『JAWS』 スティーブン・スピルバーグ 1975

たかだかつくりもののサメ一匹、ところがCGフル活用の超大作より上。
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毎度お馴染み、有名すぎて逆に観ていなかったシリーズ、今回は『JAWS』です。サメが出てくる、サメが人を襲う、以外の予備知識は何もありませんでした。ところで皆さん、『JAWS』とはどういう意味でしょう。これは別にサメを意味する言葉ではなく、「顎(あご)」とか「口部」という意味です。英和辞書によれば、「危機的な状況、窮地」という意味もあるらしいですから、この映画にそぐうわけですね。

 さて、2時間あるというのを知り、サメが出てくるだけなら100分くらいが妥当ではないか、と思いながら観たのですが、サメとの対決シーンは圧巻でした。それでも100分くらいがいいような気もします。

スピルバーグはこの前にあの『激突!』などを撮っていますが、この作品で一躍スター監督になりました。1975年に制作されていますが、この1年後に「最後のアメリカン・ニューシネマ」とも言われるマーティン・スコセッシの『タクシードライバー』が公開されており、この後のアメリカ映画は『スターウォーズ』『地獄の黙示録』などの超大作時代へと移行し、低予算ものでもゾンビ映画などが隆盛するなどしており、スピルバーグが大作、名作の巨匠として名を広めていく最初の作品という意味でも、『JAWS』は時代の転換点にある重要な作品と言えましょう。敗北の美学たるニューシネマから冒険活劇的大作への移行。これに類した事象は日本の場合、アイドルで起こっています。すなわち、やや時代が下った1980年における山口百恵の引退と松田聖子のデビュー。それまで封建的女性像を、一方それに相反する形の、だらしない男性に対して憤る女性像を歌ってきた、やや影のある美少女としての山口百恵から、健康さと爽やかさに満ちた松田聖子へと時代は移行し、この後80年代における絢爛なアイドル文化が華やぐわけです。これはアイドルのみならず、フォークソングから歌謡曲へ、という流れも符合します。

 さて、映画と関係ない話がふくれました。『JAWS』はDVD特典映像で興味深い談話が語られています。やはりサメの造形については、70年代的な心意気が感じられます。CGを使わず、サメは美術の粋をつくしてその形をつくりあげ、それでもうまく動かずに非常に苦難に満ちた撮影を行ったとか、沖合にいるように見せなくてはならないのに、陸が映り込んでしまって何度も撮り直しをしたとかの裏話が語られ、こういうのは古き時代の心意気です。今ならCG処理でできてしまいますからね。金とコンピュータと指先の動きでできてしまう今に比して、汗水垂らしてつくった格好良さというのは一も二もなく尊敬するわけです。

 サメの怖さがこの映画のメインですが、さすがサメの怖さは十二分に伝わる作品で、言ってみれば「たかだかサメ一匹」であるのにこんなに濃度のあるクライマックスがつくれるのかと惚れ惚れします。スピルバーグはこの18年後、恐竜をモチーフにします(『ジュラシック・パーク』)。そしてサメから30年経った後には、今度は地中から姿を現した謎の存在を描きます(『宇宙戦争』)。いずれもCGをフルに駆使した作品ですが、実はこの『JAWS』にこそ(あるいは『激突!』にこそ)、彼の神髄はあるように思えてなりません。大袈裟なモチーフを使わなくても、「たかだかサメ一匹」(あるいは「たかだかトラック一台」)で傑作が作れるのであり、むしろCG時代というのが哀しく思えるくらいです。

話を今一度おさらいしましょう。海水浴の観光客が収入源となる島に、ある夏サメが出現します。即刻海への立ち入りを禁止すべきなのですが、市長はせっかくの観光客を逃したくないために海を開放し、犠牲者が出始めます。業を煮やした警察官ブロディ(ロイ・シャイダー)は海洋学者のフーパー(リチャード・ドレイファス)、漁師のクイント(ロバート・ショウ)とともに船を出し、沖合でのサメとの決闘に乗り出すのです。

 後半全編の船上での決闘シーンは文句の付け所がありません。つくりもののサメであるにもかかわらず、つくりものには見えず、本当の獰猛なサメとしてよく描けている。無表情、無機質な存在としてのサメは純粋なる殺人マシーンであって、殺人マシーンとの戦いの作品などいくらもあるわけですが、この後の時代のそれらと比べてもまったく遜色がありません。海上の実にシンプルな設定で、場面転換もなくただひたすらに戦うその姿に、ヘミングウェイの『老人と海』的なハードボイルドさも宿っており(サメとの対決というところも類似)、無邪気にぼくはこの三人を応援していました。だから、ある人物がサメに喰い殺されるところが本当に衝撃的に映るのであり、ラストにサメをぶっ殺すシーンが率直なカタルシスをもたらすのであります。

 当初、サメの最後については別の展開が用意されていたそうですが、この終わり方は後のハリウッドアクションのひな形の一つになっています。リアルであるよりも映画的なカタルシスとして、この終わり方がぼくは好きです。むしろそれまでがリアルで地味な戦い方であったからこそ、最後のあのハリウッドアクション的結末が活きてくるなあと思うわけです。

 今にして観てもちっともその映画的興奮は劣化していません。むしろ、CGばりばりの今の大作を観るよりも、こういう作品のほうが味わいがあると思えるくらいであります。既に観ていると思いますが、あらためてこの『JAWS』のよさを感じてほしいなあと思うわけであります。
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by karasmoker | 2009-05-15 00:45 | 洋画 | Comments(0)
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