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『バロン』 テリー・ギリアム 1989

サラ・ポーリーのおかげ。
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 原題『The Adventures of Baron Munchausen』
 前々回の『未来世紀ブラジル』にまったくはまれず、かつて観た『12モンキーズ』ももうひとつ面白くなくて、これで駄目ならテリー・ギリアムはぼくに合わないな、と思って観てみました、『バロン』です。

 予備知識なしで観たのですが、これまでに観たのがSFだったのに対し、今回のはファンタジーでした。18世紀後半が舞台で、戦争下にある街にバロンという男が現れ、彼が冒険していく様を描いたお話です。

 この映画は子役のサラ・ポーリーがものすごく大きな働きをしています、というか、二時間超のこの映画を支えたのは主人公のジョン・ネヴィルではなく、間違いなくサラ・ポーリーです。この子がいなければこの映画はひどいものになっていたに違いありません。仮にバロンだけが旅をしていたら、もう目も当てられない話になっていたでしょうから、ここに子役を配したのはとても重要な選択でした。サラ・ポーリーがまた、実にいい汚れ具合というか、うまい具合に汚く、なおかつ可愛らしいんです。ぱっと見てわんぱくっぽく、それでいて可愛く、「家なき子」の頃の安達祐実を彷彿とさせるんですが、歯が生え替わりの時期で、笑うと歯抜けになっている。この残念さが正しいんです。この子を起用したのは正しいです。単純に可愛いだけの女の子では駄目で、この子がぶっ飛んだ世界で唯一現実感を担保してくれる存在なのです。

バロンは冒険家のとんでもなくエネルギッシュなじじいなんですが、その分現実味に乏しく、この映画で唯一まともなのはサラ・ポーリー扮するサリーです。サリーがちゃんとしてくれているために観ていられますし、この訳のわからない世界で、彼女を応援しようという気になります。正直バロンが死のうがどうなろうがあまり興味はないのですが、サリーが苦境に陥ると観客もはらはらします。この映画の主人公は実はバロンではなく、サリーなんです。

映画は戦争下にある土の街並みとファンタジックな世界が描かれますが、戦争下の街は観ていて安心できます。薄っぺらくないし、それなりに豪華さもある。キューブリックでも『時計仕掛けのオレンジ』などのSFものと中世ヨーロッパを描いた『バリー・リンドン』があり、どちらもすごく味わいがありますが、いわゆる豪華さ、カットごとのすごさで言うと、『バリー・リンドン』が出色です。『バリー・リンドン』は話こそ退屈を感じましたが、ショットの点ではそれだけで絵画的な快楽を与えてくれるものに充ち満ちており、それがあの映画を特別なものにしている。テリー・ギリアムの映像にはキューブリックほど惹かれませんし、街並みもとりたてて優れたものとは思えませんでしたが、SF的場面に比べれば安心して観られるし、一定度の質を保てています。

 ただ、やっぱりギリアムに入り込みきれないのは、嫌いなタイプの「変なこと」をするからです。この映画でも変なことをしています。ぶっ飛んだ描写自体はいいのですが、あの首だけのやつが出てくるくだりは、ああ、そっち行っちゃった、とげんなりしました。あの辺のふざけ方、いかにもヨーロッパっぽいふざけ方が嫌いなんです。王宮のシーンとか、街のシーンとか結構豪華なのに、ああいうフィクション100のシュール描写はどこか安っぽさもあり、こうなるとふざけ方が鼻につきます。安っぽいシュールってのは、個人的にちょっと観ていられないもののひとつです。これはCG技術が発展した今だから余計に思うのでしょう。ああ、二十年前のクオリティだなあと思わされる。今この映画を公開したとしたら、あの首だけの部分はきっと不評を買うことでしょうね。この手の映画はチープさを感じさせるときつくなります。

 今までに観た二つのギリアム作品に比べればいいです。でも、それでも入り込めず、退屈さも募った。バロンがめちゃくちゃで何をしたいのかよくわからないのも大きな原因で、もうぼくはサリーと一緒になって腹を立てていました。途中でユマ・サーマンのヴィーナスが出てきて踊るくだりとか、バロンのプレイボーイぶりを表したいのか知りませんが、何してんねん、という気分。街を救うって目的があるのに、行動が行き当たりばったりになっていて、しかも本気でそっちにふらふらしていくから、サリー萌えのぼくとしてはじれったくてならない。あれはユマ・サーマンに惚れられちゃって無理矢理、みたいにすればまだわかるんですよ。先に進みたいのに離れられなくて、困りながら踊るとかならわかるんです。でもこのじじいは自らめろめろになるもんだから、観ているほうは「おいおい、おめえの悪ふざけに付き合わなきゃいけねえのかよ」となります。いや、バロンはそういう存在だから、そこを本気で怒っても仕方ないのはわかるんですが、それを笑って許せるほどにはこの映画は面白くありませんでした。

 とはいえ、クライマックスのシーンはなかなか濃度があります。途中で再会した仲間たちの活躍も観ていて愉快だし、金もかかっているし、すごい速度で走る男のくだりはちょっと寒い感じもありますが、まあいいです。とにかくもう、馬鹿みたいなことを言いますが、サリーが喜んでいればそれでいいです。

 ただ、「何でもあり」が過ぎるとやっぱり許容できないところも出てきて、ラスト近く、バロンが撃たれたくだりがわからない。死に神みたいなのに出会って死んでしまうかと思いきや、そのすぐ後で普通に生き延びていますから。なんじゃそら。そこまで何でもありにされると、秩序がなさ過ぎて当惑します。宇宙から地球に行くときの何でもあり感とかは別にいいです。もうそういう世界なんだなこの映画は、と思って観られます。でもあのバロンが撃たれたところはそういうことじゃないですから。あれはもういっそのこと、バロンには死んでもらってもいいんです。そうすると、それまで散々勝手なことをしてこちらを困らせたバロンにも、ぐっと愛着が湧きますし、あの戦闘での活躍がより英雄的になり、英雄バロンとして焼き付きます。でも、そのあと普通にぴんぴんしていますからね。そうなると、バロンを好きになりきれない。まあでも、サリーが喜んでいればそれでいいです(そればっかりかい)。

 代表作と言われる三作を観てのテリー・ギリアムに対する感覚としては、あまり好きなタイプの監督ではないかな、ということですね。この人のユーモアセンス、ヴィジュアルで魅せる笑いの部分なんかは、どうもぼくの肌に合わない。でも、金をかければかけるほどいいものをつくってくれそうではあります。ぺらぺら感さえなくなれば、この人の映像は結構面白いですから、最近作などもチェックしてみたいという気持ちはあります。今日はこの辺で。
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by karasmoker | 2009-05-02 00:36 | 洋画 | Comments(5)
Commented by BAKADARO,OMAE at 2011-08-14 08:38 x
下手な文章だね。ほんとになにさま!?
Commented by karasmoker at 2011-08-14 14:26
コメントありがとうございます。文章についてはまだまだ精進せねばならぬとつくづく感じ入る次第でございます。つきましてはどうか後学のために貴方様のお書きになった文章を拝読させていただきたいのですが、どこかで読めるものなのでありましょうか。お教え願いたいと存じます。また、二年以上前の記事に頼みもしないのにわざわざコメントしてきて、人のことを一言で馬鹿呼ばわりできる貴方様こそ「なにさま」なのかと、未熟なぼくはつい愚考してしまうのですが、貴方様は何様であられるのでしょうか?
Commented by 日向子 at 2012-04-08 00:05 x
う~ん、『バロン』私は面白くて大好きだったけどなぁ…退屈だったって言う友人も確かにいたから、karasmokerさんと同じ感想を持った人も多いと思う。一方、私みたいに大感激して、何度も観返してる(それも劇場で)友達もいた。分析感想文書いてみたのでご興味あったらURLからだとってお読みください。TBも試してみますが、最近何故か上手く行かないんで…(涙)
Commented by karasmoker at 2012-04-08 07:17
 コメントありがとうございます。
 これは3年も前の記事ですので、今観ると違う感想が得られるかも知れません。映画の見方もずいぶんと変わりましたし、中には年を経ないと十分味わえないだろうという映画があることもわかりました。いつの日にかたまたまでも再見することがあるかも知れません。
 またのコメントをお待ちしております。
Commented by でも at 2017-02-24 18:17 x
この作品のユマサーマンは美しい
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