『マイマイ新子と千年の魔法』 片渕須直  2009

ほえーっとしてしまいます。地上波テレビでやっても好評を博すはずです。
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 暗い映画が続いたので、ここら辺でまったく雰囲気の違う映画をと思い、評価が高くてちょいと気になっていたアニメを。

 作家の高樹のぶ子の自伝的小説をアニメ化したものです。監督の片淵須直という人の作品は観たことがないのですが、この作品を観ると他のものも気になってきます。
 制作はアニメ会社として名高いマッドハウスで、同じ年には『サマーウォーズ』をヒットさせていますが、個人的にはこの『マイマイ新子』がもっとヒットしてもよかったと観てみて思いました。『サマーウォーズ』は相当持ち上げられたように思うのですけど、なぜだかどうして『マイマイ新子』のほうは一部で話題になったくらいのようです。これは地上波のテレビで放送しても結構好評を博すと思いますよ。知名度がないから最初はあまり視聴率を取らないでしょうけれど、二度三度とやっていけばジブリ作品みたいにウケるはずです。家族そろって観られるし、テレビでぜひやるべきでしょう。
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 舞台は昭和三十年の山口県周防市で、田園が広がる田舎です。感じとしては『となりのトトロ』にも似ていますね。キャラクターの画は昔の世界名作劇場っぽくて、おじいさんは『ハイジ』のおんじにも似ているし、主人公の少女たち二人も『ハイジ』に出てきそうな感じです。そういう意味でも、テレビ放映には向いているはずです。
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 主人公の新子は小学校三年生ですが、ちょっと声優の声が大人っぽいというか、女子高生っぽいのは気になりました。最初のモノローグで、ああ、これは声優じゃないな、と思ったらその通りで、どうもメインキャラクターには声優があまり使われていないんですね。
 
 世の中にはアニメ好きが多くて、その中でも声優好きという人はかなりいるように思うのですが、そういう人たちはアニメの一線に声優が起用されないことについてはあまり何も思わないのですかね。萌えアニメの声優に萌えて満足、歌手デビウして紅白に出たりすれば満足、という人たちなのでしょうか。本当にアニメが好きなのでしょうか。どうもぼくとは認識の仕方が違うのであるなあと思います。

まあいいや。
 そこがちょっとノイズになったりしたのですが、つとめて気にせぬようにして観ていくと、映画それ自体はとてもとても良質なものでありました。終盤ではほろりと来たのでした。
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 まずこの映画のもたらす田舎描写、自然の中の子供たち描写というのは、実に秀逸でありました。すっごいベタなことを言いますけど、「田舎はいいなあ」と素直に思いました。ぼくも育ちが田舎ですから、いろいろとくすぐられるんですね。もうベタなことしか言えなくて恐縮ですが、ああやって自然に囲まれて過ごす子供時代はなんて尊いのだろうと感じたのです。反面、これまたベタですが、現代の東京をはじめとする都会で子供を育てるってのは、うーん、なかなかちょっとどうしたものなのだろうな、というのも感じたりはしました。
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 もちろん現代の都会の中だからこそ涵養できるものってのもあるはずですが、そういうものに強い疑いを差し挟んでしまうくらいに、この映画に出てくる環境のみずみずしさにやられたのでした。大きな出来事は後半になるまでは出てこないのですが、時間の流れ方も心地よかった。ああ、こういうのは、大事であるなあ、とつくづく。
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 新子が暮らす田舎に、都会から貴伊子がやってきて、仲良くなるんですけど、こういういわばベタな友情の芽生えを映画で観たのも久々な気がして、暗い映画を最近は観ていた分余計に来るものがあったのかもしれません。二人の対比もいいし、余計なことを何もしていないし、一方小さなエピソードの数々は大変にほほえましい。色鉛筆のくだりとか、チョコレートのくだりとかね。
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 うん、さっきからいろいろ言葉を探しているのですが、あまり見つからないんです。ただ、「いいものを観たなあ」とほえほえした気分なんです。ほえーっとさせてくれる映画って近頃なかなか観ずにいたので、ほえーっとしたい人にはお勧めです。

 自然いっぱいの田舎の一方で、街場も出てくるんですけど、この街場は街場でいい味を出しています。ノスタルジーものっていえば、『オトナ帝国』にせよ『ALWAYS』にせよ、結構「押し」の懐かしさなんです。懐かしの記号を出してくるじゃないですか。この映画はそういう記号をほとんど出さないんです。ああ、ひとつにはそれがあるのかもしれません。記号に頼らず、小さな出来事の蓄積によって見せていく。
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 たとえば映画館に忍び込むシーンでも、そこで上映されている映画が何かってことは本作ではどうでもいいんです。やろうと思えばここで有名映画名をどんと出して、懐かしの記号を入れられるけど、そんなのはどうでもいい。大事なのは、そこで忍び込んでみんなで映画を観た、というその行為の記憶です。だから映画では架空の映画名になっているわけで、下手に現実に頼ろうとしていない。金魚の埋葬にしても、そこでみんなそろって埋葬をしたという行為が重要なんです。そうした行為の丁寧な積み重ねが、映画を支えている。子供の頃は小さな出来事が大事だった、というのがすばらしくよく描かれている。
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 ある出来事が起こるんですけど、そのあとで新子と上級生のたつよし少年が夜の盛り場に出て行きます。ここは目頭が熱くなってしまいました。新子の声が強すぎる、というのはあるんですけれど、否応なく必死に大人と対峙している様には、そりゃあ打たれますって。 
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この映画はもう少し時間をおくと、もっとじーんわり来るかもしれないです。ジブリでいうと、『おもひでぽろぽろ』とか『海がきこえる』とかが好きな人にはてっぱんでお勧めしてよいと思いますね。で、他の人にもぜひ観てほしい、と思いますね。まだまだ語れていないことは多いのですが、自分の中で発酵させたら折に触れて語ることもあるでしょう。日本テレビも繰り返し同じジブリ作品を流すくらいなら、一度くらいこれを流してみたっていいはずです。十分に匹敵、あるいは凌駕する出来だと思います。
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by karasmoker | 2011-12-06 21:00 | アニメ | Comments(12)
Commented by オノ at 2011-12-08 10:53 x
はじめまして。
いつも更新を楽しみに読ませていただいてます。

アニメの役者起用に関してですが、声優好きはみんな「なぜ声優をつかわないんだ」と思っています。
アニメーションでの「声」の役割はものすごく大きなものだと思いますし、そのプロとして「声優」がいるにも関わらず、知名度を優先して俳優やタレントが起用されるのは非常に残念です。
もちろん、上手な役者さんもいらっしゃるのですけど。

アニメでもゲームでもそうですが、いくら映像がよくて物語がしっかりしていても、声がイメージと合わなかったらすごくがっかりしますよね。
声優さんがきちんと評価されることを願うばかりです。
Commented by pon at 2011-12-08 11:38 x
こんにちわ。ちょっと気になったので。管理人さんは「ゲド戦記」でも俳優の声優化は嫌いと仰られていましたが、でも今の老齢化したじいさんばあさんがのさばる、声優界の現状はいただけません。たしかに一定のグレードは保たれますが、やはりパッションの低下は、避けられません。顔が老人でも子供になれる希有な世界なので、しかたがないのかもしれませんが、若い声優たちが育ちません。僕は物を作る仕事にたずさわってきたので、熟練した年長のクリエーターの技術は認める所ですがインパクトが格段に落ちると言わざる終えません。若手は、最初はへたですが大舞台に何度か我慢して上げると化けます。僕は作品がある意味、完成度が落ちても、俳優の声優化を含む、若手声優の拙いけど飛び跳ねるような元気な作品に出会いたいです。
Commented by karasmoker at 2011-12-08 23:40
 オノさん、お初のコメントありがとうございます。
 声優が好きな方のご意見、参考になります。
 アニメ業界にも映画業界にも明るくないのですが、ビジネスとして、「知名度があるほうが集客できる」→「集客できると見込まれるため、制作費が上がる」という構図ゆえに、起用する側にもメリットがあるのでしょう。
 ただそうなると、アニメを観ているときに、知っている俳優、タレントの顔が浮かんできてしまうというのがありますね。ぼくはこれがどうにも駄目なんです。せっかくアニメという純粋な虚構世界を築いたのに、なぜ現実の方向に逆行しようとするんだって。

 そして、そのことに最も鈍感なのが実は作り手じゃないかと思っています。監督を中心とする作り手は声優と対面したうえで仕事をするわけで、演じている者の顔を知ってしまっている。ゆえに、演技そのものには敏感でも、演じ手の顔が浮かぶ/浮かばないという発想を持ちにくい。

 起用法を巡って「あるべき姿」を論じようとする際、問題は多重的であるなあと感じています。
Commented by karasmoker at 2011-12-08 23:53
 ponさん、いつもコメントありがとうございます。
 老齢化した声優がのさばる現状、というのはぼくがあまり問題視できていなかったところなので、ありがたいご指摘です。むしろ数年前の『ドラえもん』や最近の『ルパン三世』のように、代謝は行われているイメージでした。老齢化による弊害というのは、たとえばどのようなアニメで見受けられるのでしょうか。お教え願えれば幸いです。
 
 若手をどんどん起用すべき、というのは意見を同じくするところですが、ジブリはもう言わずもがなにせよ、他のオリジナルアニメでも声優ではなく、俳優やアイドルがメインを張る傾向が気になるのです。この『マイマイ新子』を含む最近のマッドハウスはそのような傾向が見て取れるように思います。
 テレビアニメではまだ声優が起用されていると思うのですが、こと映画となると途端に非・声優畑の俳優やアイドルがメイン化する。しかもその場合も知名度によるキャスティングだとは思えないケースが多々ある。これはいかなることであろう、なぜ声優以外の畑から抜擢するのだろう、という疑問があります。キャラクタにぴったりならまだしも、そう思えないときには疑問が膨らんでならないのであります。
 
Commented by なめこ at 2011-12-08 23:54 x
以前小学校の校庭で子供向けに野外上映会をしていて見に行き、私もほえーとしました。

設定や絵の感じはありそうなのに、新鮮な感じというか。作品を観ていて、作り手の感動させてやろう感を感知すると心がさーっと引いてしまうのですが、そういうところがなくて素直に観れました。
良い意味でキャッチーなところがなくて、展開も不思議というか、うまく言えないのですが、見終わった後に作品の良さがうまく言い表せないものの方が、良い映画なのかもしれないと今急に思いました。
Commented by karasmoker at 2011-12-09 00:21
 コメントありがとうございます。
 ノスタルジーが流行ったゼロ年代にあって、最も優れた作品のひとつだと思います。記事でも書きましたが、本作では時代的記号よりも、子供の頃の行為に着眼している。見知らぬ転校生と友達になろうとしたこと、仲間で池をつくってみようとしたこと、映画館に忍び込んで大人向けの映画を観ようとしたこと。みずみずしい自然を背景に、そうした子供時分の行為を描いている。観た人は情報としてではなく、体感として自分の過去を思い出してしまう。非常に優れた構成だと思います。
 
Commented by なめこ at 2011-12-09 08:56 x
「情報ではなく体感として」
そうですね。ノスタルジーものが悪いのではなくてノスタルジーっぽさを記号で出そうとするものに嫌悪感を感じるのですね。
この手のアニメのレビウもまたお願いします。
Commented by pon at 2011-12-09 10:30 x
こんにちわ。ちょっと大げさに書いてしまったかもです。確かに、大山のぶ代降板以降、世代交代がようやく行われていますね。でも僕にすれば遅過ぎです。すでに伝説化したアニメに老人達がですぎてしまったのですよ。さすがに暇になった老声優が今になってバラエティ番組に出まくって、管理人さんが俳優の顔を想像してしまうように、過去の名アニメのキャラをすべて老人の顔に塗り替えています(怒)。今も人気声優ランキングなどをWikiなどでクリックしてみると恐ろしい年齢です。人気のルパン三世にしても今年ようやく入れ替えられました(16年ぶりですよ)。僕にとっては、ごく最近のことです。
Commented by pon at 2011-12-09 11:03 x
追加です。僕は結構年齢がいっているので、本当に最近のアニメは知らないのですが(いい齢で「ハルヒ萌え」、とか気持ち悪いでしょ(笑))、興味が有る所までで参考に。
ちなみに幅広い層に人気の「ワンピース」。

ルフィ 田中真弓 56歳
ナミ 岡村明美 41歳
ゾロ 中井和哉 44歳
ウソップ 山口勝平 46歳
サンジ 平田広明 48歳
ニコ・ロビン 山口由里子 46歳
フランキー 矢尾一樹 51歳
ブルック チョー 53歳
Dr.くれは 野沢雅子 75歳
チョッパー 大谷育江 46歳
ゴールドロジャー 大塚周夫 82歳
シャンクス 池田秀一 62歳
エドワード・ニューゲート 有本欽隆 71歳
ポートガス・D・エース 古川登志夫 65歳
バギー 千葉繁 57歳
ミホーク 青野武 75歳
ドン・キホーテ 田中秀幸 61歳
モリア 宝亀克寿 64歳
ジンベエ 宝亀克寿 64歳
クロコダイル 大友龍三郎 大友龍三郎 58歳
ハンコック 三石琴乃 44歳
センゴク 石森達幸 79歳
転載ゴメンです。
Commented by karasmoker at 2011-12-09 22:57
ロングランアニメの声優陣が高齢化するのは仕方のないことだと思います。長年親しんだ声優を変えるのはリスキーだし、旧来のファンには抵抗がある。現にぼくは水田わさび版ドラえもんは一切観る気がしない。また、実力も実績もある人気声優が声優としてオファーを受けるのは当たり前のことですから、高齢化するのはやむをえない。後進に道を譲れというのはたやすくても、じゃあもうあの声優の声は聞けないのかと思うとこれまた寂しい。
 上が詰まっている、詰まるだけの道理もある、からこそ、若手のほうは専業声優が登用されるべきだというのが変わらぬ考えです。そうでなければテクニカルな伝承も行われなくなってしまうし、畑そのものがやせ細る。「実績のある若手」が出てきにくくなる。
 勝手な理想論としては、声優という職業領域の聖域化が望ましいのですが、上記の通り、多重的な問題があります。
Commented by Θ at 2011-12-11 14:45 x
声優じゃないと感じられたということは、「声優が演じる子供」という記号を発していなかったからでしょう。それは指摘されている通り、記号に頼らない本作の趣旨であるとおもいます。知名度やタイアップで起用されたわけじゃありませんし、演技も申し分ないと個人的には思います。声優を使う使わないという件からは最も遠い作品だと思います。
Commented by karasmoker at 2011-12-11 19:15
 コメントありがとうございます。
 こと映画やドラマにおいて、「○○はミスキャストだ」という言われ方をすることがありますが、これは観る者個人の感覚によるところが大きいものですね。ぼくの場合、新子の声には戸惑いを感じたということで、それを書いただけなのです。声優じゃないな、と感じたのは、おっしゃるとおりで、声優らしさがなかったからです。ただ、声だけで演技をすることに長けた専業声優ならではの息づかい、発声法というのがおそらくはあって、それを体得していないように思えた場合、ときとしてぼくは違和感を抱くのであります。恥ずかしながらその違和感を言語化することが今のぼくにはできぬのでありますが。
 記号、という言葉の用い方はぼくの考えるところと異なりますが、演技は申し分ないというのには意を同じくするところであります。
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