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もろもろ、勉強し直してまいります。
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 当ブログは「リクエストがあった場合のみ更新する」というスタイルです。
 オーダー制のブログというわけです。

 求めてくれる読者の方々がいないのであれば、意味がありません。読んでくださる方のいる限りは、できる形でお応えしていきたいと考えております。

 オーダー対象の作品の条件は次の通りです。
①映画作品あるいは単発のドラマ作品。
②ツタヤでDVDレンタル可能。
③ただし、過去に記事化しているものを除く。
 
基本的にはこの三点です。ただし、ご配慮いただきたいこともございます。できれば避けていただきたいのは次のようなオーダーです。
①「自分は観ていないが、ためしに観てもらって感想を知りたい。それで観るかどうか決める」

これは避けてほしいです。ぼくの見方はあくまでぼくの見方でしかないので、観るかどうかを左右してほしくはありません。それに、「ふうん、じゃあ観るのやめた」と言われても、どうにも書いた側としては拍子抜けしてしまうのです。

②「自分は観た。面白くなかった。世間の評判も悪い。あまりにひどいのでぜひ観てほしい」

 くさいものを人に嗅がせたくなる気持ちはわかりますが、くさいとわかっているものに手間を避けるほどには暇じゃないのです。テレビ局製で、CMと朝のワイドショーだけが盛り上がっているようなタイプのものはとりわけ避けてほしいです。逆に、「世間は駄目だと言っているが自分は面白いと思う」「自分はつまらなかったが世間の評判はいい」というようなものは歓迎です。

 以上がオーダー作品の条件となります。
 オーダーを拒否する場合もございます。いまさら「20世紀少年の三部作を観ろ」と言われてもこれは拒否します。避けてほしいと申している以上は、その辺は汲んでいただければと思います。
 数にもよりますが、オーダーは遅くとも1ヶ月以内にはお応えする予定です。殺到したりした場合はまた別ですが、まあないでしょう。
 数が見えないので、ひとまずはお一人様一作とさせてください。

 注意書きが多くなるのは世知辛い世の習いでございます。申し訳ありません。
 さて、最後にもうひとつだけ。せっかくなのでオーダーしていただいた皆さんがどういう人なのか、ぼくとしては知りたくもあります。ですので、ぜひ皆さんのことを教えてほしいのです。

 といって、詳しく詮索する気は毛頭ないので、都道府県と性別くらいを教えてくれればそれでいいです。「京都在住の女です」とか「鹿児島在住の男です」とか、そんなくらいのもんでいいのです。ぼくは東京在住の男ですが、ああ、ぜんぜん別の県の人が読んでくれているんだなあと思えたら楽しいし、女性のオーダーとあればちょいとテンションも上がろうというもんです(別に記事の中身に性差はつけませんので念のため)。それ以上の詮索は一切しませんのでご安心ください。

 長くなりましたが、以上になります。今後は「なにさま映画評 Made-to-Order」という形で、やっていくことにいたしますので、気が向いたらオーダーください。




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 衆議院議員選挙。
定数5減で、自公326なので、割合としては与党に微増という結果でありましたが、アホの次世代がぼろぼろ消えたのもあって、まぁ事前調査よりは悪くないのか、というのが個人的感想であります。思えば二年前の選挙の日には、あの神聖、恵比寿マスカッツの解散が発表されたという大事件がありましたので、あの頃に比べればぜんぜんましなのであります。

さて、ぼくは実はツイッターで個人的な公約を述べておったのです。覚えている人は少ないかも知れないですが、男子たるもの一度言ったことは守るのであります。

 それは何かというと、「自民が議席を減らしたら映画評を復活する」ということでありました。結果、自民は3つ減らしたので、これはもうやるしかなくなったのであります。

 年末年始はそれなりに忙しいのですぐにとは参りませんが、1月中にはやるのであります。まったく! 誰に頼まれたわけでもないけどこれはもうやるしかないんだ! 一人でくるくる回るんだ!

 しかし、ここでひとつ問題があります。ぼくは映画からずいぶん離れておりますため、何を観ればよいのかな、というのがよくわかりません。そこで、以前もやりました「リクエスト募集」をそのきっかけにしたく思っております。

レンタルで入手可能なDVDであれば、これは必ずリクエストにお応えします。
 何作でも結構です。
 dビデオに加入中なので、dビデオにあるものでもいいです。
 例によって、劇場公開中のものはやりません。
 リクエスト以外の自分セレクトのものも挟み込んでいく予定です。


と、いうわけで、「おまえ自分で言ったんだから公約守れ。政治家のことをどうのこうの言えなくなるぞ」と思われる方は、ぜひともリクエストくださいませ。

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議題1.1

次に書くはずの「議題2」というのは実はなんというか身も蓋もない、それを言っちゃあおしめえよ的なところがあるので、その前にひとつ考えておきたい議がございます。

「映画を観る→感想を書いて考えを深める」という作業は今のぼくからはやや遠いので、ここはひとつ、「映画を外側から眺めてみよう」という試みなのであります。

 議題としては「映画はこの先、ゲームに勝てるのかい?」です。

 リュミエール兄弟が映画を発明してから100年以上が経っているわけで、映画というメディアはかなり完成されている=飽和しているように見受けるのですが、一方ゲームというメディアはまだまだ躍進中の時代です。

 というか、もはや映画を内包する段階に入ってしまっているんじゃないかと思います。

 いまや映画EDのぼくですが、youtubeでゲーム動画を観るとはまってしまうのです。
 実際にやらないのかというと、これはやりません。なかなか時間が取れないからです。いや、こう書くとまるで忙しい人ぶっているようなので言い直します。ひとたびゲームを始めるとどはまりしてしまうだろうから、やれないのです。ゲームならいくらでも時間を忘れてやってしまうたちなのです。そういうわけで、見知らぬ人のプレイを観て、我慢しているわけです。ちなみに言うと、実況付きは嫌いで、淡々とやっているのが好きです。著作権法とかそういうのは知りません。

 これがまためちゃめちゃ面白いのですね。もはやこれは映画以上じゃないのか! という感動さえ覚えてしまう。自分でプレイしたらさらに面白いのだろうと思うと、いまさら映画を観ようという気がどうにも失せてしまう、とまあこういう要因もあるのです。

 はっきり言って、映画というのはたいていが他人事です。アメコミヒーローが勢揃いしようが、ピクサーのキャラクターが可愛かろうが、他人事であります。ゲームも同じようですが、これは違いますね。やはり、自分が主人公を動かすことによる没入感というのは観ているだけのものとはぜんぜん違ってくる。自分がその世界に入っている、この主人公は自分だ、という同期感覚は間違いなく映画以上です。

 それにくわえ、今現在のPS3、PS4レベルとなるともはやゲーム中のムービーが映画そのものでありますから、こうなると単に観ているだけの映画というのは到底勝てないんじゃないか、とそんな気がしてしまうわけです。物語の傍観者より、物語の中に入るほうが面白いのは、当然のことなのです。

 もうひとつ言うと、おお、ここまで進化したのか! という感動がゲームにはまだまだ強いわけですね。これが映画にはない。映画の場合はむしろ一周回ってしまって、「こんなすごい映像だけど、結局CGだろ」と思ってしまう。逆にゲームだと、「おお、CGでここまでやれるのか!」と思う。こうして書くとかなりゲームびいきの面があるわけですが、ファミコンやゲームウォッチの頃からやってきた人間からすると、その進化に感動を覚えてしまうのは致し方ないのです。個人的には興味がないのですが、たとえばキネクトを駆使した、体を動かして進めていくタイプのゲームもある。いろいろな遊び方がまだまだ考えられるわけで、こうなるとSF映画やアクション映画、ホラー映画の類は果たして勝っていけるのかと、疑問になってしまいます。ミステリーなんかもそうですね。あとは恋愛ゲームなどにしても、さらに高度化すれば、恋愛映画を超えてしまうかもしれない。

言い方を変えるなら、たとえば何か映画を観たとして、「ああ、これゲームにしたらもっと面白くなりそうだな」などとも思えてしまう。その時点で、映画というのは果たして本当にこの表現に適したメディアなのか? という疑義申し立てができてしまう。映画というもののありがたみが、間違いなく薄れた時代にあるなあと思うのです。

ゲームの映画化、というのがもはやさっぱりありがたみのない時代になりました。今度は逆のほうにありがたみが出ていくんじゃないですかね。過去にも映画のゲーム化というのはありましたけど、たとえば今のクオリティで、『ダイ・ハード』とか『ロボコップ』とか『インディ・ジョーンズ』とかをつくったら、それこそ本家以上に没入してプレイできるものになるんじゃないか。そんな気がしてしまいます。

 あえて喧嘩腰の物言いをしてみるなら、「映画? 既にゲームに超えられたメディアじゃないか。映画はゲームになれないけど、ゲームはもう映画を内包しているよ」

 もちろんぼくはそうは言い切りません。今まで感動した映画も多くあるので、たやすく上のようなことは言い切らない。でも、そう囁くのよ、私のゴーストが。

 それでも映画を観る価値はあるのか? 特にアメコミものだのSFだのホラーだのといった、とっくにゲームに超えられたものを観る価値はあるのか? 確かに映画が帯びてきた物語性というものはある。でも、そんなものはもはやゲームだって持っている。尺が取れる分だけ、小ネタが挟みやすい分だけ、物語性はゲームのほうが深くなりさえする。さて、映画はゲームに勝てるのか? とこういう話になるわけであります。ハイクオリティなゲームは映画に比べれば少ないし、ゲームは時間も取られるし、という消去法的な理由で観ているに過ぎないのか、はたまたそうでないのか。

こういうことも考えると、またまた映画は遠くなるのですが、さていかがでしょう。
 映画を外から眺める試みとして、ゲームと対比したらこんな感じになってしまいました。
 ぜひとも、いやいや、映画を舐めるな、ゲームなどは到底及ばんよ、というお話をお聞かせ願えればありがたいなあと思います。

 下に示すのは、人のプレイを観ているだけで面白い! と思ったゲームの例であります。 MGS5がここにもうすぐ加わるだろうなあという予想が硬いです。


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はあ、ふう、半年以上ぶりなのでございます。
「映画評を書く」という行為が日常から消え去りまして、するってえともう再開するタイミングもねえなあ、いろいろ忙しいし、ということで、半年以上放置していたのでございます。

 先んじて申し上げますに、いまだ再開の目処は立てていないのでございます。理由は様々にございまして、ここで開陳すべきものもそうでないものもあるという次第なのであります。映画というものが、今のぼくにはいささか遠いものなのでございます。

 そこで今回は、皆々様にご相談したい議があるのでございます。いやいや、相談などと言うとこれはどうにも深刻ぶっている風でよろしくない。まあざっくり言うならば、ぼくは今現在こういう思想を持っているのだけれども、あなたはどうかね、あなたはどう映画に相対しているのかね、聞かせてくれろ、いや別に聞かせてくれなくてもいいけど、くらいのもんなのでございます。

 これまで通り、うろうろとした要点の見えにくい書き方は健在ですが、タイトルをつけるなら要するに、「今のぼくと映画の距離感」みたいなもんなのです。ええ、まあ。

議題その1。「ハリウッド的娯楽作品にはもう何の食指も動かなくなっちゃったのよ」

これなんですねえ。うん。
 なんかもう本当にどうでもよくなっているのです。どうしてかなあと突き詰めて考えていくと、前にも書いたことですが、「もはやあの頃のような感動など得られない」ということなんですね、要は、ええ。つまりですね、たとえばアメコミヒーローものとか、怪獣とロボットの激突とか、宇宙空間で重大なミッションとか、まあ何でもいいのですけれども、たとえばそういうものがありますね。で、すごい映画だとなれば、わっしょいわっしょいと皆がまあこうなる。しかしですね、どうなんでしょうか。皆さんは「あの頃のような感動」を得られているのでしょうか。

 ぼくなどはウルトラマンとか仮面ライダーとかが大好きな子供だったわけですね。
VHSテープの映像に釘付けになり、日曜の朝のテレビ放送ではライダーが敵を倒した余韻に浸り、エンディングテーマとともに飛び跳ねていたのです。見えない敵と決死の格闘を続けていたのです。音楽テープを買ってもらったとなれば、それがたとえ公式発売のものではない、どこのおじさんが歌っているのかわからないようなテープであっても、まるで厭わずにちゃぶ台の上からジャンプキックを繰り返していたのです。一言で言えば、全身で感染していた。自分は将来ウルトラマンか仮面ライダーになるのだと、本気で思っていた。

 あの頃の感動には到底及ばない、と今のぼくは思ってしまうのです。
 いくら映像技術が発展しても、ぼくは既に、「すごい映像技術だ」という感覚を持ってしまっている。あの頃はそんなことを考えもしなかった。張りぼてのビートルやホーク一号を、本物以上に信じていた。ああいう風に向き合うことはもう、二度とできそうにないと思うと、なんだかしゅんとしてしまうのです。皆さんはこの辺、どうなんだろうとすごく思う。元気よく映画評を書いていた頃の自分に訊いてみたいけど、彼はもういない。そして今のぼくにはわからない。ツイッターなどで見てみても、わあロボットが熱いぜとか、きゃあこのヒーローが格好いいわとかいう声は見られるけれど、どうなんでしょう。本当に皆さんはかつてのような、あの感染と呼ぶほかない感覚を保持できているのでしょうか。あるいは、それらは皆つまるところもの悲しい、「幼児期の再演」に過ぎないのでしょうか。

 フィギュアみたいなもんもそう思ってしまいますね。幼児期には、ウルトラマンのソフビ人形と本気で会話していたんです。大人になったらそんな気は起こらない。せいぜいが集めて並べて、その様子をカメラに収めたりして悦に入ったりして、そんな感じになるわけでしょう。「いやいやそんなことはない、自分は大事にしている」と言ってみても、本当にそうなのか。子供の頃は取り上げられただけで泣きじゃくっていたぜ。今は平気で家に置いていけるだろう、外で活動できるだろう? あの頃みたいな一体感は、もうないだろう? 自分がどう見られているかとか、自分をどう見せたいかとか、あいつより俺の方が詳しいとか、どうでもいいようなことに、足を取られているだろう?

こういう言い方というのは、蒙昧だなあと自分でも思うんです。「そんなことを言ったら新しく感動することなんて、できないじゃないか」「新鮮な気持ちでものを見られなくなったなんて、老いじゃないか」というのは、言われるまでもなく自分で感じていることなんです。でも、拭いきれない感覚として、ある。

 さて、今もなお映画好きでいる皆さんは、この辺のこととどう折り合っているのか。素朴に、知りたいと思います。言ってやりたいことはあるがコメント欄じゃまどろっこしいぜ、という場合はツイッターの方がアクティブなやりとりができますので、そちらでもありがたいです。映画を観るということは、あなたにとって何事であるのか。議題2はまた追って、そのうちお話しできればと思います。
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おもしろAV紹介の巻き、です。
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※当記事の内容は人によっては不快な気分になる恐れがあります。健全に育成されたい未成年者は読んではいけません。某アイドルグループが好きな人は面倒くさいので読まないでください。読んでも無視してください。

 丸刈りでわいのわいの言うているこのタイミングで放り込んでやれい! ということで、なんと今回はアダルトビデオの紹介でございます。いやあ、さすがにそれはまずいんじゃないか、何かしら利用規約的なものに引っかかるんじゃないかとはらはらしているのですが、その場合はぶうぶう言わずに引っ込めるので、なにとぞ御寛大な処置をお願いするのです、はい。

 おいちょっと待て、おまえはマスカッツが好きだったんじゃないのかおまえ、ということですが、はい、当然マスカッツが好きなのです。しかし、解散が近づくにつれまして、大事なのはマスカッツそれ自体よりも、その種子を継ぎうるものなのではないか、という思想も一方には生まれてくる次第でありまして、こういうものにも目を向けていこうじゃないかということであります。

 マスカッツはAV女優中心のユニットではあっても、AV女優だけのユニットではなかった。その点で不十分だった。ぼくは心の中で、純粋なAV女優ユニットの隆盛を待っているのであります。マスカッツなき後には、そういったものが出現してほしいと思うのであります。SOD含め既にそうしたグループはありますが、勢いを持つには至っていないのであります。今現在のAV界には、丸刈りちゃんなどよりもはるかによろしい逸材が揃っております。マスカッツの他にも、由愛可奈、成瀬心美、晶エリー、麻倉憂、希美まゆ、大槻ひびき、挙げだしたらきりのない逸材が多く揃っているのです。そういう部分に世間はもっと目を向けねばならぬのでございます。業界関係者の方々にはぜひ英断を期待するのでございます。
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 さて、本作はパッケージやタイトルからも明らかなとおり、AKBを完全にぱくっているのでございます。AVメーカーSODクリエイトが、「SOD国民的アイドルユニット」として打ち出し、楽曲までこさえているのでございます。これはなかなかに愉快なものなのでございます。

本作はどうやらAKBの番組を模したものらしく、ぼくはその番組を観たことがないのでどういうものかわからぬのですが、まあバラエティ番組っぽいノリでやっているわけです。AV=自慰行為にふけるものとだけ考えている人には、これはまるで違うのだぞと申し上げます。本当にバラエティ番組みたいな感じで進んでいくのです。その随所随所で明らかに常軌を逸したことが行われており、AVとしても成立しているのです。SODらしい悪ふざけが爆発しているわけです。
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 もともとSODという会社は高橋がなり社長がつくったもので、彼はテリー伊藤のもとで『元気が出るテレビ』をつくっていたのです。だからSODにはもともとバラエティの血が流れているわけで、こういう変なことをする面白いメーカーです。最近はDMM系に押されているのですが、こういうのを観ると、AV界の異端児としてのSODを強く感じます。
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 メンバーはというと、これはさすがにマスカッツや単体系女優ほどの可愛らしさというのはないのであって、エキストラとして出ているひな壇の人などは明らかにブスなのであって、SODはなんで単体をもっとこっちに回さないのかな、絶対もっと可愛らしい人がいるのになと思わずにはいられず、その点は残念であるのですが、まあメンバーも一昨年と去年とで入れ替わっているし、今後に期待、ということであります。超激似と謳っていますが、別に似てはいませんのでその点は了承する必要があります。琥珀うたは声も張るし前に出られるし、もっとバラエティ方面に打ち出してよいと思います。ユニット第二章で朝田ばななと椎名ひかるが抜けたのは残念なことであります。第三章での復帰を期待するのであります。
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 全体の構成としては、スタジオ収録のバラエティ番組っぽいミニゲームをして、罰ゲームをしての繰り返しなのですが、そのゲームや罰ゲームが、普通のバラエティ番組ではもう絶対にあり得ないことをやっているのです。お笑い芸人などが無茶をする企画とかDVDとかは邦洋問わずありますが、これはそれとも違っていて、まさしくAV女優にしかできないことをやっている。マスカッツもやらなかったこと、地上波ではあり得ないことをやっている、これがいいのであります。笑いながらチンコを立てる、奇妙奇天烈な内容なのであります。 
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わかりやすいところでいうと、「箱の中身は何だろな」という古典的なゲームがありますね。このDVDでは、その中身をチンコにしている。そしてそれを女優が、さも普通のバラエティのときのように、わかんなーいなどと言いながら触るわけです。これって、もしかしたらどこかの芸人のバラエティDVDにあるかもしれないですけど、絶対に地上波ではできないわけだし、芸人でもそれを咥えるまでには至らないわけです。よしんば咥えたとしてもそれは気持ち悪さをどうしても持ってしまうわけですが、こちらの場合はエロになる。こんなものは、なかなかあるものではない。
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バラエティ番組としてみれば、もうちょっと編集とかつくりこんだらええのに、というところもありますが、そこはいいです。二時間あるので間延びしますが、こういう野心的なものをつくってくれているので文句はありません。これ以後にも似たような作品があるんですが、そちらはちょっとエロに寄りすぎていて、こういう危ういバランスのものではないようです。

 恋愛禁止だ丸刈りだとごちょごちょ抜かしている世間に嫌気がさしているあなたは、こういう変なものを観て、笑い飛ばしてやればいいのです。
FUCK!!
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これまたひとつの未来へ。
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 初号機hmz-t1が発売されたのが一年前で、長らくの品薄状態が続き購入を控えていたのですが、このたび二号機が発売されると知り予約。13日発売と言われていたのがなんと二日前倒しの11日に届き、晴れて入手の運びであります。新作レビウをてんで行わぬ当ブログにありまして、新作機器のレビウをしようと思います。

 ヘッドマウントディスプレイ。頭部に装着して映像、ゲームなどを楽しむことができるというきわめて未来的なアイテムなのです。初号機を持っていないぼくなので、比較はできぬのですけれど、まずは装着感の話からしていこうと思います。

 ぼくはメガネっ子なので、裸眼の人よりは若干レンズとの距離感があるのかなあとも思います。メガネ無しだと見えないのかと言えばこれはその通りで、画面がぼやけてしまいます。致命的な問題ではまったくないのですが、裸眼の人のほうがよりいっそう快適に装着できるのは間違いないかなあと思います。
 
 未体験の方にわかるように申しますと、視界を覆われるといっても、完璧に周囲が見えなくなるというわけでは決してありません。メガネのあるなしにかかわらず、レンズと眼球の間にはわずかな距離があるのでして、視界下部は覆われません。双眼鏡を覗き込むようなスタイルとは違うということです。ですので、これを装着している間は手元の飲みものが見えぬとか、そういう問題はあまり気にしなくてもよいのです。

 こう書くと、なんだ、完璧に視界を覆うんじゃないのかと思われるかもしれませんが、一応ゴム製のパットみたいなのが付属されていて、それをつけると外部の光はほぼ遮断されます。しかし、この機器に一点の注文をつけるならそこで、このゴム製パットはなんとも「つけにくく、とれやすい」代物です。なのでぼくはつけていません。特にメガネっ子の場合、メガネの縁に引っかかるなどして邪魔になります。

 ですので、これは部屋を真っ暗にして楽しむのがより効果的であります。外部の光をなくしてしまうと、大画面が目の前に広がって見えます。

 さて、見え方ですけれども、これまさに映画館的であると言って差し支えないのではないでしょうか。大きなスクリーンの劇場で最前列、ほどではないのですが(というかそんなサイズは要らない)、映画館で後部の座席に座るくらいなら、よほどこちらのほうが感覚的に大きく思えるのは、間違いないのです。映画館級(あるいはそれをも凌駕するくらい)の大画面を、横たわりながら楽しめます。ベッドで仰向けになって、天井を見上げる体勢でも観られます。
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 目は疲れないのか、というとこれはそれなりに疲れます。今のところ15歳以下の視聴には制限がかかっているようでもあって、これをずうっと観ていると確かに疲れてくる感じはあります。しかしそれは慣れの問題なのかも知れませんし、裏を返せばそれほどの迫力があるという証明でもあります。ただ少なくとも今の段階では、どんな映画もこの機器で観ることにしよう、とまでは思いません。また、おでこの部分にパットがついているのですが、そのせいでおでこが痛くなったりもします。強めに締めるとそういうことになります。ですがぼくはそれをもってこの機器を悪し様に言う気にはならず、むしろもっと快適な見方があるのではないかと模索したくなります。

 さて、本機器の特性の一つとして、ブルーレイならびに3Dを堪能できるということがあります。ブルーレイの画質がクリアなのは言うまでもないとして、皆さんが気になる3Dの効果はどうかというと、これはですね、はっきり言ってですね、「ソフト側の問題」に帰着するところが多分にあります。

 3Dの効果を存分に活かしているものとそうでないものでは、やはり差が出ます。たとえばぼくは二本ほどこれでAVを観たのですけれども、撮り方によっては十分な立体感で、女優のカメラ目線に緊張してしまうような場面もあります。また他方、うまく活かしていない作品の場合は、なんでそんな撮り方をするんだ、ぜんぜん3Dを活かせないじゃないか、というのもあるのです。しかし、効果的なシーンはいくつも確認されたのであり、作り手側の工夫によって、もっと期待ができるのは間違いないのであります。そして、基本的なこととして、大きな画面でAVを観るという小さくも永い男の夢は、存分に果たされているのであります。ポテンシャルを感じる機器なので、もっともっとと望んではしまうものの、はっきり言ってぼくはこの機器の入手によって、大画面テレビをほしいと思うことは未来永劫ないのではないかとさえ思うのであります。PS3のゲームもやってみましたが、これ以上のサイズでゲームをしたいという欲望は生まれ得ず、満足を得てしまったのであります。

作品によって違いがあるんです。画面の周囲は黒いので、たとえばAVの場合、もうちょっと没入感が得られるようにできないかとも思う。他方、ど迫力の映画のシーンなどは、大きすぎて画面の右端と左端を同時に目で追えないくらいでもある。欲を言うなら、画角や大きさを調節できる機能が実装されてほしいと思います。

 いずれにせよ、大きなポテンシャルを感じる、未来に期待を抱かせる機器であることは疑いのないところであります。ちなみにお値段は、ぼくが購入したところでは69100円とまだ高い。しかしこの登場によって、既に初号機は値崩れを起こしているわけで、広まっていくのも時間の問題じゃないでしょうか。
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 さて、このhmz-t2は未来を想起させます。今後この機器はもっと軽量化、小型化していくでしょう。そして、たとえばエグザイルであるとか、イケイケガールがしているような、視界を完全に覆うタイプのサングラスに近しいものになっていくでしょう。電子機器の小型化の歴史を考えれば、これはかなり固い線だと思います。思えばぼくたちは20年前、カセットテープ入りのウォークマンをしていたのです。いまや数センチ四方のipodnanoに何万曲も入るのです。そういう技術革新は今後も進んでいくはずです。
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 ナノテクノロジーによって、コンタクトレンズにAR技術が導入される研究、というのも現代では進んでいます。それが実現する頃には当然メガネに実装されているでしょうし、将来のメガネはこのhmz-t2の機能を当たり前に兼ね備えたものになるでしょう。そしてその頃には当然、今のhmz-t2の機能や見え方が、なんとも貧弱なものとして映っていることでしょう。

 またそのとき、映画館は今の役目を終えているでしょう。新作映画は配信によって公開され、どこにいてもどんな時間でも新作の映画が観られる時代が来るでしょう。単館系映画館の有名どころ、シアターNが閉館になるそうですが、そうしたことは今後も起こっていくでしょう。「単館」自体が死後になるかも知れません。

 しかしそれは悪いことではない、と、旧作映画ブロガーのぼくは思う。
 1月の記事で既に述べたことですが、映画館という場所は言ってみればいまや、「映画館のある地域に住む、ごく一部の人たちにのみ特権的に与えられた施設」に過ぎない。新作の映画で盛り上がれるのは都市の人間に過ぎない。それを全国津々浦々に解放できるわけです。また都市の人にしたって、観たい映画があるけどちょっと遠いし、日に一回しか上映分がないんだよね、観に行けないや、ということもなくなるのです。huluあたりがそのうちその種のサービスを始めても、なんら驚くに当たりません。

 そしてそれは作り手にとってもいいことでしょう。せっかく映画を作っても、渋谷の単館でしか上映されない、あるいはほとんど映画館でかけることができない、なんてこともなくなる。アクセシビリティの絶対的上昇によって、観てくれる人の絶対数は間違いなく増える。

 これは映画だけに留まりません。たとえば舞台、演劇もそうです。演劇は映画以上に閉じられていて、いくら芸能人がテレビで舞台公演の宣伝をしたところで、地方の人間は観に行きたくても行けない。しかし配信が進んでいけば、それはなくなる。というか事実、閉じられていたものがネットに解放される流れはずっと続いている。

 将来ぼくたちはヘッドマウントディスプレイの子孫をかけ、「今公開中の映画、演劇」なんてものをいつでもどこでも観られるようになる。余談ですが、その操作法については、グーグルが研究を進めています。グーグルは指輪型のウェアラブルコンピュータで指先の動きを感知し、レンズモニターと連動して操作するというスタイルを研究しているようです。他のやり方もあることでしょう。
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 かようなことで、このhmz-t2は、未来の種となる製品に相違ないのであります。いまやアップルなどの外国企業に席巻されている先端通信機器市場ですが、この登場によって、ぼくはSONYに一票を投じておきたいと思います。

 
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お久しぶりでございます。
 恵比寿マスカッツの新曲『逆走 ♡ アイドル』のPVが解禁になりましたので、予告通りに一応の再開をするのであります。

書きためてある在庫もございますゆえに、しばらくの間は二日に一回ペースでの更新を行う予定でございます。皆様のご反応が糧となりますゆえ、どうぞお気軽に、思ったことを書き込むなどしていただければありがたいのでございます。

 また、ちょうどこの折りに、ぼかあSONYのヘッドマウントディスプレイ二号、hmz-t2を購入いたしまして、その辺の話もしていければと思うのでございます。アイホンやアイパッドなどの新しもんにはこれぽちも興味を示さぬぼくですが、本製品には強く惹かれるものこれありまして、ここに映画新時代を見るのであります。以前にもここで述べました映画の未来像についてなど、今一度愚考をしたためようかとも思います。

そのうちにまた気まぐれで休止することでありましょうが、それまでの間、またよろしくご愛顧願えればと思います。ではまた明日にでも。
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記事にしてほしい映画をお寄せください。
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世間はもうすぐゴールデン・ウィークでございます。「ゴールデン・ウィーク」とはもともと映画会社である大映によってキャンペーンされたものなのであります。そんな由来にあやかりまして、というわけでもないのですけれど、昨夏に行いましたリクエスト募集を再びやってみたいと思います。なにしろ別にゴールデン・ウィークにさしたる予定もなく、というかむしろそんな時期には出かけたくないよね逆に、どこも混むしね、いやそりゃ一緒に旅行に行こうよなんていう恋人の一人もいれば別よ、そりゃどこかしら出かけてこましたろとも思うだろうけどさ、別にいないしさ、けっ、なんだいなんだい、もうこうなったらやたけただ、池袋を闊歩するアベックにひしゃくで糞尿をぶんまき、「これがほんとの黄金週間だぜ! けけけけけっ!」などと笑って逃げだし、お縄頂戴の憂き目を見てやる! 

 というのもどうかと思うのであって(早く話を進めろ)、ええと、なんだっけ、そう、別にこれと言ってあれな予定もないし、今のところ観たいDVDもちょっと見つからずにいるような状態でもあって、ここはひとつ、リクエスト募集をしてみようじゃないか、ということなのです。

 昨夏に多くの方々よりリクエストを頂きまして、自分ではセレクトしないような作品にも触れられることが出来、大変ありがたく思っております。なので今回も前回同様、皆様からこの映画を評せよというものを募りまして、その記事を書こうと思っておる次第であります。実はリクエストにつきましてはいつ頂いても結構なものとして構えておったのですが、最近は頂けることも多くなく、そろそろかまってちゃんモードになりつつあるので、あらためて募りたいと思うのであります。この機会をご利用頂きたいのでございます。

 しかし!
 ぼくは昨夏におきまして、反省すべき重大な間違いを犯してしまいました。
 といいますのも、皆様が善意から、この映画が面白いよとお薦めくださったものを、まあなんていうんですかね、かまってもらって調子に乗っちゃったのかな、関西風に言うといちびったっていうのかな、ちょけたっていうのかな、つまり、お薦め頂いたものを、俺は本音で行くぜみたいになって、けなしたりしてしまったのですね。これは今でもどうも、申し訳ないと思っているのですね。

 しかし!
 あの頃のぼくとは違います。ここ数ヶ月の記事でその違いがわかる、かどうかはわかりませんけれども、ぼくは以前と比べて、その映画から何が読み取れるのかを考えつつ、積極的に観ていこうとしているのです。ゆえに、前のような失態は犯さぬよう努める、前のような愚行には至らぬ所存でございます。むろん、引っかかった点やよくないと思った点などを書くことはありましょうが、建設的な見方をするように心がけ、けなして終了、みたいなことは決してしないようにしたいと考えています(ただし、難解な映画などについての読み解きなどは、わからないときはわからないので、そのときはすみません)。 
「どんな駄目な映画にもいいところはある。それを見つけるのが映画評論家の仕事だ」と、あの故・淀川長治氏もおっしゃったとかおっしゃらないとか。淀川先生のような立派な評論はできずとも、やっぱりいいところを見つけたいと思いますね、うむうむ。

 ただし!
 中にはどうしても合わない映画、というのが出てくるかもしれません。
 なので、これをけなすのは許せん! というものについては避けてもらうのが吉です。 思い出の映画とか薦められてもぼくはその思い出を共有していないので共感できぬことになる可能性大です。
 そんなわけで、「評価に迷っている、評価の割れている映画」「評判はいいけどどうも自分的には駄目な映画」「評判悪いからたとえ悪く言われても受け流せるけど自分は好きな映画」などがちょうど良いと思われます(めんどくせえやつだな)。みんなが駄目だと言っていて自分も駄目だと思うようなテレビ局系などはちょっと困ってしまいますが……。

 そして!
 ここなのですけれども、基本的にはDVDの出ているものでお願いしたいところです。 読者の方はお気づきの通り、当ブログは旧作がメインです。ぼくは映画が好きですが、映画館に行く趣味がなく、しかもゴールデン・ウィークの混み合った映画館に行くってのはエネルギーを大量に消費してしまう行為なのです。ゆえにDVDの出ているもの且つレンタル可能なもの(その場合は新作でも構いません)でお願いしたいと思います。ものによっては既に観てしまっていて記事にするにはぜんぜんぴんと来なかったようなものも寄せられるかもしれませんが、せっかくですし、まあなんとかします。

受付期間(などというようなものはあってないようなもんですが)は、一応5月6日くらいまでとしておきます。

 さて、一人で勝手に盛り上がっておいてぜんぜんリクエストされない、という最悪のパターンもありえるため怖いところですが、まあそのときはそのときです。ぜんぜんリクエストが集まっていないな、と思われることがあったら、お一方で何作もリクエストしてもらって構いません。いっぱい集まるようなことがあったらさしあたり一作までとさせてもらいますが、前回の失態もあるし、そんなに集まらないかもしれないし、わからないです。
 
 忘れた頃にレビウが載りますので、どうぞこの機会に。
 初めての方もお気軽にどうぞ(ただまあ一応、当ブログがどんな感じなのかくらいはわかっておいてくらはいね。本当のいちげんさんじゃあ困ってしまいまっせ)。
 あなたの映画ライフのお役に立てればと思っております。
 リクエスト頂いたものは基本的にすべて記事にしようと思っています。
コメント欄↓にご希望の作品名をお寄せください。
 それでは、リクエストをお待ちしております。
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 ここ一週間くらいは映画を観ていません。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』にはまっているのです。いやあなかなかに面白いですね。外連味はないんですが、渋さがいいです。SF的想像力をかき立ててくれます。「機械たちの時間」の回がいちばん好きです。

そんなわけで今日も映画レビウはしないのですが、まあ映画ブログであるし、映画の未来について考えてみるのも一興なのではないかねと思い、「なにさま的・映画の未来予測」としゃれこみましょう。

ところで、ぼくの物欲を激しくかき立てるものが昨年発売されました。ソニーから出たヘッドマウントディスプレイです。今でも品薄で手に入れられておらず、ネット上のレビウが羨ましく、いっそのことニューモデルみたいなのが出るまでは「待ち」なんじゃないか、などとも考えているのですが、これは映画館の未来を大きく左右する代物であろうと思います。
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 このヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)は視界をすべて覆ってしまうわけですが、これはもう映画館と同じ仕組みではありませんか。しかも当然のように3D仕様ですし、その機能のオンオフ切り替えもできるというじゃああーりませんか。
 さて、なにしろ実物を入手していないので実感をもって語れぬのがあれなのですけれども、この技術がさらに進んでいくと、映画館並の、いやいや、映画館をも遙かに凌駕する大きさのスクリーン環境を、あのディスプレイの中で実現できるかもしれません。今あるシネコン等々のスクリーンがいかに大きかろうと、「しょせん」物理空間で規定された大きさに過ぎない。しかし、HMDが発展すれば、視覚に対して、とてつもなく大きなスクリーンであるように認識させることもできるのではないか、と思うわけです。

もしもそうなったとき、映画館はその空間的優位性を決定的に失います。
暗闇の中で、家にはない大きなスクリーンで映画を観るという、その特権性が食い破られる。
「わざわざ映画館なんていかないよ、だってHMDで観るほうがずっと迫力があるもの」
 そんな言葉が、将来そこかしこで交わされるのではないでしょうか。

仮に、HMDが映画館のスクリーンの迫力を凌駕するときが来たとして、いったいどんな優位性を、映画館は提示できるのか。ぼくには甚だしく疑問です。

 音響が優れている、というかもしれない。でも、それは現時点でも劇場によってまちまちでしょう。家での鑑賞よりもはるかに臨場感の高いサウンドを提供できる劇場など、どれほどあるのでしょう。それに、視覚的に負ける日が来たとして、そのとき音響で人が呼べるのか、難しいと言わざるを得ません。

 映画館でデートをするとか、友達同士で映画を観るとか、そういう文化自体は残るかもしれません。ただ、それも後退戦に過ぎないでしょう。文化は残るかもしれませんが、優位性を示すことはできない。それに、たとえばこういうことが起こったら、その文化自体も危うくなります。

 こういう未来です。
 たとえば、今ある配信限定の音楽のような形で、配信限定(あるいは劇場公開に先駆けて配信を行うなど)の映画が出たときです。プレミアム会員用のニコ生や有料のテレビ番組がイメージとしては近いでしょう。そういうものが出てきたとき、皆がHMDをつけて、ある時刻にみんなで映画を観る。それこそ日本中の人が、同時に新作映画を観る、という状況です。さて、そうなると、ネット上で映画の感想をすぐさまみんなで語れるようになる。今、○○の映画を観た人集まれ! みたいな状況がSNSで生まれたりする。こうなると、今まではあり得なかった「遠方の人と同時に新作を観る」ことが可能になる。昨年末、あの「バルス!」がありましたが、新作映画にもあれに近しい盛り上がりが期待できるかもしれない。

「新作映画を劇場で公開して収益を得る」というのが、戦前から続いてきた、映画館と映画の基本的な収益モデルです。ただ、このモデルはとても限定的です。なぜなら、映画館がないような地方の人々を観客として取り込めない。事実、ぼくの地元には映画館がないし、観に行こうと思ったら車や電車で一時間以上かかったりする。映画館には行きたいけど遠いんだよな、そんなつぶやきは日本中、世界中にいくらでもあるでしょう。現在の形式を守り続ける限り、地方の人々が映画を観るには有料テレビか、DVDにならざるを得ない。新作映画の配信がなされれば、映画制作者たちはより多くの人々にそれを見せることができるのです。

HMDが発展すると、そういう未来がやってくるように思います。都会も田舎も区別無く、日本中の人が、同時に、映画館よりも大きく感じる画面で、新作の映画を観る。映画館の特権性は崩壊し、映画がテレビと同じように家で享受される。映画館という物理的な施設の維持費もいりませんから、新作映画は今よりも安くなるでしょう。

それに、もっと夢物語を語るなら、こういうこともあり得ます。
 今の映像メディアというのは、すべてあの長方形ディスプレイ、スクリーンの中に収まっています。これが360度ビューになることもあり得るでしょう。
 360度ビューの映画、というのがどういうものか、ぼくにはあまりイメージできませんが、別のものならイメージできる。それは、「映画館の風景をビューとして描く」ということ。こうなると、もう映画館は本当に意味を失う。

「映画館の風景をビューとして描く」とはどういうことか。
 映画は映画のままです。現実的に、現在までの映画を360度ビューで観ることはできませんので、現在までの映画は長方形の中に収まるしかありません。しかし、HMDをつけたままで、ふと周りを見る。すると、まるでそこに映画館の劇場があるような空間的広がりがある、とこういうわけです。映画館の風景を、HMD内で見せてしまうわけです。スクリーンを観るだけではなく、満員の映画館の中で観たい、と思うのなら、そのような風景を仕込む。AKBのメンバーに囲まれながら映画を観たい、と思うのなら、自分の周りにいるかのような風景を仕込む。いや、それだけじゃない。たとえばホラーをより臨場感をもって楽しみたいなら、周りを夜の廃館のような風景にする。想像がいくらでも膨らんできます。
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 最近知ったのですが、新しいタイプのカメラで、tamaggoというのが登場するようです。これなどはまさに360度ビューの実現。今までもグーグルストリートビューというのがありましたが、あれを自分の好きな風景、好きな瞬間で切り取れる。カメラの未来は既に実現しつつあるわけで、これを映像にすることも、もう夢物語ではありますまい。

 さて、SF的想像によって、映画の未来、もっぱら映画館の未来に関する、暗い予測をしてしまいました。しかしこれは裏を返せば、映画館という場所の特権性を奪う行為であり、それは映画館のある地域のみの人々が有してきた快楽を、映画館の無いような地方の人々にまで拡大するという明るい未来でもあるのです。ぼくはそんな未来を実現できるような技術もないし、そういう現場に明るいわけでもないし、映画産業がどういう仕組みでどのように動いているかの細かい部分もわかりません。ですので、あくまでも夢想です。でも、どうでしょう。こんな未来が実現してもおかしくないんじゃないの? というテクノロジーは、方々で芽吹いています。

 ぼくの予想は、「映画館が凌駕される未来について」ですので、いやいや、映画館は映画館で発展しているんだぞ、映画館の未来は明るいぞ、という人がいらっしゃいましたら、ぜひぜひ教えてほしいです。今回は映画館が好きな人にとっては、あまり愉しい話ではなかったでしょうしね。あと、すべてはあくまでもHMDの発展次第ですから、技術的限界が来てしまえば、おじゃんの話ですれど。じゃあ、そんなところで。
 おしまい。 
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