『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』 高橋栄樹 2012

うまいことやっていますねえ、「アイドル=聖女」の枠組みの中で。
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 つまるところ、宗教たるものはその信者にとって一等尊いものであり、信仰せぬ者においてはほとんどどうでもよい代物なのでございまして、ぼくなどにはもう一ミリとも響かぬものであったというのは、致し方のないことなのであります。しかしなんでも、最近では元メンバーの方がなんとあのイエス・キリストを超越なされたということで、だったらもういっそのことオバマもロムニーも蹴散らして大統領になればよかったのにと思いもするのですが、そこまで言うなら観ておこうと思って、観てみたの。

 ただですね、申したとおりに、この映画はある種の宗教映画でございますから、異教徒のぼくがどうのこうの言うのも唇寒い話なんですね。その信者の方々が満足されていればいいわけです。非常に話を続けにくい状態であります。変に絡まれるのも、面倒くさいだけです。

 異教徒なりに思うのは、「うまいことやっているなあ」ということですね。表だけではなく裏も見せまっせと。観る者に「おお、これが裏か」と思わせる。宇多丸さんは、「アイドル映画の臨界点だ!」とおっしゃっていますが、要するに、「AKBに惹かれる程度の人たち、を満足させる程度に、裏」なんです。うまいことやっています。さすがですね。

 たとえばあの選挙のくだりですね。誰が何位だ何位だ、一位だ二位だと。で、華々しいあのステージの裏ではこんなことがあったのだと。そういうのをファンは観たいわけで、そのニーズにきちんと応えているんです。うまくやっています。ただ、ぼくは異教徒ですので、一位とか二位とかってことがもうどうでもいいわけです。何をこの人たちはそんなことに熱くなっているのかな、とぽかんとするのです。

 ツタヤに行くとポップに「ジャンル:戦争ドキュメンタリー」とか書いてあったり、宇多丸さんもそんなようなことを言ったり、あるいはこのグループが「社会現象」として語られたりする。そこまで言われると困ってしまいます。当然本当の戦争はそんなものではあり得ないわけですし、世界でも昨今政変ラッシュが続き、日本でも与党が変わろうとしている。そちらのほうに重きを置いて社会を眺めている人間からすると、何を熱くなっているのかまるでわからない。オバマとロムニーの戦いには注目しました。都知事選にも衆議院選挙にも注目します。中東情勢にも注目します。現実社会のことですからずっと重いわけです。そんな時代にあって、「これはもはや戦争ドキュメンタリーですよ!」みたいなことを言われても、ねえ?

 ぜんぜん関係ないようですけど、大統領選とか自民党の動きとかを眺めながら、近頃は右翼と左翼について考えたりしていて、三島由紀夫の市ヶ谷駐屯地での演説などを動画で観たんですね。すると、ぐうっと胸に迫るものがやはりあるわけです。その思想はどうあれ、ああこの人は本気の本気で日本を憂い、行動に出たんだなと感じ入るものがある。そういうのを観ていると、「票数は愛です!」「うおーっ」みたいなのは、ねえ?


(ちなみに、ぼくは憲法の改正は条文によっては実行されるべきであろうと思っていますが、今の自民党程度の草案には賛成できません。)


こういうことを言うと、アイドルに浮かれることを悪く言っているように思われそうですね。でもそうではありません。異教徒と申し述べたように、ぼくはぼくで恵比寿マスカッツを信奉しております。恵比寿マスカッツ信者の切り口で、ちょいと話します。


 恵比寿マスカッツは主要メンバーがAV女優であります。彼女たちは普通のアイドル的活動をしながらも、その一方ではAVに出演している。ペニスを咥えヴァギナを舐められ、涎を垂らし小便を垂れ、アナルを露わにしファックに喘いでいる。そんな姿を堂々と見せている彼女たちは既に、十分すぎるほどに十分な「裏」を見せているわけです。恋愛禁止だと処女幻想を振りまくなど、彼女たちには端からあり得ない作法です。 

信者としては、その振れ幅に魅せられる。彼女たちは単なる聖女ではない。聖女と売女の両面を露わにした、類い希なる存在として顕れている。そういうものに魅せられている人間からすると、あまりにもどうでもよいものに見えてしまうのです。 
 世の人々は聖女を崇め、売女を誹る。彼女たちはその誹りをも覚悟の上で、その裸体を晒している。その心意気を買わずして何が日本男児でありましょう!

 こういう異教徒にとってみれば、傷つきながら夢を見られても、どうでもいいとしか言えぬのです。マスカッツの作品それ自体が持つドキュメンタリー性に比べれば、と思ってしまうのです。けなしているのではまったくありません。聖女を聖女として崇めたいのなら、どうぞどうぞご覧になって頂くのがよろしかろうと思います。
 ただひとつ、確か、イエス・キリストは人類の原罪をその一身に背負い、人々は彼を信ずることで神からの赦しを得るのだろうと思うのですが、この文脈に照らすならば、AKBの元メンバーがキリストであろうとは信じられません。AKBはこの映画をもってしても、「アイドル=聖女」の枠組みをなお遵守し続けているのです。

 恵比寿マスカッツは己が売女として石を投げられることをも覚悟しながら、僕たちの下卑た欲望を肯定し、生を肯定する存在なのであります。「おまえたちが生を受けたのは、かような営みがあってこそなのだ」と教えてくれるのであります。最初の人類たるエヴァは知恵の樹の実を食べ、裸体に恥ずかしさを覚え、楽園を追放された。であるとするなら、原罪を背負いながらも陰部を露わにするマスカッツの営みは、ヤハウェへの挑戦であり、サタンとの融和であり、原罪の超克なのであります!

 そろそろ何を言っているのか、自分でもよくわからなくなってきましたが、まあ、もうなんでもいいや、ええと、(適当に締めておいたほうがいいな、そうだな、よし)、

 AKBと恵比寿マスカッツをこれ以上引き比べるようなことにならぬように、どちらでもないこのユニットのPVで、平和的に締めましょうか。

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by karasmoker | 2012-12-11 00:00 | ドキュメンタリー | Comments(8)
Commented by pon at 2012-12-12 01:34 x
こんにちわ。公開当時に中二の娘と見ましたが地震のパートとかが結構重くて、彼女もいまいちだった様子でした。当時はまだ、地震のドキュメントとしても見れたと思うのですが今見ると、AKBとヒューマニズムが鼻につくんじゃないでしょうか そこが管理人さんが「うまいことやっているなあ」と感じたのでは?
Commented by karasmoker at 2012-12-13 00:55
 コメントありがとうございます。
 ヒューマニズムなんて高尚なものについてはよくわかりません。ですが、被災者の応援に行ったところにちゃっかりカメラが付いていって、「せっかく応援したんだからそれをこっちのプラス材料にせぬ手はない」とばかり映画の素材にしたり、西武ドームにおいても「こんなに頑張っているなら応援しなくっちゃ」と思わせるような形だったり。つまりはいくら「傷ついて」見せたにせよ、「自分にとってプラスに作用しうるものを見せている」点で、「うまいことやっているなあ」なんです。流出スキャンダルにしても、映画内の盛り込むことでみそぎに変えている。その点、ジャニーズにはまだ美学を感じますが、こちらには「こんなに頑張っているあたしたちを見て!」のほうを感じてしまいます。それでもファンは喜ぶから、うまいことやっているなあ、なのです。
Commented by OST at 2012-12-13 19:05 x
また休止しちゃうのか?と思ってドキドキしてました(汗)。
AKBに関して言えば私も全くわからない人なのですが、例えば宇多丸氏の絶賛ぶりなんかを見ると本当に訳がわからなくなります。理解したいとも思わないですが、とても理解できない。「戦争ドキュメンタリー」って初めて聞きましたが、あまりのショックに椅子から転げ落ちそうになりました。戦争舐めてるんですかね?うちのじっちゃんに鼻で笑われちゃうよ?。例のキリストも同様ですが、もう全くもって根本的にズレてる。ズレまくってる。頭おかしい、としか思えない。
アイドルですから好きでいいじゃん!と思います。なんで無理やり屁理屈こねるのか。理論化するのか。神格化するのか。さっぱり理解できません。ひょっとするとバカらしさに薄々気付いている自分の感情を、無理やりにでも正当化する必要がある…という事なのか?、なんて深読みしたりしましたが、さすがにそれは考えすぎですよね。
管理人さんの言う「宗教だから」には妙に納得してしまいました。
Commented by karasmoker at 2012-12-13 23:45
 コメントありがとうございます。
 以前としてぼくの「エイガミ・バイオリズム」は低調気味ですので、更新ペースは落ちてしまうと思うのですが、休止宣言するほどではありませんので、生温かく見守ってもらえれば幸いであります。

 いやはやしかし、後半の段落はぼくにも当てはまる部分がございますのでね、ぼくも言っちゃえば同じ穴の狢でございます。ぼくとてこのブログにて、「恵比寿マスカッツだけが時代を揺るがせるのだ!」などと嘯いておりますのでね。好きなものがなぜ好きなのか、理屈をつけたがるのはぼくにはよくわかるのです。

 ひとつ言っておくと、AKB界隈の人たちは「神曲」だの「神セブン」だの、神というワードを使いたい人たちなんですね。その文脈で、キリストの件は扱ってあげればいいのでしょう。要するに、馬鹿扱いしておいて構いません。
Commented by karasmoker at 2012-12-14 01:21
訂正:2行目 以前→依然
Commented by OST at 2012-12-14 19:00 x
ごめんなさい。全然そんなつもりはなかったんですけど・・・(汗)。
マスカッツ愛はあくまでも(アイドル)ファンの範疇だと認識していました。好きだから論ずるも理解できます。管理人さんはあくまでもアイドルという土俵の中で論じられていましたから。・・・これ間違っていませんよね?(恐る恐る)。
それに比べるとAKB愛の方は、向かうベクトルも飛距離もおかしな事になってる。それは管理人さんのマスカッツ愛とは全く別種のもの。アイドルの土俵を大きく逸脱する妄想でしかない。もしくは都合のいい願望か。これがもう根本から美化したい欲求ありきに見えるんです。AKB=美化すべき対象。出発点がそうなのだから、これはもう宗教なんだと。私はそういう解釈でした。
前回コメント後に宇多丸氏のシネマハスラーで当映画のレビューを聞いてみたのですが、これがまた驚く事だらけで。この件についてはまた機会があれば・・・。
ブログは休止するつもりがないと聞いて安心しました。管理人さんの映画評は本当に面白いので楽しみにしています。無理せずマイペースでも続けてもらえたら嬉しいです。
Commented by karasmoker at 2012-12-14 23:11
実はこの話は、相当深い部分にまで入り込む話題なのです。
 おっしゃるところの「アイドルという土俵」というのは、ぼくにはよくわかりません。そしてそれがもしも、「たかが芸能アイドル」的な意味合いであるのなら、ぼくはマスカッツをその目線で論じておりません。OSTさんに言わせればおそらく、ぼくの「ベクトルも飛距離も」おかしなものであろうと思いますよ。ある意味ぼくは、AKB文化人よりもずっと原理主義的な思いも抱えている。
 いずれにせよ、この話はコメント欄ではなかなか収まりがつきません。
Commented by OST at 2012-12-16 10:59 x
ひょっとすると私が理解できていなかっただけかもしれませんね。ちょっとこれ以上突っ込むのは危険だと判断しましたが(汗)、一点だけ補足させて頂きます。
「アイドルの土俵」というのはそのものズバリの「土俵」であって、「たかが」と言う意味合いではありません。同列に語れるものと語れないものの分別、とでも言いましょうか。私から見ると、明らかにAKBとキリストは土俵が違う訳です。これはどちらが上で下でという話ではありません。仮に映画好き熱狂的スピルバーグファンが「スピルバーグはキリストを超えた!」と言ったとしたら、同じように私は「それは土俵が違うよ!」と言います。これは「たかが」映画だからではないのです。あくまでも比べる対象ではない(=土俵が違う)と思っているからです。「戦争ドキュメンタリー」に関しても同じような意味合いですが、クドくなると思うのでこちらは省きます。
管理人さんの言う原理主義って言うのが私には全く理解できない分野でした。これはAKB熱狂的ファン以上ってことですよね。キリストを超えた以上に、って事なのでしょうか。
この辺は別途、新たに記事にしてみたら面白いかもしれませんね。
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