『バットマン・リターンズ』 ティム・バートン 1992

満腹感はある。でも、満足感に欠ける。
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 アメコミものが最近結構ぐいぐい来ているようです。未見ですが『ウォッチメン』とか『アイアンマン』とか、バットマンシリーズの『ダークナイト』もそうですし、知る限りはおしなべて評判もよく、CG技術の発展とアメコミが幸福な合致を見せている頃合いなのかも知れません。日本ではヒーローものというと、数十年前に特撮で開花しましたからね。日本の場合それがあるから、今に至るまでヒーローものって、漫画ではそれほどメジャーなものになっていないんじゃないでしょうか。いや、というか、日本のアニメレベルがすごすぎるため、そちらで花開いたんですね、ガンダムしかりドラゴンボールしかりエヴァンゲリオンしかり。ドラゴンボールは実写化されましたが、もうアニメの段階ですんごいクオリティにいっているから、実写化する意義がないわけです。

 その点で、日本とアメリカはやはり別方向を向いているなあと思うのであって、映画文化、映像文化としては面白い状況だと思います。さて、今回は1992年の『バットマン・リターンズ』です。

 ティム・バートン並びにワーナーブラザーズは前作と今作の二作で大儲けしたようです。今日付ウィキによれば、二作の世界累計興収は6億8千万ドル。実に700億円です。バットマンといえばそれこそ1939年以来の米国を代表する漫画ですから、ティム・バートンとしてもある意味怖かったことでしょうが、これだけ稼げればもう文句なしだったでしょうねえ。一作目は原作をまったく知らぬ分もあってか、結構楽しめました。やはりヒーローものは悪役が光ると面白いです。ジョーカーはやはり豊かなキャラクターですね。

 本作ではジョーカーはおらず、ペンギンという男、そしてキャットウーマンが登場します。バットマンの話というより、この二者を重点的に描いたのは好ましかったですね。特にペンギンはよいです。あの醜悪さがよいのです。喋り方はヒース・レジャーの演じたジョーカーによく似ています。さすがにジョーカーには魅力は及びませんが、キャットウーマンと並びつつの働きとしては十分でした。さて、いまやSM嬢のボンテージとしても活用されるこのキャットウーマンですが、こちらはよくわかりませんでした。

 キャットウーマンになったきっかけはいいとしても、どうしてバットマンを襲うのかよくわからないんです。こいつが何をどうしたいのか、もうひとつ見えてこない。ここはこの作品の問題点として大きいと思います。ジョーカーにしろペンギンにしろ、悪として立派というか、ちゃんと悪役然としているんですよ。正義のヒーロー、バットマンの敵としてしっかりしているんです。ただ、このキャットウーマンの立ち位置はちょっと違っていて、まあいわば、敵か味方かみたいなサードポイント的な位置づけになっている。それはそれで大いに結構。ただ、いかんせん何をどうしたいのかよくわからない。

 バットマンを敵に回してペンギンと組んだりするし、デパートを爆破したりするのですが、何故そんなことをするのかぜんぜんわからない。彼女がキャットウーマンとして覚醒する場面でも、別にバットマンは絡んでいませんからね。バットマンとしてみれば、「なんやようわからんやつが来よったで、ほんでこいつ何をしたいねん」ということです。普通に考えて、あのシュレックという男を最初から狙えばいいのにそうはしないし、これはキャットウーマンという存在ありきで脚本をつくろうとしたゆえの失敗じゃないでしょうか。なんとかキャットウーマンを絡めたい、でも最初からバットマンと共闘するのはつまらないなあ、さてどうしよう、と考えたあげく、「よくわからないけれど、とにかくバットマンを襲う」という意味不明なやつになってしまった。後半でペンギンの動きに疑問を覚え、スケベ心を気持ち悪く感じ、ペンギンとの仲を分かつのですが、どうにもキャットウーマンの立ち位置がぐずぐずです。

 ペンギンは頑張っていました。ただ彼の場面も、出来事を詰め込みすぎているかなあというのがあります。バットマンを悪者に仕立て上げ、バットモービルを暴走させて街を破壊させ、バットマンに成り代わって街のヒーローになろうとします。しかしなんとも簡単な方法でバットマンに反撃を喰らい、結局ペンギンは再び悪者になってしまう。その後の展開上、物語的な意味はきちんとあるんですけど、どうも面白くないのは要するに、「どうする! バットマン」的な場面がないのがまず大きいですね。

 別にこの作品に限らないんですけど、前作の『バットマン』も『ダークナイト』も、バットマンは絶体絶命に陥らないんです。そこに行く前に、わりとあっさりと解決策を見つけてしまう。それでも、ジョーカーという敵がすごくしっかりしていたので、まあよいかなと思えた。ただ、今回のペンギンはそこまで強烈なアイコンにはなっておらず(一時とはいえシュレックに操られてしまうような存在ですから)、前述の通りキャット・ウーマンはぐずぐずで、ゆえに白熱に乏しいんですね。うん、バットマンが映画の中で悪役以上の魅力を持てないのはそこが大きいです。艱難辛苦乗り越えて、満身創痍になりながらそれでも戦うヒーロー、ではなく、いつでも無敵のパワーでかなりあっさり乗り越えてしまうから、いまひとつ応援できない。ヒーローは結局勝つ、そうわかっていても、途中でやばい状況になればはらはらするんです。でもバットマンは、過程で起こる難題や難敵をするりと抜け、あの屋敷に戻ってスープかなんか飲んで、さて次はどうしようかみたいになるので、どうも濃度が高まらない。

 随所随所はやっぱりティム・バートンの面白さはあるんです。ペンギン(鳥のペンギンね)が大軍をなして進む場面も愉快だし。でも、物語全体を振り返ると、どうもいまひとつかなあという感じです。色々詰め込んであるからおなかいっぱいにはなるんですよ。金もかかっているし画も面白いし、結構おなかいっぱいになる。でも、うまいものを喰ったなあという鑑賞後感がもうひとつ湧かない。

 キャットウーマンというポップなキャラを出したわりに、そこまで機能しなかったですね。彼女に関してはどうもティム・バートンらしくないような気もする。もっとはっちゃけてよかったんじゃないでしょうか。クールビューティじゃなくて、もうぶりっこくらいの猫キャラで押すともっと映えた。なんか格好つけすぎ。キュートをつくらせたら右に出るものがいないティム・バートンなのにもかかわらず、いざこのキャットウーマンについてはキュートさが出せなかった。かなり普通の女になってしまった。その点が残念です。猫なんて、他のどの動物より遊べる要素があるはずなんですけどねえ。
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by karasmoker | 2009-06-30 03:42 | 洋画 | Comments(0)
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