『ミクロの決死圏』 リチャード・フライシャー 1966

 映像魅了体験の原風景、その芳しい眺めを思い出しました。
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 原題『Fantastic voyage』
 事故に遭い昏睡状態にある患者の体内に、ミクロ化した医療チームが突入していくお話です。ぼくなどはウルトラセブンのダリーが出てくる回を思い出さずにいられず、あの話の元ネタがわかり、日常でほとんど使えないうんちくがひとつ増えました。

 脳にダメージを喰らい、外科手術では施術不能であると結論づけられた患者に対し、潜水艦をミクロ化して体内に注入し、それによって治療を行うという、これだけ書けばなんともぶっとんだ作品でありますが、コメディ要素は皆無で、非常に真剣な冒険劇になっています。

 やはりウルトラセブンよりも前、40年以上前の作品とあって、体内の描写などはとても古めかしいです。合成もはめ込み、クロマキー丸出しだし、この2年後に公開されたキューブリック作品と比しても手作り感が大きいです。その分はどうしても割り引いてしまうというか、今でも決して古くないみたいな言い方はできかねるところです。はっきり言って古めかしいです。ただ、これを40年前に劇場で観た観客としては、多分とても面白かっただろうし、わくわくどきどきしたと思います。そういうわくわくどきどきの部分ってのは、時代を超えています。あとぼくはやっぱり、技術のない中でなんとかリアルに見せようと試行錯誤する姿勢がとても好きです。CG技術に頼れない分、なんとかカメラワークを工夫しようとか、役者の演技によって少しでも本当っぽく見せようとか、そうした意気込みが感じられる作品の味方でありたいと思います。

 ミクロ化できるほどの技術があれば脳の外科手術なんてできそうなものなのに、なんてつっこみはもちろんしません。そんな無粋なことを言うやつはお花畑で花を愛でているとき、ダリーに寄生されればよいのです。体内に入って治療するんだ! というなんとも子供心のある設定がいいじゃないですか。漫画の世界のような話だけど、この作り手たちは決して馬鹿っぽくしようなんて思わず、この設定で真剣につくっています。ただ純粋に観客を愉しませようというのがいいじゃないですか。

 ぼくはこの古めかしい映画を観ながら、思わず声を上げてしまいましたよ! 医療チームの乗る潜水艦が進行に必要な空気を減らしてしまい、面々は肺の中にホースを入れて酸素を吸収します。そのとき、一人の人物が患者の呼吸の影響で肺に吸い込まれてしまうのです。ぼくは思わず声を上げました! そして無事彼は帰還することができたのです。ああ、よかったよかった。それから内耳を通るときのシーンもそうです。内耳は外部の音によって振動してしまうのですが、ミクロ化した主人公チームはその振動を警戒し先に進みます。すると外の看護婦の馬鹿野郎がハサミを落とし、すごい音が! すごい振動が! ああ、仲間の一人が! 大変だ、助けなくっちゃ! とこんな感じで、ぼくはいつの間にか引き込まれていたわけです。

 ただ、人によってはやはり、最新の映像技術に慣れてしまったがために、入り込めないと感じるかも知れません。ぼくの場合は映像魅了体験の原風景にウルトラマンがいます。ウルトラセブンがいます。夏休みの午前十時半にテレビで放送されていたウルトラシリーズにはまり、「自分は大きくなったらウルトラマンになるに違いない。ウルトラマン以外の存在になるなんて想像もできない」と思い、見えない敵を相手に日々格闘を続けていたぼくですから、あの60年代的特撮ものの匂いには今もなお惹かれるわけです。それがこの映画を愛でる大きな理由になりましょう。建物の中がウルトラ警備隊の基地に似ていたのも要因と言えましょう。

 最後もひねりの利いた展開があってよかったです。脱出の経路がまた味があっていいじゃないですか。100分の映画で、だらだらせずに終わるのもよし。個人的にはとても楽しめました。
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by karasmoker | 2009-05-12 04:55 | 洋画 | Comments(0)
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