『シザーハンズ』 ティム・バートン 1990

 些末なことなどどうでもいい! 面白ければそれでいい!
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 いつものごとく世間に大きく遅れまくって、感想を語ります。
 正直そんなに期待してはいなかったんです。手がハサミの男のラブストーリーというのがぴんと来ず、DVDパッケージにも惹かれなかった。ですが、いや、まだまだぼくのアンテナは修正の余地が多分にありますね、これは傑作でした。『ザ・フライ』を観たときに感じたのと似ていて、ぐいぐい引き込まれました。アマゾンでもほとんど五つ星ですね。

 まず冒頭から、世界観の部分で、ああ、これはありやな、と思いました。おとぎ話的な風合いをフルスロットルでかますかと思いきや、日常的な、それでいてジオラマ的な町を舞台として見せる。まるでテーマパークのような、それでいてシンプルかつ開放的な町を描いており、その背後にあの城をどんと置く。この世界観の時点で持って行かれました。なおかつあのジョニー・デップ扮するエドワード・シザーハンズが最高でした。手がハサミであること以外、何の予備知識もなかったので、虚を突かれました。あんなキャラクターだとは考えておらず、もっと普通の人間っぽいのかと思っていた。あのエドワードのキャラクターは百点です。あの舞台にあの存在を配したことにあっぱれ。おとぎ話といえばおとぎ話ですが、とても良質なおとぎ話です。テンポ、音楽、美術演出、どれをとっても素晴らしい。

 エドワードはすごくおどおどしている。このおどおどが素晴らしい一方で、手には鋭利なハサミ(というか長いナイフの五本指)を持っているため、観ている間ずっと緊張感が保たれる。犬の毛や人の髪をカットするシーンでも、扱う技術が十分にあるとわかっていてもどこか危ない感じが拭えず、だからこそエドワードがただの愛すべき存在にはならない。不意に人を傷つける存在だからこそ生まれる独特の魅力が付与されています。また、こんなのは言うも愚かですが、この刃物の手はコミュニケーション的な意味合いも孕んでいるわけですね。エドワードは意図せずして傷つけてしまう。傷つけまいとして慎重に振る舞えば、今度は向こうが傷つけてくる。不意に自分自身をも傷つける。Mr.Childrenの『掌』で歌われた「抱いたはずが突き飛ばして 包むはずが切り刻んで 撫でるつもりが引っ掻いて」というのがまさに文字通り当てはまる寓話で、ハリネズミのジレンマなどとも言われますけれども、陳腐ではあっても最もわかりやすい形で、コミュニケーションの難しさが表されています。

 もうはっきり言って細かいことなんてどうだっていい!
 つっこみどころなんて犬っころに喰わせちまえ!
 これは『ザ・フライ』によく似ています。あるガジェットの面白さで見せきってしまうんです。あの映画でも、どうしてあんな部屋であんな発明ができるんだとか、科学的に合理的と言えるのかとかそんなこと言い出せばそりゃもうおかしな話でしょうが、あの映画にとってそんなつっこみは無粋以外の何物でもないんです。この映画もそうで、何なんだあの城はとか、どうやってあのエドワードができたんだとか、完璧にどうでもいい。人の動きに合理性がなくたってどうでもいい。多くの人々がその他大勢になっていようがどうでもいい。あの男を殺したあとの現実性だってどうでもいい。些末な問題などすべて吹き飛ばしてしまえる魅力がこの映画にはあります。あの博士が作った機械が最高にキュートじゃないですか。あのキュートさが全編に漂っている本作を、諸手を挙げて支持します。

 今日はわりと短めに終わりましょう。非現実的なお話ですが、目頭をくうっと熱くしました。これだから映画観(えいがみ)はやめられません。
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by karasmoker | 2009-04-26 06:49 | 洋画 | Comments(0)
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