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久々に、何の構えもなく、面白いと言えるアニメに出会いました。
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 落語ものの話は何かないかなと探していたらこれを見つけて、しかし内容的には落語ほとんど関係ないやんけ、であって、それでいてすこぶる面白かったアニメであります。昨今のテレビアニメは気が向いたら見るという程度でぜんぜん詳しくないのですが、かなり久々に、素直に面白いと思える逸品でありました。『エヴァ』にせよ『ハルヒ』にせよ『まどマギ』にせよ、あるいは『あの花』とか、最近で言えば『悪の華』『進撃の巨人』とかっていうのは、どうしても何かこう、こちらを構えさせるところがあるわけですね。作品が放つ「やったるで感」に、こちらも身構えをしてしまうような感じがある。そういうことを一切考えずに楽しめたのがこの『じょしらく』であります。

 原作はあの『悪の華』や『進撃の巨人』と同じ『別冊少年マガジン』に連載されているのですが(なんと連載は次号で終わりだとか)、あまり原作には興味が湧かない、というか、なるほどこれはアニメだからこそ良いな、と思える作品です。漫画表現の旨味をさらに引き出しているのではないかと思います。
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 タイトル通りに女子の落語家の話なのですが、なんと実際の落語はまるで出てきません。各話のタイトルは古典落語をもじっているのですが、その内容をトレースしたような展開になるでもなく、楽屋で五人の登場人物がだべっているだけなのです。彼女たちの落語家風景は冒頭にちょっと出るだけで、修業したり稽古したりみたいな部分はまったくないのです。言ってみればストーリーはないに等しく、落語の知識はまったく要らない。そしてこれを見ても一切落語には詳しくなれない。それくらい開き直っているのが逆によい。テレビ版では『サザエさん』よろしく、独立した三話構成になっています。
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そういうものをなぜ褒め称えるのかね君は、というと、笑いのテンポがとてもよくできているのです。アニメの特性をフルに活かし、画で見せる、テンポで見せる、音で見せる、というのが非常にうまくまとまっている。テレビアニメでこれだけきちんと笑わせてくれるものを、ぼくは本当に久しく観ていなかった。観ている間、とても満ち足りた気分になります。
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初回のほうで、「このアニメは女の子の可愛さをお楽しみ頂くため、邪魔にならない程度の差し障りのない会話をお楽しみいただく番組です。」というのが出て、原作でもそのようになっているらしいのですが、それだけを切り出せばいわば「ガールズトーク」ですね。そんなもん、女子のおしゃべりなんざこの俺が楽しめるわけがないだろう、女同士が喋ってることなんざ一ミリたりともおもろないんじゃボケ、と、笑いに関しては男尊女卑大爆発の価値観を有しているぼくなのですが、これはね、演出次第でとても面白くなるわけですね。
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そう、このアニメは演出がとてもよくできている。こういうガールズトークならいくらでも観られる。世間の似たようなお喋り番組も、こういうものに演出を学んでみるとよいのではないでしょうか。と言っても、この表現はアニメじゃないと難しい。だからこそ、アニメという形式がとてもよく行かされた作品と言える。ストーリーで見せるもの、その世界観で見せるもの、キャラクターの魅力で見せるものなど様々ありますが、このアニメはキャラのよさもありつつ、演出で見せている。その意味で非常に正しい。
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 キャラづけも非常にうまく行っていますねえ。五人出てくる(というかそれ以外はほとんど出てこない)のですが、各人が各人の色をもって、まるでガキの使いのごとくに、各様のボケになる。ある者がボケならある者がつっこみになる。コントがいつでも即席される。この空間は非常によいものです。
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時事ネタやメタネタ、オタクネタなどをふんだんに配合しています。しかもわりとおっさん向けのものもあるんですね。今の十代わからんやろ、みたいなのもあったりして楽しい。ただひとつのフレーズで『ブレードランナー』を入れてみたり、それでこちらをにやりとさせたり、その辺の小気味よさ。あるいは作画に文句を言った人物が雑な作画になるなどのメタネタ。ぼくが一番好きな漫画が『魔法陣グルグル』なのですが、あれの遊び方を彷彿とさせるものがありました。
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 どんどん褒めますけれど、各回三話あるうちの二話目が、楽屋ではなくて外に出るんです。浅草とか築地とか方々を散歩する話で、その土地ごとの歴史とか豆知識などを織り込んでくる。ここがとても好もしい。楽屋では着物を着ているキャラクターがその回ごとに違う私服で出てくるというアニメ的、美少女キャラ的快楽を混ぜ込んでいるのもとても真っ当。細かいことですけど、五人のうち四人は成人だという設定もいいんです。何かにつけてマーケティングのため、登場人物の設定を十代にしてしまう昨今ですが、そこと一線画してちゃんと成人にしておくのは大変よいです。
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めっちゃ褒めとるな、という今回ですが、この『じょしらく』にはちょっとびっくりさせられたことがもうひとつある。アニメでは一切落語をやらないのですが、実はCD版というのがあるんです。そこでは創作落語がしっかり収録されているのです(ぼくは「にこさうんど」で発見したのですが)。惜しむらくはアニメ版の声優ではない起用がされているところで、おかげで一人分は聴くに堪えぬのですが(どれのことかは言わずもがな)、この音声版にははっとさせられた。というのも、これこそが声優という仕事の最も効果的な使い方であるまいか、と思ったからです。

 声優というのは声を多用に変えられるし、演技力もある。ということは、落語というメディア、特に音声で聴く落語には実は一番適した方々でもあるのです。この点においては本物の落語家以上かもしれない。なぜなら本物の落語家は舞台で身振り手振り顔つきなどで見せる部分も込みでのプロですからね。声優の持つ特性は、それと勝負できるんです。で、このCD版の創作落語がこれまた面白いのです。
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 創作落語ってどうしても広まりにくいというか、やはり落語と言えば古典だよね、ということになりがちなわけです。喧噪きわまる現代社会と、江戸時代のはっつぁんくまさん、喜六や清八の生きた社会ではあまりにも違うのです。現代版の落語だと言ってつくっても、サラリーマンと上司の会話で古典落語のようなものはできやしない。ここに現代の創作落語の難しいところがある。でも、アニメ的世界の声優的演技によっては、その困難をひょいと飛び越えることができる。実際にできているのです。
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 この方面で広がったらさぞ面白いのに、というものが詰め込まれているのがこの『じょしらく』なのであります。この作品についてはけなすべきところが見当たらないというか、とてもよく完成されているのです。連載は終了するそうですが、ぜひに第二期のアニメ版を期待するものであります。最終回の終わり方もこれまたなんか、やたらと格好よかった。このアニメをつくった人たちのセンスに脱帽、という感じでございました。

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途中で観るのをやめようかと思った一方、ある意味、三作の中で一番好きです。
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半分世捨て人みたいな生き方をしているため世間とは映画の歯車もまるで合わず、いまさら『エヴァQ』なのかよと言われそうですけれども、まあエヴァの『新』自体がいまさら感のあるものだったりもするのであって、DMMからやっと届いた『エヴァQ』を観たなり。
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 公開時には盛り上がっていたわけですけれども、その盛り上がりにぼくはちょっと「?」を感じていたのですね。というのも、やはりエヴァというのは90年代的な背景あってのものであるなあと考えているからです。

 テレビ放送開始が95年10月で、95年と言えば阪神淡路の震災とオウム事件でめちゃくちゃだった年。なおかつ世紀末が迫ろうとしている中での「新世紀」ものであり、崩壊した世界うんぬんというモチーフも見事にはまり、思春期的もやもやを抱えるタイプの主人公、碇シンジの造型も新鮮だった。社会学者やら精神科医やらが分析してみたり、宗教的なモチーフを探る研究本が出てみたり、エヴァというのはそれまでのアニメとはやっぱり違うもの、画期的なものとして映っていたわけです。

 平たく言うなら、90年代後半、エヴァの時代というのが確かにあったよな、という感じがする。20世紀アニメ最後の大発明だった気がする。そのような背景を思う中で、2010年代に入ってエヴァで盛り上がっている奴というのは何なのだろう、というのが、どうしてもある。
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 当時を知っていて今でもエヴァエヴァ言っている奴にはまだ言ってるのかよと思ってしまうし、今の十代がエヴァが好きだと言ったところで君らはもうゼロ年代以降の感性の持ち主だよねと思うし、今このタイミングでなぜエヴァなのだという感がどうしてもある。
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などと言いつつも、観終えてちょっとだけ考えてみたときに、ああ、これはこれでよいのだ、という風になぜか思えてきたの巻き、なんですね、うむ。
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正直なところ、途中で何度か観るのをやめようと思う瞬間があったんです。あまりにもどうでもよくなったので。知らない人たちがわんさか出てくるようになって、もう世界はめちゃくちゃになっていて、人物は合理的な行動を取れずにいて、一体どこで動力が稼働しているのかもわからない世界があって、もはや90年代的な空気などどこにもなくて。
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 やっぱりもう、今までの枠内で語るのは無理なんでしょう。監督も新しいことをやりたいのでしょうね。知らない人が出てきたり、今までの設定ひっくり返したりするのを観て、これならまったく新しいアニメをつくったほうがいいんじゃないかとも思ったのですが、まあそうは言ってもそれでは制作費も出ない。エヴァという枠組みを利用しつつ、最大限新しいものを描き出そうとしていたわけです。観終えてから考えると、その苦労みたいなもんがちょっと伝わってくるのです。
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 観ている間はカヲルとシンジの薔薇的くだりがあったり、真希波のノリが今回もまた鬱陶しかったり、もうこんな世界になっているのならどうでもええわ感満載だったのですが、観終えてみるとむしろ、「どうでもよすぎて好きになる」という作用が脳内に生まれたのですね。
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ある意味で「ポニョ感」があるんです。「ポニョ感」というのは、『崖の上のポニョ』がそうであるように、あまり肩肘張らずにぼけえっと観てたらおもろいやん、ということです。正直言って世界の崩壊がもうインフレを起こしすぎているため、まともに観る気が失せてくるわけですね。あの中で必死扱いてアスカが暴れ回っても、いや頑張れば頑張るほどに絵空事感が大きくなってくる。だからこれはその絵空事感を捉えて楽しんでいればそれでいいのであって、かつてのエヴァが持っていたような世紀末的な何事かなど、もはや論じるべき作品ではないのです。
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 だいたいにおいて人物たちの行動に合理性がないわけです。大人や渚に言いたいのは、「シンジにもっと説明したれよ」ということです。なんだか思わせぶりに、大事なことは言わないぜ的に振る舞いすぎていて、そのせいでシンジがいろいろ引き起こすことになりすぎなんです。
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 作品の構成自体が、大きなツカミを持っているわけじゃないですか。みんなびっくりしたわけですよね。あれ、ぜんぜん違うことになっているぞと。なんでミサトたちがあんな感じになっているんだ、萌えキャラ要素が足されたりしているんだと。で、シンジはこっちの訊きたいことをいろいろ訊いてくれるんですけど、そこでもなんかいまひとつ核心に迫った答えをしてもらえへんなといううちにまたぶっ飛ばされていく。ゲンドウはゲンドウで彼にちゃんと説明したったらええのにまともに会話しようとしない。過去作ではその辺がうまいこと行っていたんですけど、世界観が刷新されているからものすごく気になってくる。
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 東浩紀も指摘していましたけれど、あの地下深くに行ったときに、シンジが暴走する理由がもうぜんぜんわからない。情報強者たるカヲルが土壇場で「やめておくんだ」と言っているのに、アスカも精一杯止めているのに、単にカヲルについてきただけみたいなシンジが勝手なことをするんです。アスカはアスカでアホなんです。もっと説明したれよということですよね。「馬鹿じゃなくてガキね」みたいなことを言うんです。でも、それは仕方ないじゃないですか、シンジは何にもわからないんだから。だったら大人が善導したれよという話なのに、理由も説明しないまま力尽くで止めようとしているだけ。なんじゃこら、です。

 宇宙戦艦がどこでどう出来上がったんだみたいなのは後の話で説明するかもしれないけど、ああいう人物同士の非合理的行動というか、頭の悪い行動が大変に困る。あの異常な世界を生き延びた人間なのだからさぞ切れ者に違いないと思いきやまるで最善の行動を取れない。これではまるで、最高のクオリティのアニメができるのに人間の行動的合理性が描けない、制作者のメタファではないですか。

 でもね、ぼかあね、今述べたようなこともどうでもええやないかという感じになっているんです。ポニョ感に満ちあふれた作品として受け止めています。あれだけ世界を緻密につくってきたのにそんな感じでいくんや、というわけで、まともに考える気があまり起こらない。見方を変えればとても楽しい作品です。勝手にしやがれ感が満載です。というか、ぼかあ碇ゲンドウがひげそりか何かのCMで使われているのを観たときから、ああ、もう世界観を守っていく気とかないんや、あの『リング』の貞子を始球式に使うノリなんだ、と思って、半ばどうでもよくなっている。
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 まったく皮肉ではなく、新作が楽しみです。あんなにもどうでもいいものを、あのクオリティでつくってくれるというのは、なかなかあるものじゃないのです。皆さんも、批評性がうんぬんとか言うのはやめて、ポニョを楽しむときのように、アホみたいな顔をして観るのがよろしかろうと思うのであります。カヲルくんとシンジくんの関係がたまらないのよね! とか、たとえばそんな人たちと同じノリで。あるいは金曜の夜に「バルス!」とか言えちゃう感じのノリで。まさしく、これぞ新劇場版という感じなのであります。ある意味において、これまでの新劇場版三作の中で、ぼくはいちばん好きです。
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