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 自民党憲法改正推進本部が2月16日、参議院議員選挙の合区解消にまつわる改憲案を示しました。憲法47条、92条についての条文案です。

 ここでは、47条について考えていきます。
 まずは現行の47条がどのようなものかを見てみましょう。

「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」

 実にシンプルであります。
そして、今回示された条文案。
「両議院の議員の選挙について、選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して、選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるものとする。参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも一人を選挙すべきものとすることができる。

 前項に定めるもののほか、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」

 最初にこれを読んだとき、「選挙って何回言うねん」とつっこみたくなりました。なんとも持って回った表現の条文案です。内容的にも実になんというか、「これが結党以来の党是を体現したものかよ」と、少し悲しくなります。まず、最初の一文についていえば、いちいち憲法に書く必要がありません。「選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して」などというのは、「そりゃそうだろ。逆にそれ以外の何があるねん」という内容だし、「選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定める」についても同様です。これに反対する日本国民がどこにいるのか。議論にすらならず、改憲をする必要がぜんぜん見受けられない。

 二文目を見ましょう。こちらがつまり、合区解消を謳っている芯の部分です。両議院でもかまわないのに、わざわざ参議院議員と限定しているのですね。
「参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも一人を選挙すべきものとすることができる。」
このつっこみどころとしては、「少なくとも一人を選挙すべきものとすることができる」の部分です。

「すべきものとすることができる」「すべきものとすることができる」「すべきものとすることができる」

 なんじゃそりゃ。
「すべきものとする」で切るならわかります。各都道府県から必ず一人は議員を出すんだぞ、これが守られなければ違憲になるぞ、というメッセージを打ちたいなら、「選挙すべきものとする」で切ればよろしい。それをあろうことか、「することができる」にしちゃったらどうなりますか。「するもしないも自由だけど、まあ、したい場合にはすることができるよ、別にどっちでもいいけど」程度の意味でしかないじゃないですか。

 すなわち、たとえ合区が解消されなかったとしても、この条文ではぜんぜん問題ないことになります。時の与党が法律をいじくり、「少なくとも一人を選出すべき」としたければすればよいし、することができる。ただし、しなくてもよい。だから、与党の裁量で合区オッケーになる。そんな風に解釈できてしまうのです。

 当然、今の状況のままで合区を解消すれば、一票の格差問題とバッティングする(一票の格差を是正したのが合区なのですから)。仮にこの条文案が通り、都道府県ごとにブロックを分けた瞬間、一票の格差問題と正面からぶつかる。自民党はその辺を勘案したうえで、「することができる」を入れたのでしょう。なんとも腑抜けた話です。たとえこの条文案のまま「憲法改正」したとしても、実際は別に合区を解消しなくていいようになっているのです。「一票の格差の問題がありますから、今回については、『少なくとも一人を選挙すべきもの』とはしません。することはできるけどやりません」が成立します。

 もう完全にばれている。隠す気すらない。
 
 繰り返し述べているように、自民党改憲本部は「とにかく一発ヤりたいおっさんの集まり」なんです。愛情も熱意も誠実さも二の次で、とりあえず一発ヤらせてよと迫っているだけです。実際に付き合う気など無い。完全にばれている。
ぼくは改憲についてまったく反対ではないけれど、このレベルではさすがに同意できない。憲法ちゃんは大事な子です。憲法ちゃんと真面目に付き合う気がないなら、拙いラブレターなど端から書かなければよい。

 もしも本気で合区を解消したいなら、悠長に憲法論議などしている場合ではない。選挙制度にまつわる論議を国会で進めればよろしい。来年には参院選があるわけですから、合区解消と一票の格差をどう埋めるのかについて、一刻も早く選挙制度改革に着手すればよろしい。選挙区と比例区の議席配分を見直すもよし、参議院の議席数を増やすもよし、議席数を増やすと金が掛かるというなら、その分だけ今の議員の収入を削るもよし。242人が244人になろうが245人になろうが、大した金じゃない。少なくとも、国民投票のための850億よりはずっと安上がりだ! 幸いにして今の憲法47条は、「法律でこれを定める」という、裁量の広いなんとも簡単な条文なのです。さあ、国会で選挙制度改革に動けばいい。

 しかし、立法に動く気はない。立法じゃ気持ちよくなれない。立法とかそのための議論とか、しちめんどくさいことは後回しでいい。
 なぜなら、一発ヤりたいだけだから!

 改憲は結党以来の党是、結党以来の悲願。
 その看板を掲げ、絶対安定多数の議席を占め、半世紀以上の時を経て提出したものがこれです。
 ぼくはとても悲しい。
 憲法改正、特に九条二項については変えるべきだとぼくは思う。
 けれどこの程度の改憲案しか出せない、憲法について何の愛情も熱意もない、ヤりたいだけの改憲派とは、とてもじゃないけれど同調できない。
「先っぽ入れるだけだから、ゴムつけるから、外出しするから、お願い、一発ヤらして」みてえな、こす辛い口説き方で憲法ちゃんを落とそうとしてんじゃねえ!
 いささか感情的になってしまいました。
 92条については、特に触れる気にもなりません。
 ご意見は、お気軽に。 

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 2月16日の朝、東京メトロ千代田線において運行遅延が発生しました。女性専用車両に異を唱える男性数人と、ほかの乗客の間で口論が起こったためといわれています。

 女性専用車両に賛成か反対か、ということでいえば、ぼくは賛成です。女性を痴漢被害から守るというのが名目となっていますが、男性側から見ても痴漢冤罪リスクの軽減につながります(男性同士の痴漢もありますが、ここではひとまず女性についてのみ論じます)。

 女性の乗客にしてみれば、同乗している男性が性犯罪者かもしれないわけで、女性のみの車両に乗ることは大きな利益がある。また男性としても、女性は「冤罪告発リスク」を抱えた存在たり得るので、女性が少ないほうが安心して乗れる。痴漢撲滅こそが最重要課題ではありますが、その実現はいまだ困難だし、男女双方に利益がある現状を鑑みれば、女性専用車両を否定する必要はないでしょう。反対する人間は男性差別云々を唱えるようですが、専用車両に女性を誘導することで、男性もまた安心感を得ることができるのです。ウィンウィンなのです。

 その点において、女性専用車両への抗議活動、そのための乗車というのはあまり意味がない。というか、仮に抗議が実って専用車両が無くなれば、結果的に男も困るわけですから、反対運動などむしろやらないほうがいい。

 では、抗議をする人間はどういう理屈で動いているのか。
根本には「女性専用車両は男性差別だ!」という主張があるようです。
 そして、専用車両は「男性側による任意の協力」に過ぎないのだから、乗って構わないと主張する。法的には乗車を拒否することができないんだ、だから自分たちは乗るんだコノヤロー! という行動原理のようです。

女性専用車両にわざわざ乗り込むおっさんはキモイ、とまずは言える。そこでぐだぐだやってるやつは超迷惑ともいえる。女性専用車両なくしたら冤罪リスク増えるだろうが、てめえのゴールはどこなんだよクソジジイ、と言ってあげてもよい。

 けれど、ひとつ問題があります。ここが大事な考えどころなんです。そのキモイおっさんが言っていることは実のところ、法律上は正しいのですね。この辺りを掘り下げてみたいと思います。

 女性専用車両を法的に捉えた場合、拘束力がないことは確かです。鉄道会社のスタンスとしては「女性専用車両に乗らないよう、男性に協力を求めている」という形であって、おっさんの行動に違法性はないのです。だからおっさんどもは堂々と蠢き、キモさを爆発させながらわめき続けているのです。おっさん一般の社会的評価を下げる行動なので、全国のおっさんはこいつらに怒ってよいでしょう。

「女性専用車に乗らないのはモラルでしょ」と訴えたところで、「俺たちにモラルなんかない」と相手は開き直れてしまう。アンガールズ田中の名言、「俺は法の中で暴れてるんだ!」状態です。
 モラルのない人間に対して、モラルがないキモイ連中だと罵倒しても意味がない。モラルのない人間の行動をどう抑制すればいいのかといえば、これは法的な対処以外には不可能です。法的あるいは制度的な規制を設けない限り、「おっさんの言っていることが正しい」現状が続いてしまいます。また、女性専用と銘打ちながらも女性専用でないのだとしたら、誤解を招く表現になってしまう。本当の女性専用を実現するには、鉄道会社が対応を急ぐ必要があります。

 しかし、ここで立ち止まるべきポイントが出てきます。
 仮に、法的・制度的な形で「女性専用」を実現した場合、それが「男性差別」になってしまうのではないか、ということです。実際、おっさんたちはその点を主張の根幹に据えているわけです。さて、女性専用は男性差別かどうか、結局はここに踏み込むことになりそうです。

ヒントになるのは、各種の商業サービスで見られる「レディースデー」です。
 同じサービスにもかかわらず、男性客よりも女性客の料金を安くする。もしくは、同じ料金だとしても、レディースデー限定の女性用サービスを付加する。日にちで区切らず、レディースプランとして恒常的に優遇されているものもある。
 このような戦略はいろいろな場面で見受けることができます。
 さて、これは男性差別に当たるのか?

 結果から言えば、これは男性差別に当たるとぼくは思います。男女間で平等な対価を受け取れなくなっているからです。
 では撤廃すべきなのかと言えば、そんなことはありません。男性側としてみれば、「その企業を選ばない自由」も確保されているわけだし、平たく言えば企業側として、「嫌なら来なければいい」が成立する。あくまで企業の戦略に過ぎないわけであり、「確かに男性差別的なサービスだけど、だから何?」で済む話です。憲法で謳われる「法の下の平等」に反するのではないかといえば、別に反しません。一企業が顧客を選別しているだけですし、企業には顧客を選別する権利があるでしょう。女性客限定を謳うホストクラブにおっさんが入ってはいけません。ドレスコードがあるレストランにパジャマで入ってはいけません。ほかの客の利益、つまるところ「公共の福祉」の問題があります。レディースデーにかみつくおっさんが出てきたら、「嫌なら来るな」で終了です。

女性専用車両についても、同様の理路を敷くことができるように思います。
 鉄道会社は法的・制度的な整備を完了させたうえで、「嫌なら我が社を利用しないでください」と、おっさんに迫ればよろしい。男性差別じゃないかと文句をつけてきたら、「男性差別ですけど何か? 嫌ならバスでもタクシーでも自家用車でも自転車でも、ほかの手段を使えばいいんじゃない?」で終了です。日本にある鉄道会社はすべて民間企業ですから、顧客の選別は自由裁量の範囲でしょう。公共性の高い交通機関ではあるものの、あくまで民間企業ですし、公共の福祉で押すこともできます。鉄道会社は利益を出さなくてはならないわけで、多くの女性客を敵に回してまで、キモイおっさんを守る義務はない。差別を許容するのかと食い下がってきたら、「マイノリティへの差別は許さないけど、男性は別にマイノリティじゃないし、ほかの車両にいくらでも乗れるからいいじゃん。現にほかの男性は普通に乗ってるし」でこれまた終了です。

そう言ってもしつこいおっさんは折れず、司法に訴えるかもしれません(現に違憲性を訴えて、負けた事例があります)。そうなればしめたもので、裁判ではモラルや公共の福祉、男女双方を保護する観点などから、憲法に差し障るほどの差別性は認められないとの判決が出るでしょう。おっさんの唯一最大の武器は「法的根拠」ですから、それを示してやればよいのです。

法的・制度的縛りがないからこそ、モラルのないおっさんが暴れるのです。鉄道の運行業務に支障が出た以上、これは社会問題です。「モラルハザードジジイ」を撲滅するために、鉄道会社及び国会議員は制度設計を急ぐべきであろうと思います。

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