『未来世紀ブラジル』 テリー・ギリアム 1985

好き嫌いがはっきりする映画だとして、ぼくは嫌いな側ですね。
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 この前の『シザーハンズ』などを観て特に思うのですが、やはり映画は「乗れるかどうか」が相当重要な要素で、極端な話「乗れるかどうか」がすべてと言ってもいいです。乗れれば面白い、乗れなければつまらない。別に映画に限ったことではなく、普遍的に当てはまることでしょうし、というか、「乗れる」というのは「面白い」の代替語でもあるわけですが、その意味で言えば本作、ぼくは乗れませんでした。

 管理社会の風刺、システムに対する風刺ということが言われて、後のスピルバーグ作品、『マイノリティ・リポート』(2002)でも同じモチーフが描かれています。管理社会で起こるミスによって悲劇が起こる。しかし管理が行き届いているため、ミスがミスとして認められることがない。それに異を唱える人間はシステムへの反逆者として扱われ、騒動に巻き込まれていく。『マイノリティ・リポート』も本作も、主人公がシステム運営側の人間の一人であるのは同じなのですが、『マイノリティ~』のトム・クルーズがシステム被害の当事者になったのとは違って、本作の主人公、ジョナサン・プライス扮するサムはミスを帳消しにするために仕事にかり出され、その先で出会った女性を救うために騒動に巻きこまれるわけです。

 ちょっとわかりにくい説明ですな。要するに、サムがシステムの引き起こしたミスを帳消しにするために被害者のもとに行くと、そのミスを目撃し誤認の抗議をしていた女性を発見します。彼女を捉えるかと思いきや、サムは彼女に恋をしていました。彼女はシステムの誤作動を告発しているため、このままではシステム側の人間に抹殺されてしまう。そう考えたサムは彼女を守るべく、てんやわんやの大騒動に身を投じていくわけです。

 ぼくが大いに引っかかったのは、あの夢のくだりです。彼女に恋をしたのは、夢の中に彼女が出てきたのが大きいようですが、これはサムが彼女に恋をする動機として、あるいは彼女を守り抜こうとする動機として、弱くないですか? 命に替えても彼女を守らなくちゃ! という気持ちが伝わってこないんです。何をこだわっているのや、と思わされます。主人公サムは夢の中で、鎧を着て背に翼を持ち、空を飛び回る存在なのですが、あの描写が嫌いでした。あれ、ものすごく馬鹿っぽいんです。いかにもつくりものめいていて、一番まずいのは鎧武者と戦う場面。日本の戦国武者みたいなのと戦うんですが、あれはものすごく安っぽく感じる。金がなくて安っぽいのとは違うんですよ。金がなくて安っぽいならそれはそれで味があるし、金がないなりに頑張ってつくろうとしているのやな、と愛着も湧くんです。でもこの場面は違う。この鎧武者は別に出てくる必然もないし、この場面全体が薄っぺらさに満ちていて、どうにも好きになれなかった。

 どうもこの映画は全体的にぺらぺら感があるんです。人間に絶対的な優越を持つ管理社会には見えない。いや、それはいいんです。絶対的な管理社会に見えながらその内実はいい加減なものだ、というのはこの映画で大事なところでしょう。でも、とりあえずは、ああ、これはすごくシステマチックなのだな、荘厳で抜け目のない世界だな、と「一見して」思えなくちゃいけないんじゃないでしょうか。一見するとすごいシステム、でもその内実は、というところの対比が、システムへの風刺になるんじゃないでしょうか。この映画は全体的にどうもぺらぺらしている、ようにぼくには思えた。端からぺらぺらしているので、絶対的なシステムから逃れようと苦闘する主人公、というのが浮き出てこないんです。

 ただ、今述べたような部分も、乗れれば多分気にならないんです。それはそれでええがな、と思えると思うんです。『シザーハンズ』について、ぼくは細かいことなどすべてどうでもいいですから。ただ、乗れないときつい。いろんなことを仕掛けてきますが、すべて鼻についてくる。システムに抑圧される人間、というなら、その人間のあり方をちゃんとしてほしいんですが、笑わせようとしているのか何なのか、トラックに振り回される主人公はどんなに振り回されても落っこちないし、ロバート・デ・ニーロの修理工もなんで出てきたのかよくわからない上にスロープで超人的な滑走を見せるし、こいつらは本当に抑圧される人間なの? と思わされる。かなり散漫な印象を受けました。ふざけているところなんかが、どうしてそんなところでふざけるの? と感じてしまうし、一方で締めるところを締めていない感じが、ものすごくします。

全体の印象が細部の印象を決めるなあと思います。今述べたところなんかも、いいように捉えられれば捉えられるし、深い意味も読み取ろうと思えるかもわからないんですが、この映画全体の映像センスについて、好印象を持てなかった。ぼくは「快楽が意味に優越する」と思います。どんなに意味深い描写でも快楽がなければ価値がなく、何の意味もなかろうが快楽さえあればよいとする立場です。快楽がなかった。それがすべてです。途中からどうでもよくなって、何なら途中で観るのをやめようかとも思いました。好き嫌いがはっきりする、などと映画についてはよく言われることですが、なるほどぼくはこの映画、嫌いな側の人間です。
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by karasmoker | 2009-04-30 08:31 | 洋画 | Comments(2)
Commented by natto at 2013-03-06 11:47 x
なるほどー
言われてみれば確かにペラペラ感満載ですねw
僕はこの映画大好きですけど

監督のユーモアのセンスが肌に合うかどうかですごく評価が変わりそうですね
僕は監督の色んなものをバカにしてそうな意地悪な感性をみるのを楽しんでますw
SFなのかファンタジーなのかブラックなコメディなのかよくわかんないところに僕ははまりました。

Commented by karasmoker at 2013-03-07 09:31
コメントありがとうございます。
観たのが四年前なので今観ればまた違うと思いますね。
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