『帰ってきたヒトラー』 デヴィット・ヴェント 2015

面白いから怖い映画。
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 原題『Er ist wieder da』 意味:「彼が帰ってきた」

現実社会を照らし出した作品というのはぼくの好物の一つであります。身の回りのうんぬんやら人間関係やらを描くドラマもそれはそれでいいのですが、やはりこういう突飛な発想で社会を描く作品は、ぐっと身を乗り出して観てしまいます。
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 原作小説が本国ドイツで大ヒットしたコメディ映画ですが、コメディといってもモチーフがヒトラーでありますから、そこはどうしても難しい問題を孕むわけですね。コメディでありながら社会の木鐸たりうる点において、希有な作品であります。
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原作は未読のため、映画だけについて話しますが、「どうしてヒトラーが現代に来たんだ」という部分は完全にオミットされており、これは正しい判断ですね。そこは完璧にどうでもよくて、この突飛な事態がどのように影響を与えていくかに着眼しきっている。
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 ぼくはドイツの社会状況についてとんと無知なので、いろいろと驚かされました。
 公共の場でヒトラーの格好なんぞをしていたらもっと剣呑な騒ぎになるのかと思いきや、けっこう好意的なんですね。半分ドキュメンタリーっぽいつくりなんですけど、スマホで一緒に記念撮影を求められるような乗りだったりもするし、こういう風景はそれだけでスリリングな映像といえます。
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 ドイツにおけるナチスの扱いは今もそれなりに厳しいものなのでしょうけれど、市井の受け止め方や印象というのは戦後七十年の中でどう変化したのか、みたいな話はまるでできない当ブログですが、そういうことを否応なく考えてしまいますね。本作ではヒトラーのモノマネ芸人であるとして、人気になっていくんです。本人は至って真面目だけれど、その真面目さが面白い、みたいなリアクションなんですね。この辺は実際のドイツ社会を知っていたらもっと面白いのだろうなあと少し悔しくもなるところで、どの程度笑っていいのか、と戸惑ってしまう部分もあるし、その戸惑いを惹起することがこの映画独特の魅力なのでしょう。で、映画的にも「笑えるライン」みたいなものを意識していて、「ユダヤ人ネタは笑えないよ」とさりげなくチェックを入れているんですね。そこに触れるともうコメディアンたり得ないわけで、でも触れざるを得ない局面も出てきて、このバランス感は実に興味深い。
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 ヒトラー、そしてナチスという表象は実に複雑というか、複雑だからこそ困った存在とも言えますね。少し前にも、秋元康の娘たちがナチスっぽい衣裳を着ていたというかどで怒られていましたけど、かの組織の意匠には今もなお通ずる「格好良さ」みたいなものが残ってしまっている。制服なり何なりでね。あるいは劇中でも出てきますが、ヒトラーは演説の名手だけあって、人々を惹きつけてしまうんですね。ここが怖い部分です。ある面で格好いいし、ある面で魅力的。それでいて彼らのやったことが百パーセント、何から何まで間違っていた、と断罪はできない。その時代のドイツにとっては魅力的な主張だったからこそ、人々を味方につけた側面があるわけで、それは現代の移民社会うんぬん、経済状況うんぬんとなんら無関係ではない。
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 ヒトラーというのは天下の大罪人だし、彼が劇中、いろいろとコミカルな出来事を引き起こしていても、やっぱりどこかで「それでもこいつは極悪人だよなあ」と思いながら観てしまうんですけど、最後に登場人物の一人と対峙する場面でははっとさせられました。 自分を選んだのは民衆じゃないか、というね。
 結局そこに行くんですね、うん。
 
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 現代の日本においても、あの首相は駄目だ、この政党は駄目だというのがあるわけですけど、それを選んでいるのは有権者っていう部分から逃れられないというか、こればかりは民主主義自体の宿痾なんですね。国民が主権者である以上、最終的な責任というのは政治家ではなく、国民にあるわけで、ヒトラーなり首相なりを断罪しても、本質的な部分では解決しないんです。ヒトラーは劇中、「自分がこの時代に来たのは神意だ」みたいなことをいうんですけど、実在した彼自身もまた、ある種の神意というか、彼自身では制御できないうねりの中に身を置いていたんじゃないか、ともちょっと思う。
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 どうしようもない災禍を引き起こした張本人だし、その思想は実に許し難いものであったけれど、実際のヒトラーはヒトラーで、抗いがたい何かに飲み込まれていたんじゃないかとも思うわけです。そこは本当に、わからない部分ですよね。彼はユダヤ人虐殺を主導したわけですけど、どの程度の気持ちでいたのかって、深い部分では計れないものもある。口先では強いことを言っても内心では「ああ、そんなつもりじゃなかったんだ。でも周りに宣言した手前、もうつっぱるしかない」という逡巡があったかもしれない。演説では力強い言葉を吐いているけど、その役割を演じきることでしか身が保てないようになっていたのかもしれない。なんてことを、このコメディタッチの作品を観ていると少し考えてしまうわけです。歴史上の記録とか文献などでは想像しきれない部分、人間ヒトラーの部分ってのも、あったんじゃないかというね。
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 彼という表象を通して映し出される現代社会も実に興味深い。そこを認知症の老人が喝破するんですね。彼の訪れで過去を思い出したユダヤ人の老婆が、「最初はみんな、笑っていたんだ」と強い一言を放つ。あの一言によって映画全体、あるいは映画を観る者が暮らす社会全体までが照らされるし、劇中で原作本が売られているメタ構造も意義深い。
 相当に気を張っていないと、社会なるものにぼくたちはいともたやすく飲み込まれてしまうんだろうなと、つくづく感じます。まさに先日の都議選でもひしひしと感じた。政治家の人間性とか思想とか政策とかそんなものを多くの人間は吟味しない。マスコミが煽る対立構造やスキャンダル、もしくは「何かやってくれそう」という漠然とした期待だけでも、社会は大きく変わりかねないわけです。
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 コメディの皮こそ被っていますが、この映画、この作品はちょっとやそっとじゃないぞ、と思わせる優れた批評性を帯びています。その作品内部ではなく、むしろこの社会そのものに対して目を向けさせてくれる。ヒトラーという存在に宿る緊張感が、「ブラックコメディ」という枠を超えさせる。まだまだだらだらと、いつまでも語れそうです。語りたくなる映画はいい映画なのですが、果たして「いい映画」と言ってしまっていいのか。そんな迷いを抱かせる、ある意味ではとても怖い作品と言えましょう。お薦めであります。
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by karasmoker | 2017-07-06 01:22 | 洋画 | Comments(0)
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