女性専用車両を考える。




 2月16日の朝、東京メトロ千代田線において運行遅延が発生しました。女性専用車両に異を唱える男性数人と、ほかの乗客の間で口論が起こったためといわれています。

 女性専用車両に賛成か反対か、ということでいえば、ぼくは賛成です。女性を痴漢被害から守るというのが名目となっていますが、男性側から見ても痴漢冤罪リスクの軽減につながります(男性同士の痴漢もありますが、ここではひとまず女性についてのみ論じます)。

 女性の乗客にしてみれば、同乗している男性が性犯罪者かもしれないわけで、女性のみの車両に乗ることは大きな利益がある。また男性としても、女性は「冤罪告発リスク」を抱えた存在たり得るので、女性が少ないほうが安心して乗れる。痴漢撲滅こそが最重要課題ではありますが、その実現はいまだ困難だし、男女双方に利益がある現状を鑑みれば、女性専用車両を否定する必要はないでしょう。反対する人間は男性差別云々を唱えるようですが、専用車両に女性を誘導することで、男性もまた安心感を得ることができるのです。ウィンウィンなのです。

 その点において、女性専用車両への抗議活動、そのための乗車というのはあまり意味がない。というか、仮に抗議が実って専用車両が無くなれば、結果的に男も困るわけですから、反対運動などむしろやらないほうがいい。

 では、抗議をする人間はどういう理屈で動いているのか。
根本には「女性専用車両は男性差別だ!」という主張があるようです。
 そして、専用車両は「男性側による任意の協力」に過ぎないのだから、乗って構わないと主張する。法的には乗車を拒否することができないんだ、だから自分たちは乗るんだコノヤロー! という行動原理のようです。

女性専用車両にわざわざ乗り込むおっさんはキモイ、とまずは言える。そこでぐだぐだやってるやつは超迷惑ともいえる。女性専用車両なくしたら冤罪リスク増えるだろうが、てめえのゴールはどこなんだよクソジジイ、と言ってあげてもよい。

 けれど、ひとつ問題があります。ここが大事な考えどころなんです。そのキモイおっさんが言っていることは実のところ、法律上は正しいのですね。この辺りを掘り下げてみたいと思います。

 女性専用車両を法的に捉えた場合、拘束力がないことは確かです。鉄道会社のスタンスとしては「女性専用車両に乗らないよう、男性に協力を求めている」という形であって、おっさんの行動に違法性はないのです。だからおっさんどもは堂々と蠢き、キモさを爆発させながらわめき続けているのです。おっさん一般の社会的評価を下げる行動なので、全国のおっさんはこいつらに怒ってよいでしょう。

「女性専用車に乗らないのはモラルでしょ」と訴えたところで、「俺たちにモラルなんかない」と相手は開き直れてしまう。アンガールズ田中の名言、「俺は法の中で暴れてるんだ!」状態です。
 モラルのない人間に対して、モラルがないキモイ連中だと罵倒しても意味がない。モラルのない人間の行動をどう抑制すればいいのかといえば、これは法的な対処以外には不可能です。法的あるいは制度的な規制を設けない限り、「おっさんの言っていることが正しい」現状が続いてしまいます。また、女性専用と銘打ちながらも女性専用でないのだとしたら、誤解を招く表現になってしまう。本当の女性専用を実現するには、鉄道会社が対応を急ぐ必要があります。

 しかし、ここで立ち止まるべきポイントが出てきます。
 仮に、法的・制度的な形で「女性専用」を実現した場合、それが「男性差別」になってしまうのではないか、ということです。実際、おっさんたちはその点を主張の根幹に据えているわけです。さて、女性専用は男性差別かどうか、結局はここに踏み込むことになりそうです。

ヒントになるのは、各種の商業サービスで見られる「レディースデー」です。
 同じサービスにもかかわらず、男性客よりも女性客の料金を安くする。もしくは、同じ料金だとしても、レディースデー限定の女性用サービスを付加する。日にちで区切らず、レディースプランとして恒常的に優遇されているものもある。
 このような戦略はいろいろな場面で見受けることができます。
 さて、これは男性差別に当たるのか?

 結果から言えば、これは男性差別に当たるとぼくは思います。男女間で平等な対価を受け取れなくなっているからです。
 では撤廃すべきなのかと言えば、そんなことはありません。男性側としてみれば、「その企業を選ばない自由」も確保されているわけだし、平たく言えば企業側として、「嫌なら来なければいい」が成立する。あくまで企業の戦略に過ぎないわけであり、「確かに男性差別的なサービスだけど、だから何?」で済む話です。憲法で謳われる「法の下の平等」に反するのではないかといえば、別に反しません。一企業が顧客を選別しているだけですし、企業には顧客を選別する権利があるでしょう。女性客限定を謳うホストクラブにおっさんが入ってはいけません。ドレスコードがあるレストランにパジャマで入ってはいけません。ほかの客の利益、つまるところ「公共の福祉」の問題があります。レディースデーにかみつくおっさんが出てきたら、「嫌なら来るな」で終了です。

女性専用車両についても、同様の理路を敷くことができるように思います。
 鉄道会社は法的・制度的な整備を完了させたうえで、「嫌なら我が社を利用しないでください」と、おっさんに迫ればよろしい。男性差別じゃないかと文句をつけてきたら、「男性差別ですけど何か? 嫌ならバスでもタクシーでも自家用車でも自転車でも、ほかの手段を使えばいいんじゃない?」で終了です。日本にある鉄道会社はすべて民間企業ですから、顧客の選別は自由裁量の範囲でしょう。公共性の高い交通機関ではあるものの、あくまで民間企業ですし、公共の福祉で押すこともできます。鉄道会社は利益を出さなくてはならないわけで、多くの女性客を敵に回してまで、キモイおっさんを守る義務はない。差別を許容するのかと食い下がってきたら、「マイノリティへの差別は許さないけど、男性は別にマイノリティじゃないし、ほかの車両にいくらでも乗れるからいいじゃん。現にほかの男性は普通に乗ってるし」でこれまた終了です。

そう言ってもしつこいおっさんは折れず、司法に訴えるかもしれません(現に違憲性を訴えて、負けた事例があります)。そうなればしめたもので、裁判ではモラルや公共の福祉、男女双方を保護する観点などから、憲法に差し障るほどの差別性は認められないとの判決が出るでしょう。おっさんの唯一最大の武器は「法的根拠」ですから、それを示してやればよいのです。

法的・制度的縛りがないからこそ、モラルのないおっさんが暴れるのです。鉄道の運行業務に支障が出た以上、これは社会問題です。「モラルハザードジジイ」を撲滅するために、鉄道会社及び国会議員は制度設計を急ぐべきであろうと思います。

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by karasmoker | 2018-02-16 21:01 | 社会 | Comments(3)
Commented by at 2018-02-23 20:56 x
映画批評いつも楽しく見させていただいてます。
今回は一言言いたくなり初めてコメントさせていただきます

ちょっと論理展開がメチャクチャではないでしょうか?

議論の大本になっている「女性専用車両は男女双方に利益がある」ですが
現状の女性専用車両は「性による分乗」制度になっていません。

痴漢に遭いたくない女性は女性専用車両に乗るでしょう
では痴漢冤罪に遭いたくない男性は一般車両に乗れば冤罪を回避できるのでしょうか?
痴漢冤罪を吹っ掛けたい女性はどの車両に乗ると思いますか?

女性専用車両の問題点はその「非対称性」にこそあって
この「オッサン」たちが批判している所もソコにこそある訳です

そしてもう一つ。
鉄道という公共性の高いものを「嫌なら使うな」という理屈が成立するなら
痴漢されたくない女性こそ「嫌なら車でもバスでも使えば?」という暴論が成り立ってしまいます
本文中でも指摘されているように法律的には女性専用車両に男性が乗る事は違法ではない訳ですし
男性を下ろす事を強制化する事よりも、男性が乗ってくる事に耐えられない個人が違う選択をする方が
法治国家における正しい考え方と言えるのではないでしょうか?

どうも私には「キモいオッサンと無垢な被害者女性」という構図ありきで論理が作られたように感じました。
でもそれって、「更年期ババァうぜぇ!自分たちにだけ都合のいいルールかよww」という
便所の落書きレベルの発言と、ベクトルが逆なだけで全く同じ発言ではないでしょうか?

少なくともロジカルな文章を書くなら「キモい」のような感情的な罵倒語は控えるべきかと存じます
Commented by マンモス at 2018-02-25 15:53 x
オッサンイライラでワロタ
Commented by karasmoker at 2018-02-25 20:58
象さん、コメントありがとうございます。ご指摘にお答えします。

>痴漢冤罪に遭いたくない男性は一般車両に乗れば冤罪を回避できるのでしょうか?
痴漢冤罪を吹っ掛けたい女性はどの車両に乗ると思いますか?

この問いから導かれる解決法は、「男性専用車両の実現」だと思います。本文では言及しませんでしたが、「男性専用車をつくるべきだ」という主張があるなら、一定の合理性があると思います。ならば批判者のおっさんどもは、鉄道会社に対する嘆願署名などの手段に訴えればよいでしょう。

>女性専用車両の問題点はその「非対称性」にこそあって
この「オッサン」たちが批判している所もソコにこそある訳です

非対称性に苛立つのはわかるけれど、そもそも痴漢の被害者では、男女間に非対称性があるのが現実です。その「被害の非対称」を埋める手段が女性専用車両です。批判するとしても、「女性専用車両をなくせ」という方向に行くべきではないし、まして車両に乗り込んで叫んでも意味がない。おっさんが叫ぶべきは、「男性専用車両の実現を!」という主張「だけ」であり、そのように訴えれば「キモイ」呼ばわりはされないはずなのです。少なくとも、今よりは。

>鉄道という公共性の高いものを「嫌なら使うな」という理屈が成立するなら
痴漢されたくない女性こそ「嫌なら車でもバスでも使えば?」という暴論が成り立ってしまいます

成り立ちません。痴漢されたくない女性に対し、「犯罪が嫌なら代替手段を使え」というメッセージを送るなど、どこが「法治国家における正しい考え方」と言えるでしょう。また、女性専用車両の違憲訴訟に対して、過去の司法は棄却の判断を下しています。女性専用車両は鉄道会社の裁量権の範囲として認められており、キモイおっさんはまさに、「嫌なら使うな」を突きつけられているのです。ぼくが生み出した構図によってではなく、日本の司法によって。法治国家における正しい考え方として、受け入れてもらうべきであろうと思います。

 以上であります。コメントを頂けて嬉しく思います。ツイッターのほうがお早く反応できると思いますので、よろしければそちらにどうぞ。
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