『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』 押井守 1984

ラムちゃん最強説、1と2の持つ独立した魅力、『涼宮ハルヒの消失』と『オトナ帝国』
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『らんま』が実写化されるとかでちょいとした話題ですが、ぼくがこれまでに観たことのある高橋留美子作品って『めぞん一刻』くらいです。漫画は読んだことがありません。『めぞん一刻』は数年前にニコ動にたくさん上げられていて、50話くらいまではマイブーム的に観ていました。でも、『うる星やつら』はほとんど観た覚えがなくて、まともに観るのはこれが初めてです。「ラムちゃんが出てくるコメディ」的な捉え方しかしていなかったぼくですが、いろいろな発見があって楽しかったですね。今日も今日とてだらだらとアニメ周辺からそうでない部分まで書きたいと思います。長くなるかもしれないです。

 いきなり2を観るのは気が引ける、というわけで劇場版第1作『うる星やつら オンリーユー』を先に観ました。3、4は観ていません。そのうち観るでしょう。
『オンリーユー』も大変面白かった。2が名高いですが、なんならぼくはこの1のほうが好きかもしれません。1には2にはない、オールスター感がありますからね。ウィキによりますと、1と2において、原作者高橋留美子と監督押井守の評価は真逆であるようです。1を好きなのは高橋で、押井は「失敗作だ」と言明しているらしく、一方2はというと押井のやりたいことが炸裂し、かたや高橋は「いちばん嫌い」だそうです。なんとも好対照ですね。でも、それもわかる気がします。それを知って、わかるわあと思わず呟きました。
 
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 いろいろふらふらしながら話を進めていくいつもの書き方ですが、考えてみるにラムちゃんというのはものすごいアイコンだと思います。これは何か元ネタがあるのでしょうかね。これ以前に、こんなにもアイドル性漲る女性キャラクターというのはいたでしょうか。『魔法使いサリー』とかはもっと子供向けじゃないですか。ビキニ姿でグラビアアイドル張りのセクシーさをも備えたメインキャラクターって、何かいました? うーん、うーん、うーん、ちょっと思い出せないです。峰不二子とかそういうのはいますけど、方向性違うし、メインでもないでしょう? 
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 で、ラムちゃんの造形と主人公あたるとの関係というのもね、今のライトノベル界隈の原型じゃないですかね。今のライトノベルの多くって、これと似たような感じです。「押しかけヒロイン型」で、一方的に主人公を愛する、守る、あるいは振り回す。『ハルヒ』もこの形ですね。なおかつ異能の力なり何なりを帯びていることが多いわけです。極論すれば、多くのライトノベルはこの『うる星やつら』の亜流でしかないのではないかとも思ったりします。ハーレム的にたくさんの美少女が出てきたりしますしね。いや、『うる星やつら』も何かの亜流かもしれないですけど、その辺に詳しい人にはぜひ教えを請いたいです。しかし高橋留美子という人はすごいですね。これを大学在学中に造形したというのですから。
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「だっちゃ」という語尾も大発明じゃないですかね。もちろんそれより前から「ござる」とかそういうのはあったでしょうけど、アイドル的キャラクターと組み合わせた例って何があります? で、この後もありますかね? 探せばサブキャラクターでどこかにはいるでしょうけど、メインキャラとしてですよ。「だっちゃ」はもうラムちゃんのものだし、語尾だけでああ、あのキャラのものね、と伝わるほどメジャーなものってあります? で、それが可愛さとうまく結びついているわけです。ビキニ姿といういわば扇情的なスタイルですが、それが「ダーリン、愛してるっちゃ」という言葉で中和されるじゃないですか。それでまたここに「ダーリン」入れるって、いや、これはすごいでっせ。今回、初めてまともに『うる星やつら』を観まして、にわかに「ラムちゃん最強説」が浮上しています。
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 1がいいのはね、原作やそれまでのアニメ版に登場していたキャラクターをふんだんに登場させて、お祭り感が素晴らしいところです。ああ、こんなキャラがいるのか、テレビ版や原作にも触れてみようかな、と思わせます。ぼくはあの弁天というのが好きですね。弁天の声優は三田ゆう子という人ですが、この人は『めぞん一刻』の六本木朱美です。ぼくはどうもああいう女性が好きなのですね。『めぞん』でも音無響子さんよりもぼくは朱美のほうに惚れました。弁天も男勝りな感じなんです。三田ゆう子の声つきと非常によくマッチしています。思えばぼくは朱美見たさに『めぞん』を視聴していたのです。
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 あのだらしない感じ、部屋が汚い感じ、よよよとしなだれかかるのではなく、誰もいない部屋の片隅でだけ涙を流していそうな感じ、すけすけのネグリジェで頭を掻きながら寝起き姿を見せてくる感じ、男気のありそうな感じ、ちょいと投げやりな風情の口調、それでいてセクシー。
 ああいうの、ぼかあ好きだなあ。

 誰も興味のない女性のタイプの話は置いておくとして、ことほどさように大変いろんなキャラを織り込んでいる。しのぶもいいですねえ。ラムちゃんと対比されるしのぶの持ち味ってのは、これはこれであっぱれなんです。他にも興味を引かれるキャラクター数多でありましたし、1においてはなんといってもあのハマーン・カーンの声をしたメインゲストがいたりして、いやあ愉快愉快でありました。ちなみにぼくの好きな女性キャラクターベスト3はというと、ラムちゃん最強説を唱えつつも、1位、ハマーン・カーン、2位、レズン・シュナイダー(『逆襲のシャア』の敵パイロット。ちょっとしか出ないけど格好いい)、3位、六本木朱美というところです(平成生まれ置いてけぼり)。

 さて、ながーい前置きの後でやっとこさ『ビューティフル・ドリーマー』です。

 この映画を先に観なくてよかった、というのは、原作の高橋が嫌っていることからもわかるように、もとの『うる星やつら』とはずいぶんと雰囲気が違っていそうだからです。押井守作品ってほとんど観たことがないからそっちのお話はできないんですけど、ああ、これはもう本当に、高橋留美子的なものではぜんぜんないんだろうなあという気がします。

 世界激変ものと言いますか、高橋留美子的な街場コメディから離れると言いますか、アンバランスゾーンに持って行ってしまいますね。娯楽的ではなく、芸術的、作家的な方面に比重。そういう意味で言うと、この1、2はセットで楽しむといいと思います。ぼくが映画一般に求めるものが1、2の両方に別々に入っている。

 学園祭前日の盛り上がっている日常描写から始まるのですが、そのうちどうも、「時間がいつまでも前に進んでいないのはないか」という疑念が提示されるという、『涼宮ハルヒ』でいうところの「エンドレス・エイト」的な色合いが出てきます。で、いざ調査に乗り出してみると周囲の世界が登場人物たちを残して大きく変わっており、街には誰もおらず、それどころか街自体がこれまでの世界と隔絶されているのがわかります。はてさてこれは何なのだ、という謎解きが進行していくわけです。
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 観終えてみると、つくづく『ハルヒ』との類似点が見えてきますね。これは劇場版『涼宮ハルヒの消失』と合わせて観てもなおいっそうの意義があると言えましょう。  

話の要点をばらしてしまいますのでご注意ですが、この作品は物語で度々用いられるところの「胡蝶の夢」の話に触れていきます。世界が異変を起こした、これは何なのだ、この世界をつくったものがいるのではないか、そもそも自分たちが認識する世界とは、とそういうところがクライマックスを担います。
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「胡蝶の夢」的な捉え方、つまりは「この世界は実は夢なのではないか」といういわば哲学的な問題については、実のところさして興味はないんです。その発想自体は面白いと思うし、物語的な装置としても使えるけれど、なんというか、格好つけた言い方をするなら、そこまで実存的な危機を感じたり自己像に揺らぎが生じるような問題ではない。

 ただ、その辺の議論から考え出せること自体は面白い。
 クライマックスにおいて、世界の異変は、ラムちゃんと夢邪鬼という黒幕によって引き起こされたものだとわかる。ラムちゃんはあたると一緒の世界、邪魔者の存在無しにいつまでもあたるとの「終わらない日常」を過ごせる世界を願った。それを夢邪鬼が叶えて、彼らとその周囲しかいない世界が残ってしまったわけです。
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 あたるはそこからの脱却を試みようとする。他方、藤岡琢也の実に流麗な関西弁で、夢邪鬼は問いかける。「望ましい夢の世界にいればええやないけ」と。ここら辺にぼくは興味を引かれます。そして、『ハルヒの消失』との類似を見ます。
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『消失』ではハルヒのいない世界が原作、テレビアニメ同様のキョンの目線から描かれる。そこは実に平穏な世界です。ハルヒのむちゃくちゃに振り回されることのない世界です。しかしキョンは戸惑います。その戸惑いはわかりやすく序盤で言明されます。
「突如ユートピアに連れて行かれたとしたら、人は喜べるのか?」

もちろん、世界には明日を生きるのも覚束ない境遇の人は数多くいるし、そうした人々ならばイエスと応えるかもしれません。しかし、ぼくを含めた大半の現代の日本人ならばどうか。楽しいことばかりで嫌なことのひとつもないユートピアがあるからおいでよ、その代わり今の世界にはさよならだよ。さて、向こうの世界に旅立てるのか?

 旅立てない? 
 なぜなのか。今の世界は完璧で、自分の生も満たされていると言えるのか。
 言えない? 
 じゃあなぜ今の世界を捨てない? 向こうの世界は楽園なのに。

この問いへの答えを用意するのが『消失』であり、『ビューティフル・ドリーマー』であり、そしてもうひとつ、『オトナ帝国』です。

「前者二つ」は「不完全な日常の肯定」と「ノイズの尊さの受容」を、「後者二つ」は「世界制御の不快」と「未来への希望」を描きだしています。比重はそれぞれに異なるので、言葉でいちいち説明する気にはなれません。そして三者ともが「生の尊厳」を称揚するものと言えます。『ビューティフル・ドリーマー』にはいろいろと入っているんですねえ。

 今述べた五つのことについて詳述していると書くほうも読むほうも面倒くさいのでやめておきます(気分が乗ったらまた別の機会にということで)。そうしたことを併せ考えるに、ラムちゃん最強説はさらに補強されるのであります。あの状況で繰り出される「責任取ってね」は痺れますねえ。
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 ことほどさように、『ビューティフル・ドリーマー』について語れとなると、とても大変そうです。まだ話したいことの要点について詳しく述べていないわけですから、本当にやり出すのは実に骨が折れます。しかし、ぼくは『うる星やつら』をこの映画版2作でしか知らず3以降は知らず、またアニメについても大した知識は持ち合わせていないのであって、詳しい人が語ったらきっとそれはもうとんでもなく長いことになってしまうのでしょう。誰かやってください。

まとめておきますと、『ビューティフル・ドリーマー』は『消失』『オトナ帝国』と合わせて観るとより深い部分まで見えてくるということであり、そういうのは面倒くさい、単純に面白いのが好きだという人には『オンリーユー』をお薦めする、ということであります。今日もだらだらとまとまりを欠いた文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。
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by karasmoker | 2011-11-19 00:00 | アニメ | Comments(6)
Commented by pon at 2011-11-29 09:52 x
こんにちわ。管理人さんの批評を見て、押井守の実質的な出世作だと知り、見てみたいと思いました。調べてみると、BDは発売されていないみたいですね。なもんでDVDで見ました(ビューティフル・ドリーマーだけ何でこんなに高いの?アマゾンUKだと £75.95! 並のアニメの10倍だ!)。想像以上でした。ここまで押井節、炸裂とは。うる星やつら恐るべし。さらに驚いたのは、一緒に見た娘(中1)が、この難解で哲学的な話をほぼ理解していたこと。僕が「でも山場が無いよね。」と言うと、ちょっと間があって「ラムちゃんが、『責任とってね。』って言うとこぢゃない?」って。さらに見終わった後に、「これおもしろいね。」と、ただひと言。恐るべし我が娘(笑)。あやうく見逃す所でした。ありがとうございました。
Commented by karasmoker at 2011-11-29 20:52
 コメントありがとうございます。
 高橋留美子的なものと押井守的なものが衝突してできた、なかなかに厄介な映画であるなあと思います。中学生たる思春期にありながら親子で本作を観るというのはなかなか味わい深いことであるなあと感じ、お父さんが観るべき映画を指南してくれるというのは大変頼もしいことであるなあと思います。
 またのコメントをお待ちしております。
Commented by Sacky at 2012-05-18 23:21 x
こんばんわ。押井氏と高橋氏がこの作品で評価が真逆なのは恐らくラムのキャラクターに対する扱いの違いじゃないですかね。高橋氏はラム大好きなのですが逆に押井氏はラムが大嫌いで不可解なキャラなのだそうです。
ミニパトのインタビューで語ってましたが、押井氏は大人の女性が好きだそうでこのビューティフル・ドリーマーに関してもサクラさんの方が目立っていました。逆にラムのようなどこをどういじればいいのかわからないキャラは神棚において触れないようにするか富野方式のように理由つけて殺すかが良いのだそうです。押井氏は富野さんと違って平穏無事が好きなのでそれはしないですけど。
Commented by karasmoker at 2012-05-19 09:35
 コメントありがとうございます。 
 ラムちゃんは幾多のラノベヒロイン、アニメヒロインのひな形に当たるようなキャラクターだとぼくには思え、ゆえにそうしたものと距離を置き続ける押井監督には確かに食い合わせの悪い存在であろうなと思いますね。
Commented by mamehijiki at 2013-05-21 20:15 x
非常に興味深く拝見いたしました。ハルヒを始めて見た時、ビューティフルドリーマーを連想はしましたが、大人帝国も交えての、メッセージの微妙な類似性と相違まで考えが及びませんでした。
私は原作も好きで読んでいたものですが、2がそこまで原作やTVシリーズから乖離したものとは思っていません。ただ、終わらない学園祭前日という、誰もが青春時代に夢見る(ある意味至極うる星的な)シチュエーションで、行くところまで行ってしまうストーリーと、ラムというキャラクターの持つ異物感、不安定さを必要以上に増幅した結果が、原作者の逆鱗に触れたのではないでしょうか。

因みに、ラムちゃんの造形のモデルの一つは、あのアグネス・ラムさんだそうです。
Commented by karasmoker at 2013-05-24 23:08
コメントありがとうございます。
アニメを語るうえでのとても重要な古典ですね。
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