『県警対組織暴力』 深作欣二 1975

言いたいことはわかりますが、どうも子供っぽい。ぼくももう、大人なんでしょうか。
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 深作欣二監督作を語るときには『仁義なき戦い』が外せないものになるでしょうし、『蒲田行進曲』がよかったという人は80年代に青春を謳歌した人でありましょうし、ぼくの世代はどうなのかと言えばこれはやはり『バトル・ロワイヤル』になります。『バトル・ロワイヤル』はこの先、「20世紀邦画最後のカルトムービー」として語り継がれることでしょう。何度か観返していますが、やはり面白い。この先も何度か観返すでしょうから、そのうちまた観たくなった頃にはDVDを買うかもしれません。若い俳優の無邪気な演技もさりながら、今ではどうしようもない柴咲コウもこの頃はよく、栗山千明の過度に芝居がかった演技も映画的な快楽を与えてくれたものであり、北野武のすばらしさは言わずもがなであり、物語のテンポも文句なしで、ひとつの映画としてエネルギーを発している傑作です。ただその分、2はひどいものでした。宮崎駿-吾朗よろしく、深作欣二-健太親子もまた二世の初監督作はもう最悪の極みであり、とても同じシリーズの映画とは思えません。『バトル・ロワイヤル』は公開当時、国会をも巻き込んで「こんなものを上映するな!」と騒動になりましたが、2のほうがよほど「こんなものを上映するな!」な出来でありました。

 さて、『県警対組織暴力』ですが、これ以前に『ゴッドファーザー』の1、2が海の向こうでつくられていることも踏まえ、日本映画で描かれるヤクザというのはなんというか泥臭く、それでいてガキっぽいなあと思わされます。泥臭いのは言うまでもないところなんですが、なんだかガキっぽい。井筒和幸の『ガキ帝国』を彷彿とさせるものでした。 

警察とヤクザの癒着というのがモチーフなのですが、どうしてガキっぽく感じたのかと言えば理由は二つで、ひとつにヤクザ同士の争いが十代の不良みたいに無鉄砲なものであること、そして結局は物語の主人公である菅原文太の刑事・久能、松方弘樹のヤクザ・広谷が結局は組織(大人)のもとで踊らされているからなんですね。けなして言っているのではまったくありませんが、物語を包むものそれ自体が青春劇みたいな構図だなあと思いました。

 菅原文太演じる久能はヤクザと仲がいい刑事なんですが、ドスの利いた彼もまた、不良少年みたいなところがあります。こう感じること自体、ぼくが大人になってしまっているからかもわかりません。久能はやりたい放題というか、自分のやり方でヤクザと対峙するんだみたいなことを言うんですが、どうも説得力を感じられず、むしろぼくは途中から登場した真面目な上司、梅宮辰夫演じる海田にこそ肩入れしてしまいました。ああ、ぼくも大人になっているんですかねえ。ただやっぱりこの海田のほうがちゃんとしてるやんけという感じは拭えないんです。この海田は主人公、久能にとって邪魔な存在、目の上のたんこぶ的な人なんですが、正直久能がちゃんとしていないように思え、海田頑張れになってしまった。

ここで言う「大人」というのは別に年長者をさしているわけではありません。組織の規律を守る人間、ルールをきちんと遵守して下の者にもそれを強いる人間のことです。海田は久能より若いんですが、間違いなく久能より大人なんです。そしてこの映画で言えば、海田のほうが絶対正しいよ、と見えてしまう。いやあ何度も言いますが、ぼくも大人なんですかねえ。ただ、この点は後に触れたいと思います。

 いやでも、やっぱりあまり、ぼくはこの久能を応援できなかった。こうした映画、つまり現場にやってきたおえらいさんとの対立みたいなものだったら、やっぱり現場のやり方がどこかで勝たなきゃ行けないんじゃないでしょうか。『踊る大捜査線』はその辺が顕著ですけれども、「おえらいさんは俺たちのやり方を否定するが、俺たちのやり方じゃなきゃ解決できないんだ」みたいになって、だからこそ主人公に肩入れしたくなるし、そのためには主人公の行動が道理のいったものでなくちゃならない。でもこの映画、それがないんです。「極道もんとやりあうにはそれなりのやり方がある」みたいになるのですが、ただなれ合っているようにしか見えないんです。いや、クライマックスで結局海田は久能に頼るんですが、それも別に久能じゃなきゃ駄目だってものでもなさそうだったし、それどころか自分と仲のよいヤクザの刑期を短くしろなどと言うし、あげくにこの久能が情に流された結果、そのヤクザは暴挙に出て殺されてしまいます。久能の辛さというかやるせなさというか哀しみというか、そういうのもこの映画には必要な要素なんですけれども、そのためには久能にもっとしっかりしてもらわないといけないんじゃないでしょうか。正直、この映画の菅原文太にはちっとも感情移入できませんでした。

なぜ菅原文太の久能が松方弘樹のヤクザ・広谷にそこまで思い入れするのか、というのもこれまた弱いんです。六年前、久能のところに広谷が自首してきたところから関係が始まります。久能は警察に電話し彼を逮捕しようとするのですが、茶漬けを食べた茶碗を広谷が洗っているのを見て、「この男を刑務所に入れたくない」などと考えて結局逃がしてしまい、それ以降つながりができているのです。なんじゃそら。自分で食べた茶碗くらい洗うっちゅうねん。もっとさあ、幼い頃からの友人みたいにすればいいじゃないですか。そうすれば二人の因縁も強くなるし、「あの頃はこうだったな、ああだったな」みたいな感じで暢気な話でもすれば過去から現在に至る二人の生き様が想像されるし、それで終盤のあのシーンもより観客に強く残るし、久能が広谷と癒着してしまう部分も活きてくるんですよ。そういうのがあれば、単なるガキっぽさにならないと思うんです。大人な二人が、それよりも大人になっている人たちに結局は負けてしまう話、として哀感もこもるんです。これではガキが大人に負けているだけだから、その辺の綾がつかないんです。

いい台詞はありました。海田が捜査を成功させて、やあうまく行ったなあと安堵しているシーンで、久能がつっかかります。自分より若い海田に対し、ヤクザが終戦の頃に活躍した話をする。ここに『仁義なき戦い』でヤクザを演じた菅原文太・久能がヤクザを簡単に敵視できない理由というのが伝わります。ヤクザとつるんでいる久能ですが、警察の上層部もまたヤクザと繋がっている点も踏まえ、警察の正義がなんぼのもんじゃいというのを伝えているのはよく、またこのシーンでは取材に来た記者たちに対し、マスコミがなんぼのもんじゃいというのも言わせている。このシーンの久能はいいんです。だからもっとしっかりしてくれよと言いたくなるのです。結局、警察にもヤクザにもなりきれない、それでいて両者をうまくまとめきるほどのこともできない男になっています。

 ここでの久能のメッセージは後に、広谷によってより明確に語られます。逮捕されそうなときになって、広谷は、「自分が逮捕されるのは構わない。だが同じようなことをしている他の連中、それとつるんでいる警察がお咎めなしなのは気に入らない」というようなことを言います。時代に追いつけなかった、あるいは時代の中で翻弄されたヤクザの哀しみのようなものが伝わるいい台詞なのですが、もったいないなあと思うのはやはり、この広谷が結局久能同様、どうしてもガキっぽくなってしまっているところなんです。大人は汚いぜ!と叫んでいる不良のマインド以上のものが彼の行動を通して見えてこない。

時代的な演出をぼくが理解しきっていない点もあるかもわかりません。当時はこれで十分に伝わったのだ、というのもあるかもわかりませんね。色々と語りながらもどこかで、もっと映画観(えいがみ)レベルが上がればわかるのかなあという気もしています。今はひとまずこんなところです。
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by karasmoker | 2009-04-16 08:05 | 邦画 | Comments(10)
Commented by ヒロシ at 2011-05-11 11:02 x
>>ぼく大人なんでしょうか

コドモだと思うョ!
Commented by karasmoker at 2011-05-11 21:26
やった!
Commented by 通行人 at 2013-12-01 10:32 x
戦後、広島市、復員兵、戦争孤児。

時代背景は解るでしょ。
Commented by 通行人 at 2014-04-05 04:43 x
久能が広谷を見逃したのは

①広谷が組長を裏切った男を殺す事が避けられ無い状況定にあった事を哀れんだ
(後半の、裏切り者の大貫を殺した悟を見逃した時とだぶる)

②その絵図を書いた張本人であり、それによって勢力を拡大させる友安を黙って見過ごせなかった

以上のニ点からでしょうね。

また久能は、大原組の安定こそが秩序の安定であると考え、その大原組の頂点に広谷が立つ事を望んでいたのでしょうね。
Commented by 文太 at 2014-10-02 08:24 x
本質と時代背景を理解されてないようで・・・

気になった点は、車で撃ち合うシーンで方輪乗り上げて車がひっくり返るシーン。  スタントマンのヘルメットがばっちり写ってる・・・ 一気に冷めてしまうよ、深作さん。。 
Commented by 野良 at 2016-08-19 01:54 x
好きでもない映画をダラダラと長文ご苦労さんガキ
Commented by 野良 at 2016-08-19 01:54 x
好きでもない映画をダラダラと長文ご苦労さんガキ
Commented by 川手 at 2016-09-11 12:48 x
お前に文太さんの何がわかるってんだ。感情移入ができない?あんな人間味あふれる文太さんの世界観を理解できないとは、もう一回見返してこい。

あなたには現代のVシネマとか単なるリアルで見ていて不愉快にしかならない柄の悪い兄ちゃんを演じるヤクザ映画がお似合いよ。
Commented by 川手 at 2016-09-11 12:57 x
あとよぉ〜 あなたのこの一文

この映画で言えば、海田のほうが絶対正しいよ

海田が一番悪党だよ、あなたは最後の海田転職シーン理解していないと思うが、彼は川手組真のボスである友安(金子信雄)が持っている日光石油に天下りしてるんだよ?そしていけしゃあしゃあと「仕事前の体操しよう」と言う。散々潔白潔白と言っておきながら甘い汁を啜ってるわけだ。
私が上でこの映画を見返せといったのはこうした細かい部分を見直してくれってわけよ。
Commented by 笠原 at 2016-12-16 15:41 x
海田が間違いなく正しいっておい…きみが文盲なのは間違いなく正しいわ

そして一番噴飯物だったのが、久能と広谷を幼馴染設定にすればアヤが生まれるってとこ

なんだあそのクッサいカセ 本当の大人はそんな甘ったれたカセから生まれるアヤなんかじゃあチンポ勃たねえんだわ
そんな甘ったれの馴れ合いがお好みなら、日活やら角川映画やらオサレなゲージツ映画でも見てろや

この映画の脚本はその緻密に作り込まれたドラマ的結構を軸に、脚本家のその世代(昭和一桁)の罪の意識、戦後社会への反発これらの思いが完璧に表現されている つまりアンタッチャブルな領域の脚本と言える 言っておくがこれ間違いなく正しい

そんな領域の脚本にきみのような不勉強、いや無勉強のこどもの考えが入り込める隙があるはずがないのは理解できるね?

悪し様に罵ったが、この映画を愛するがゆえに、この映画の素晴らしさを知って欲しいがゆえであることをどうか理解してくれな

理解してくれたらこの県警対組織暴力、あと30回は見直して自分の不明を恥じてくれ

あと映画観レベル?この髪一筋程もセンスの感じられない言葉使いはやめたほうがいい
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