『伊集院光のばらえてぃー だるまさんが動いたらみんなバラバラの巻き』    伊集院光 2012

これもひとつの世界の戯画。
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テレビや雑誌なんかのアンケートで、面白い芸人とか好きな芸人とかを募ったら、まあ大体明石家さんまであるとか、ビートたけしであるとか、ダウンタウンであるとか、そのほかいろんな芸人の名前が挙がってくるわけですが、トップテンに伊集院光が入っているのを見たことがないですね。若い世代、深夜ラジオに親しみのある世代でアンケートを採ったら間違いなく票を集めるはずなのですが、まあテレビというのはラジオに比べて、やっぱりずっとマスであるのだなあと思います。
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 伊集院は「テレビで面白いことをやる」というスタンスを取ろうとせず、本人もそこは自認しているようで、テレビの視聴者には「汗っかきで朗らかなデブキャラ」として見られているのだろうと何度も語っています。ゼロ年代に入ってからの松本人志がそうであるように、テレビで面白いことをやろうとする難しさに直面していて、主戦場のラジオを突き詰め、かたやこのような形で、バラエティのDVDをリリースされております。
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 お薦めのDVDとしては、ちょうど一年前くらいに取り上げたのですが、芸人草野球の巻きがとてもすばらしいです。あそこには作り手が制御し得ない面白さがありました。石橋貴明がバナナマンのラジオに出演した際、バラエティ一般について「枠の中に収まっちゃうとつまらない。そこからはみ出るものがあるから面白いのだ」というようなことを言っていたのですが、あの草野球の回では、枠の中で起こりうる、しかし作り手が支配しきれない展開が巻き起こる。世間的に、もっと褒め称えられていいと思いますね。
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 さて、そんな伊集院が六ヶ月連続でリリースするというバラエティDVD。これは楽しみがひとつ増えたというものですが、その第一弾として出たのが本作です。
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ゲーム形式のバラエティなのですが、ルールは簡単。
 出演する若手芸人やアイドルたち九名に、だるまを五つずつ渡します。
このだるまはそれぞれのメンバーが八回ずつ、誰かに渡すことが可能です。一個も渡さなくても構いません。
 誰かに渡すことができるのは一回につき最大三個。ただし、特定の一人に向かって複数渡すことはできず、三個手放そうと思ったら三人に一個ずつ渡すことになります。
 自分のもとに送られてくるだるまが、誰から送られたものなのかはわからない仕組みです。
 誰が自分に送ったのかわからない状況でだるまの渡し合い、押し付け合いを繰り返していると、当然人によって、持ち数が変わってきます。多く持ってしまう人もいるだろうし、すごく少ない数だけ持っている人も出てきます。
 その持ち数が最終的に多かった人は、次回の収録に呼んでもらえないことになります。
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伊集院ははじめに、「全員が同じ数であれば全員生き残りだ」と言明します。
 囚人のジレンマよろしく、このゲームで負けない最善の方法は、お互いがお互いを信じ合い、誰にも渡さないことです。一切だるまの流通が起こらなければ、初期値の五個で全員が動かず、全員が平和に生き残ります。

 ただ、それじゃあ面白くないよね、ということで、伊集院があれこれと仕掛けていくわけです。
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 草野球の回もそうですが、伊集院はこういう、互いが疑心暗鬼に陥る系のゲームが大好きです。『真剣じゃんけん』という回があるのですが、今回と同じような心理戦ゲームです。

 そういえば昨年は震災の影響から、「絆」という言葉がもてはやされましたが、表面的な絆が壊れたら、人はいとも簡単にばらばらになるんだよね、というこちらの真理は、人間の世界の一面を確かに捉えているなあと思います。絆、人のつながりというとすばらしく前向きで、そうやってみんながみんなを思いやれば素敵な世の中になるよね、という理想論も結構ではありますが、自分の身を守らねばならない状況下では、そんなことは言っていられなくなるのであります。

 話はそれるようですが、ぼくは絆だの人とのつながりだの仲間だのを称揚する言説が嫌いです。それは最終的に、絆のパワーゲームにしかならないと思うからです。絆って素敵だよね、人とのつながりっていいよね。ああそうかい。だったら、東電と政府の絆も素敵だね。宗教団体と政党の絆も素敵だね。特定人種の中で閉じるのも、絆として素敵だね。

 閉じられた絆を超える手段として、伝統的に採用されてきた方法がありますね。それが宗教です。バックグラウンドの異なる個々人や共同体が互いを警戒し合う行為を、人類は宗教という形で超克しようとしました。すなわち、「最終的に」同じ神を信じている、「最終的に」同じ世界観を共有しているという意識を、互いの内面に植え付ける方法です。最終的に同じ考えを持っている自分たちは、互いの差異にも寛容になれるよね、という思想。宗教的共同体は世界観の共有、信仰の同一をもって、絆なるものを超えようという営みだったわけで、これを国家レベルのわかりやすいものにすると、「アメリカ合衆国の理念」のような形になるわけです。
 ただ、これは一方で、「絆の超克」から「絆」への退行をも同時に内包しているわけで……やめましょう。なんでバラエティの話なのにそんな難しい方にいこうとするんだ。そんなに頭がよく思われたいのか、けっ、なんだいなんだい、インテリぶっちゃってさ。

 情緒も話の方角もめちゃくちゃですが、要するに、人と人とのつながりってのは何だろうねおい、というのを考えさせますね、ええ。これと数年前に発売された『真剣じゃんけん』の連続視聴をお薦めします。で、斜に構えた見方をすると、「彼らは芸人だからあえて面白さを求めて動いているんじゃないか」とも言えるわけですが、現実の世界ってのは、芸人以上に過激にアクティブに動いているものです。今回も「伊集院の火種」があるまでは動きがほとんどないんですが、実世界はえてして、予想もつかない火種が投げ込まれるものでありまして、その意味で本作は人間世界の戯画であると言えるようにも思います。
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 観終えてみると、いろんな選択と、いろんな結果があります。そういう選択をした者が、そういう末路を迎えるということもあるよね……でも、人ってのはさ……社会って、うーん、なんだろうね、と思います。個人的には、田代32という芸人の選択が、なんか、考えさせるもんがあります。ネタバレになるし、あまり言いたくないですけど。
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伊集院によると、テレビでこういうのをやると、反発を食らう時代だそうです。『逃走中』で、他のプレイヤーを裏切るような行動を取ると、ネット上でそのタレントがバッシングされたりするようです。くわ、何なのでしょう、日本が有する病理みたいなもんを感じます。そんなやつらが絆を称揚しつつ実生活では自分に有利に動こうとするのでしょう、嗤うよ。ってなもんです。

 何にせよ、一見の価値あるバラエティです。前半は動きがないので、もっと! もっと!という食いたりなさも多少はありますが、普段人を信じている人ほど、観終えた後で何かを感じるのではないでしょうかね。逆に、人は人を裏切って当たり前だと思っている人はつまらないかもしれないですねえ。自分の人間観を確かめる意味でも、観てみるとよいでしょう。
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by karasmoker | 2012-02-28 01:00 | ドキュメンタリー | Comments(0)
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