『犬と猫と人間と』 飯田基晴 2009

犬猫だけが特別視されるのはどうやねん、という視点も持っておくべきだろうとは思います。
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 タイトルの通り、犬と猫と人間とをめぐる作品で、捨てられた犬猫や野良の犬猫がどう処遇されているのかが描かれています。
 ぼくのペット歴で言うと、中高生の頃にハムスターとフェレットを飼いました。やっぱり愛情は強く感じるものでありますね。その動物が生きたこと、生きていたこと、その事実について記憶できるのは自分だけであるという閉じられた関係性。自分が育てねばこいつは生きていけぬのだ、という責任感。そんなこんなで情を抱くのでありました。

 反面、犬や猫というとこれは愛育した記憶が大変乏しいのでありまして、映画を自分事として惹きつけてみたり、記憶が揺れたりということはありませんでした。映画では犬と猫以外の動物に言及されることはありませんので、なんだかんだで犬猫は特別扱いされているな、という印象も抱くのであります。フェレットが出てきたりしたらぼくはぜんぜん違う見方をしていたでしょう。だから逆に、犬や猫を飼っていた人は強く感じ入るものがあるでしょうね。ぼくはちょっと一歩引いて観てしまいました。
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飼い主のもとから放されてしまった犬猫を、施設の人々が育てる様などが描かれるわけですが、はじめに映画について申し上げておくと、ちょっと手つきが優しすぎるというか、同じことの繰り返しになっているきらいがありました。

犬猫が見放されて、そんな彼らを見守る人間がいて、なんとかしなくちゃいけないね、ということが描かれる。でも、その繰り返しなんです。そこからあまり深まらない。可哀想だということはわかるんですけど、犬猫に愛着のない人間からすると、もっと認識を揺らしてほしいと思うんですね。あるいは、へえ、そんなことがあるのか、というものが少ない。まあ、そういうことなんだろうね、と想像がつくものがほとんどなんです。
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この映画が果たす機能としては、犬猫を無責任に捨てる人たちの抑止力となるんだろうと思うのですけれど、犬猫に関わることがない人間、あるいは犬猫を飼った以上は死ぬまで面倒を見るのが当然だと普通に思っている人間には、それほど感じ入るものがないんです。まあ、この手の映画についてあれが描かれていない、これが描かれていない、と言い立てるのはよくないんだろうし、撮られたものの中から最大限何かを読み取るのが観客の取るべき態度であろうとは思うのですが、いかんせん中盤には退屈した。白状しますが、ぼくは後半は飛ばし飛ばしで観ました。
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 そんなことを書くと、おまえは動物愛護の精神がないのかと言われそうですけれど、ほなら動物愛護ってつきつめていったらなんやねん、ということでもあってね。たとえば、勝手なわがまま全開で言いたいことを言うなら、あの施設の人々、確かに尊敬すべき仕事をしている人々ですが、じゃあ彼らは牛肉、豚肉、鶏肉、魚を一切食べないのか。そういうところには言及がないんです(飛ばし飛ばしで後半を観たので、あったぞそういうシーン、と言われたらぐうの音でも出ません。もしあるとしたら訂正します)。動物愛護ってことを言い出すとその辺ってすごく微妙な領域じゃないですか。犬猫は特別視するけど、牛が殺されるのはいいのか、豚が殺されるのはいいのか、そこには一切踏み込まれない。犬猫が可哀想ですね、っていうところに留まり続ける。確かに最後の方では動物愛護精神からベジタリアンが増えているっていう例は海外のものとして出されますけど、日本の状況ではそういう手つきはなかった。
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 だからもう、ぼくの観たいもの、考えたいことと、監督が撮ろうとしたものがまるきり違うということなんですね。監督はあのおばあさんのお願いをうけて、犬猫の状況をセンチメンタルに訴えたかったということなのでしょう。だからこれを観るべき人というのはおそらく結構限られていて、周りで犬猫を捨てようとしている人に対して観せるものなのでしょう。あるいはペットショップで犬猫を買おうとしている人たちに一緒に買わせるのがいいでしょう。この映画とDVDをつくった人々は、値段をぐっと廉価にして、全国のペットショップに卸すというのがいいと思います。基本的に手つきがものすごく優しいですから、犬猫を欲しがる人なら誰でも観ると思いますし。

 ぼく個人で興味を引かれたものでいうと、冒頭のペットの愛玩状況のほうでしたね。今はペット向けサービスが華やいでいるようで、犬猫向けの誕生会サービスなんてのがあるようです。
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 ぼくはああいうものに関するモンド映画的興味を持ったわけですが、この映画ではそういうのはぜんぜん描かれません。あれはものすごく奇妙だと思いますけどね、完全に人間の自己満足やんけ、と思ってしまいます。あの辺から、ペットビジネスのいびつさみたいなもんを引き出したら面白いのになあ、と感じてしまった。ああいう人間の自己満足的なビジネスを突くことが、この問題の解決に繋がるんじゃないのかい? とも思った。この映画の主眼はそれじゃないのはわかるんですけど。

 この映画が退屈だなあと思った理由は、出てくる人がみんないい人だからなんです。みんな犬猫が好きで、とても大事にしている。でも、その人たちに寄り添うだけで二時間見せられてもなあ、というのが正直な感想です。

 そうは言いつつ、動物ものというのは、実はかなりナイーブなテーマなんですよね。今回の作品で言えば、ペットビジネスに立ち入ればまた別の見方も提示できただろうけど、実際それは難しいし、たとえば食肉業界と家畜の問題についても、深く切り込むのは困難を伴うだろうし、製薬会社と動物実験の問題なんかも難しいだろうし。その点で行くと数年前に『ザ・コーブ』というのがありましたが、あれなどは食文化の問題と生命の問題が実社会を巻き込んでの摩擦となった。動物って結構世間がセンシティブに動くものだから、それを取り巻く企業や団体の調整がものすごく大変なのでしょう。そういう意味では、優しい手つきで控えめに犬猫問題を取り上げる、という方法は、いちばん安全かつわかりやすいものなのかもしれません。
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ペットの話、動物の話はいろいろな切り口がありますけれど、「ペットは家族の一員だ」という街の人の声で、ぼくは少子化問題を連想しました。わかりやすいことに、ペットの数は1960年代から順調に増加していて、いまやペットとしての犬猫の数は人間の子供よりも多いそうです。これは実に興味深い変化であります。完全に相関関係にあるのではないでしょうか。子供を作らない世帯が増え、犬猫が子供の代替機能を果たす。だとするなら、ペットビジネスの拡大は、犬猫殺処分問題と少子化問題の両方に絡んでいるのではないでしょうか。この辺を掘り下げるとなんだか面白そうだなあとも思うわけですが、それは同時になかなかの難題でもありますゆえ、今日のところはこれまでであります。
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by karasmoker | 2012-02-29 22:00 | ドキュメンタリー | Comments(2)
Commented by むあんつ at 2012-03-21 05:31 x
はじめまして。映画批評で検索しまして、こちらに辿り着きました。

非常に面白くレヴューを読ませて頂きました。

この記事の、犬猫に関する内容、その通りですね。犬猫に限らず、生と死の両方を考えるべきだと思います。生について大きな声で訴える人は多いですが、死については考える事すら拒絶しているように思います。

映画はやはり、エンターテインメントでなければと、思っています。制作された時代背景や国や思想を知らなければ理解出来ない映画というのは、ちょっと、どうかと思うのです。それでもある程度の常識的な知識や想像力、は持っていて当然、という前提ですけれども。
まぁ、今の我が日本国の文化レベルはそこにすら至ってはいないのでしょう。映画の話ができる人が周りにはあまり居りません。

「ザ・フライ」「ミラーズクロッシング」「ファーゴ」「ガタカ」「バーディ」「その男凶暴につき」「岸和田少年愚連隊」なんかが好きな作品です。

また、映画批評楽しみにしております。

長文、失礼いたしました。
Commented by karasmoker at 2012-03-21 21:47
 コメントありがとうございます。大変励みになるのであります。
 今のぼくは「映画はエンターテインメントでなければならない」という立場を取りません。また、「日本の文化レベル」と映画の出来を論ずることも今は避けています。映画の受容のされ方や映画産業のあり方については複雑な問題があると思いますゆえ、易々とは語れないだろうというのが今のぼくの考えです。
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