『モンガに散る』  ニウ・チェンザー 2010

「若さ」ってものに何を見るかってことですね。無様さを求めるぼくとしては・・・・・・。
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bang_x3さんよりリクエストいただきました。どうもありがとうございました。

 台湾映画って、そういえばぜんぜん観た覚えがないのです。もしかしたらちゃんと観たのは初めてかもしれません。考えてみるに、韓国映画は突き刺さるものに出会ってきたんですが、中国の映画にはあまり痺れずにきた。その辺が関係しているのかもしれません。

 さて、事前の予備知識はほぼゼロで観ました。「モンガって場所があって、そこで散るのだな」というタイトルからの印象だけで、ヤクザ映画的なもの、ノワールな一品であろうとはわかっていたのですが、その分序盤の高校生活のくだりはちょっと意表を突かれました。青春風味たっぷりでした。
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 時代設定は1986年、87年。主人公は転校を繰り返す高校生の男子です。ヤクザものかと思いきや、高校生の学校生活から始まります。クラスの連中に目をつけられて追い回されるんですが、そこで大暴れしていたら学校の番長一味に認められ、仲間になろうと誘われます。ぼくにはそういう経験はありませんが、これはかなり心強い話です。不安いっぱいの転校仕立ての最中、番長一味と仲良くなったらしばらく学校生活は安泰です。しかもこの番長たちは廊下を歩けば皆に道を空けられ、頭を下げられるほどなのです。主人公は彼らと「義兄弟」になり、一緒に喧嘩をしたりします。
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 井筒和幸が観たらきっと唾棄するであろう、という、爽やかさと軽快さを失わない喧嘩場面は、この映画全体のトーンを決めていたように思います。何しろ音楽がやや過剰なまでに鳴り続けており、喧嘩の生々しさはなく、むしろ舞踊にも近しいと思えるほどでした。
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 結論から言うと、この生々しさの欠如が大きかった。生々しくないヤクザものって、あまり反応できないんですね。アジア系映画に詳しくないのであれですけれども、ちょっと「青春版ジョニー・トー」って感じがしました。監督はジョニー・トーが好きでしょう。ぼくにはどうも感応できないんですが。
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 うん、綺麗にされるとね、ちょっと引いちゃう人間なんですね、ぼくは。たとえば主人公の青年が風俗店みたいなところにいくんです。そこで一人の風俗嬢に出会って、この人はまあなんともそそる感じのまぶいすけではあるんですけれども、しかしその人には手を出さないと。童貞純情青年の主人公らしい展開ではあるんですけれども、この辺の感じがね、ちょっとヤクザものとしての風合いが減じるなあっていう部分でもあるんですね。
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 この映画について言いたいことはいろいろと絡まり合っているんですけれども、まずは青春の正の側面がなかなかに鬱陶しい、ということです。青春時代、高校時代の眩しさはその時代に特有のものでありますけれども、そこの爽やかさがちょっと鼻につきます。まず、番長一味の伊藤英明似の彼と坊主の青年が爽やかで格好良すぎるのです。こいつらがあまりに華々しいので、一緒にいるノンスタイル井上みたいな髪型の人とか、それから何の特徴もない地味な人とかにはぜんぜん光が当たらず、当たった頃には時既に遅しみたいな状態です。

 喧嘩の場面とか敵に追われる場面なんかも、音楽が軽快なんですね。ああ、この場面ではショックなことは起こらないのだろうな、と油断させられる。油断していたら車にはねられたけれどもやっぱりそれでもほとんど無傷で、結局安心できる。そういうのが多いんです。別に爽やか青春ものが悪いんじゃないんですが、そのせいで後半の、極道に首を突っ込んだ感じが、どうも深まらなかったなあと思うんです。

 たとえば『パッチギ!』という傑作があるけれど、あれは前半から暴力の怖さが全面に出ていたんです。だから「後半はもっとえげつないことになっていくのでは…」と緊張したんです。でも、『モンガ』は音楽が過剰だし、過剰すぎて興をそぐし、ヤクザ世界がどうなっているのかももうひとつよくわからない。

 いや、わかるんですよ。最初は仲間内で暴れていただけで楽しかったな。まさかこんなことになるとは思わなかったよ、という落差を生むには、最初は軽快に突っ走るのもいいでしょう。でも、「この世界に首突っ込んだらしゃれにならねえぞ」というのが弱いんです。食卓を囲むシーンで、組の親分が子分の詰めた指をもてあそぶようなくだりがありますね。あれもね、ちょっとあざといというか、わかりやすすぎるんです。それに、親分の「見せびらかしてる感」が見透けてしまいます。「俺ってこんなことも普通にやっちゃうやつなんだよねー、俺って怖いだろー」というアピールが見えます。見た目がそんなに怖くない親分なので、ああいうのをされると萎えます。むしろもっとさりげない怖さを出してなんぼだろうと思うのです。
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 萎える場面が印象的に残ってしまいました。いちばんきついなと思ったのは、主人公が風俗嬢とチュウをするところです。何ですかあれは。あれがこの映画を象徴しているようにも思いますね。基本的にぬるいんです。ぬるいわりに、音楽を無駄に足してきます。片方ずつのイヤホンをして、そのイヤホンから流れる音楽がBGMになっていて、それをバックに優しい口づけをするって、かあ、いつの時代の演出なのでしょう。80年代台湾の風景が確かに活写されているな、とも感じられなかった。韓国映画って、現代の韓国でさえも昔の日本みたいに見える。でもこの映画の80年代台湾には古くささもない。そのわりに演出だけが80年代みたいなロマンティックチュウって。
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 全体的に緊張感に乏しい映画なんです。斬った張ったの世界に身を投じていくわりにね。たとえば宴会の場面で、酔っぱらって歌い踊る場面があるんですけれど、あれなんかもね、一方で伏流する濁った河がないと、単純につまらないんです。緊張感をつくるにはね、宴会の楽しげな場面をつくりつつも、観客が「こんなことをしているけれどあの件はどうなっているんだろう今頃」とつい思ってしまうような、闇の伏流を用意しておかなくちゃいけない。でもそれは後になってから出される。単にご陽気に踊っているだけ。それで2時間20分は長いです。最初のいじめっこも、途中でもう脱落してしまうし。あいつは活かしたらもっと活かせたのに。もったいない。
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 いろいろと書いていますけれど、ぼくがいちばん辛いなあと思うのは、この映画には若者の持つ無様さが決定的に欠如している、ということです。ぜんぜん無様じゃないんですよ。桜の花なんかもエフェクトで振らせて、とにかく綺麗にしすぎている。台詞もそうです。「あのときの一言」みたいなのを繰り返し使うんです。それはねえ、決まりすぎるとださいんです。もっとさりげなく活かしてくれないと。
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 何も知らない若者がヤクザの世界に踏み入ってしまって無残に朽ちる、というのは、好きな題材です。『仁義なき戦い 代理戦争』を最近観たんですけれども、あそこに出てくる渡瀬恒彦なんてなんとも哀れですよ。最後の最後まで報われない様が描かれていて、ああ、こいつは本当に無様だと思わされる。その辺の無様さがない。だから軽い。だから「あの頃は単純に楽しかったのに、ああ、もう最悪だよおい」となってこない。いろいろと綺麗すぎます。血と汗と埃のにおいがぜんぜんしてこない。あの頃は綺麗だったし、今もそれなりに綺麗だよね、じゃダメなんです。坊主さんの顔つきも当初と何も変じていない。わりに伊藤英明似は急に存在感を無くして泣きべそキャラになる。アンバランス過ぎます。

 そういうわけで、登場人物の誰をとっても、なんかどうでもよくなってきたんです、途中からね。風合いはいいんですけれどねえ。うん、全体を通して観ると、鬱陶しさが強いんです。
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by karasmoker | 2011-09-03 21:00 | アジア | Comments(2)
Commented by bang_x3 at 2011-09-03 23:04 x
よ、予想以上にボロカスでした(汗
そうですかー、綺麗過ぎでしたか。karasmokerさんが駄目だとおっしゃられている所が自分の好きな所だったり、あぁそこは確かにと納得したりで面白かったです。音楽が過剰だというのは全く気が付きませんでした。
ひとつ、モンクのドラゴンに対する想いについては触れられていませんでしたが、僕はそこが一番好きな要素でした。

リクエストにお応えいただきありがとうございました!今後の更新も楽しみにしています!
Commented by karasmoker at 2011-09-04 01:36
 コメントありがとうございます。
 女性が主人公の想い人くらいしか出てこない、ホモソーシャル感のある話ってのは好物なんですけれどね。「これはアイドル映画だ」と行きつけのバーのマスターは言っていて、ぼくはなるほどと思いました。アイドル映画に生々しさは不要ってわけで、韓国の後に台湾スターブームが来たら、リバイバルにちょうどいいかもしれません。
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