは結局、トミー・リー・ジョーンズがほとんど面白くないからなんです。大金を盗んだ男の妻とシガーのやりとりも、この妻にもっと味わいがあれば別だったんです。あの場面にこもるものがあった。でも、この妻は別に何もしていないし物語上の働きも見せてくれないので、あのシーンのやりとりにも緊迫感がない。

 色々と文句を並べてしまいました。期待しすぎたのが一因かもわかりません。でも、映画自体は長くは感じませんでした。結構面白くは観られます。三人の立場から物語を照らすので、一所に収まらず、興味を持続させてはくれます。でも、観終わってみれば、なんだかあっけなさばかりが残るというか、もうちょっとなんかこう、伝えるならもっとちゃんと伝えてほしくなるし、魅せるならもっと魅せてくれよと思わされる。あっけなさを感じさせるのはこの映画の狙いのひとつであるような気もします。この映画は無意味さに溢れている。でも、観た後のあっけなさとしては、あまり気持ちのよいあっけなさではなかったです。
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by karasmoker | 2009-04-12 22:05 | 洋画 | Comments(0)
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